あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

 ずっと不思議に思っていた。彼は曲がりなりにも仕事をしていて、泉たちのような交友関係がある。ここで暮らしているのに、なぜ小屋を作らず橋の下で過ごしているのか。

 まるでここへ来たばかりのように、何も持たず、身一つで。仮住まいのように見えていたそれは、帰り支度だったということ。

 気がついたらあの場所にいた。だから、また気がついたら元の場所に戻っているかもしれない。空の彼方、戦場の操縦席。

 分厚い飛行服の上着を、いつも手元に置いているのもそのため。この暑さの中でもあの場所を離れないのは、あそこが帰り道かもしれないから。

(そういえば最近、ハンカチのことはいつも聞いてくるけど、私が調べるって言ったこいつのことは聞いてこない)

 帰ればわかるから、ということだろうか。——帰りたい、ということか。

(まあ、そうだよね。直巳はあの時代に生まれて、そこで育ったんだから)

 当然だと思う反面、そのことを受け入れ難く思う。仕事があるのだから、友人がいるのだから、ここで暮らしていけばいいのに、と。

 バカな考えだ。

「なんで急に喫茶店?」

 思考を振り払いつつ尋ねると、直巳が「あー……」と言って仁愛のカバンを一瞥し、

「なんか、喉乾いたから」

 あくびをしながら『何の気なし』の調子で言う彼はしかし、仁愛のカバンから覗く空のペットボトルを見ていたりするのだろうか。

(直巳は何も言わないし、あたしは聞かない。だから確かなことはわかんないけど……優しい人なんだと思う)

 この時代に来る直前、直巳は敵爆撃機の迎撃作戦中で、自分の機体の機銃筒内で爆発が発生したと言っていた。

 その後の彼はどうしたことになっているのだろう。無事に戦闘を終えられたのだろうか。どこかに不時着して難を逃れたのだろうか。

 そうであって欲しい。彼が帰った先に、少しでも多くの幸福があることを願う。

     *

 個人経営のシックな喫茶店に入ろうとしたところで、不意に直巳が「ここはやめよう」と踵を返した。後ろを歩いていた仁愛は彼に激突しそうになる。

「ちょっ、何?」