あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「別に、戻ってなんかない」
「ああ、そっか」依茉は意味ありげな顔で直巳を一瞥し、「悲劇のヒロインごっこにしたんだ? あんたのママと同じ」

 小馬鹿にするような口調は、仁愛が逆上することを狙ってのことか。

「何それ、意味わかんない」

 仁愛は淡々と応える。依茉は「ハッ」と鼻で笑い、

「だってそうでしょ? あんな人目につく河川敷でさ、見るからに『自分たちは可哀想な人間です』みたいな格好してさ、あいつらバカみたいじゃん」
「ホームレスの人たちのこと? そんなの、それぞれ事情があるんだから、とやかく言うものじゃないよ」
「はい出ました『いい子ちゃん』」
「…………」
「仕事ないならハロワとか行けばいいじゃん? スマホでもいくらでも探せるし」
「働きたくても色々あって働けない人もいるんだよ」
「だったら生活保護とかあるじゃん。そういうできること何もやらないであんなとこにいるの、可哀想な自分アピール以外になくない?」

 ヘラヘラ笑う依茉の言い分に、仁愛は当然の如く苛立ちを覚える。しかし、他人に何を言ったところで無駄だということは、これまでの人生で嫌というほど学んでいる。

 彼女はこうして、自分より下の人間を嗤っていないと生きていけないのだろう。——父と同じように。

「あんたがそう思いたいなら、それでいいよ。あたしには関係ない」

 自分の人生さえ思い通りにいかないのだ。他人を変えることなどできない。

「関係ないから、同意しない。話はこれだけ? あたしたち、お店入りたいんだけど」

 仁愛が言うと、依茉は一瞬ポカンとした顔をして、それからグッと眉間に皺を寄せた。

「何それ。あんた、何様のつもりよ」
「仁愛様かな」
「はぁ?」
「暑いし喉カラカラだし、もう限界だわ。バイバイ、依茉」
「ちょっ、待ちなさいよ!」

 仁愛は直巳の手を掴んで歩き出した。背中に依茉の「ちょっと、仁愛!」という声を聞きつつ自動ドアを入る。

 数歩進んで振り返ると、閉まった自動ドアの向こうで依茉がこちらを睨め付けている。手を振ってみたら、中指を立てて去って行った。

「ふぅ、涼しい」

 ため息混じりに独りごちたところに、「仁愛様」と直巳の声。彼は見るからに笑いを堪えた顔で、

「仁愛様は、ビビリなのか肝が座ってんのか、どっちだ?」

 あからさまに『仁愛様』を強調したその問いに、仁愛は膝裏への蹴りで答えた。