あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「こっちに来ないからいいかと思ってたんだが、春先に瀬川がやられてな。今度来たら懲らしめてやろうと思ってての、この前だ。あれからはまだ来てない」
「もう来ないんじゃない? あれだけあんた相手に手も足も出なかったんだから、ビビってるでしょ、絶対」

 仁愛が侮蔑を込めて言うと、直巳が意外そうに片眉を上げた。

「曲がりなりにも友人なんじゃないのか?」
「もう絶交した。あたしにはああいうの合わない」
「ほう。それは朗報だな。『お嬢様、ついに不良遊びを卒業』と」
「その『お嬢様』ってやつ、やめてって何度も言ってるでしょ」
「だがしかし、今度は浮浪者遊びに手を出してる、と」
「何それ。なんか人聞き悪いからやめて」
「嫌なら来るのをやめるんだな」

 直巳はため息混じりに言うと、横に置いたベルトの塊のようなものに手を伸ばした。金具のところを取り、もてあそぶ。

 相変わらず、ここにある彼の持ち物は上着とこのベルトだけ。仁愛は未だ、ベルトの正体を知らない。

(こいつが着てるの、戦闘機に乗る時に着る……飛行服?ってやつみたいだから、このベルトも操縦するときに使うものなのかな)

 考えながら見ていると、直巳が横目にこちらを見て「嫌なのに帰らないのか?」と尋ねた。

 仁愛がここを訪れると、彼は決まって「帰れ」と言う。しかし無理に帰らせようとしたり、怒ったりしない。数回、半ば義務的に「帰れ」と言うだけ。

 一見すると開けっ広げでわかりやすい人間に思えるが、こういうところは何を考えているのかわからない。

「帰らない」

 仁愛の返答に、「そうか」とだけ応えて黙り込むところも。

     *

 八月に入り、暑さが厳しくなってきた。橋の下の日陰には川面を通った風が来るため、午前中はどうにか『涼しい』の分類。昼近くなって川が日光に温められると、湿気と熱気で一気に暑くなる。

 仁愛は直巳の段ボールに座り、ぐでっと橋脚にもたれかかった。隣に座る直巳を一瞥する。

「あんた、その格好暑くないの?」

 直巳が履いている飛行服のズボンは、見たところけっこう厚い生地でできているよう。

「暑いに決まってんだろ……」