あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

(いい子ちゃん……優等生は、もうやめた。あんなことしても意味ないってわかったから)

 仁愛は口を噤み、しかし、と思う。優等生の()()は本当にこれなのだろうか。こんなことをしなければならないのか。

「でも——」

 仁愛が言いかけると同時に、男が「ああ」と何かに気づいた様子で立ち上がった。

「春先に瀬川をやったのは、お前らか」

 大和が「おっ、やる気になったか?」と茶化すように言ってファイティングポーズを取る。仁愛が「大和! やめようよ!」と声を上げると、

「大和?」

 男が呟き、顔色を変えた。目が据わっているとか、沸点を超えたとか、怒りで我を忘れているとか、そういう顔。『暴力はいけません』などという上っ面の倫理が届かない人のそれ。

 恐怖。

(嫌……)

 無意識に後ずさり、肩からずるっとカバンが落ちる。

「仁愛?」

 依茉が不思議そうな顔でこちらを向いた。仁愛は慌ててカバンを拾い、踵を返す。

(無理! こんなの、無理!)

 そのまま駆け出し、河川敷を上る階段の方へ。「ちょっと、仁愛!」と依茉の声が背中にかかる。それを振り払う勢いで足を動かし、階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 市営プールの横の路地を進み、シャッターが閉じた個人商店の並ぶ道を抜け、走り続ける。梅雨の終わりのジメジメした空気が肺の内側に張り付いて、上手く呼吸ができない。

(優等生なんかもうやりたくない。でも、ここも嫌。あたしは一体どこに行けば——)

 向こうで赤い光が点滅している。カンカンと踏切の音。仁愛は遮断機の手前で足を止めた。

 目の前を貨物列車が流れていく。体に当たる夜風はヌメヌメしていて、気持ち悪い。

「どうして、どこかに行かなきゃいけないんだろう」

 警報機が沈黙し、遮断桿が上がる。仁愛はしばらく、誰もいない線路を眺めていた。