日曜日の朝。仁愛は鏡の前に立ち、左頬の湿布をそっと剥がした。角度を変えて確認。腫れはすっかり消えている。
叩かれた時に爪が掠ったのか、耳の近くに小さな擦り傷があったが、それもほとんど治って米粒サイズの瘡蓋が残っているのみ。仁愛はそれを剥がしてしまうか迷い、やはり触れないことにして、湿布を丸めてゴミ箱に捨てた。
今日は朝から昼までバイトのシフトが入っている。適当にパンを齧って朝食を済ませ、Tシャツとショートパンツに着替えて家を出た。
コンパクトなアパートの一階にある、民家の一部屋ほどの広さの弁当屋が仁愛のバイト先。木目調の片開きドアを開けると、店長の山田が「おはよう、仁愛ちゃん」と振り返った。
三十歳ほどの、ブロンドのショートカットが似合う溌剌とした女性。外国語系の大学を卒業した後にワーホリであちこちの国を渡りながらその土地の料理を学び、その知見を生かしてなぜか弁当屋を開いたという少し変わった経歴の持ち主だ。
「おはようございます」
仁愛はドアを閉め、品出しをする山田を横目に店の奥へ。棚にショルダーバッグを置き、代わりにエプロンを取ってつける。
「仁愛ちゃん、来て早々悪いんだけどさ、さっきパッタイ弁当のポップ汚しちゃって、また書いてもらってもいい?」
山田が顔を上げ、申し訳なさそうな顔で尋ねる。仁愛は「もちろんです」と答えて、レジカウンターの下から厚紙とペンを取り出した。
「仁愛ちゃん、字も絵も可愛いから助かるよ」
「そんな、大したことないですよ」
「絵は何か勉強したの?」
「特に何も……小さい頃に好きな漫画の真似をして描いてたくらいです」
「へえ、じゃあ才能あるんだね」
山田は仁愛がポップを描くのを覗き込み、「進路は美大とか、芸術系?」と尋ねる。仁愛はペンを動かしながら「いやいや、普通のですよ」と答え、内心で独りごちる。
(小学生の頃に漫画の専門学校行きたいって言ったら、お父さんにしこたま怒られたなぁ……『そんな金にならないもののために学費なんか出さない』って、馬鹿みたいに叫んでた)
完成させたポップを売り場に立て、ドアの吊り看板を『OPEN』に変えて、営業開始。店は繁盛しているとは言い難いものの、近くの住民や会社員の常連でほどほどに人気がある。
山田と談笑したり、客と話したり、レジ打ちをしたりして、あっという間に正午を過ぎた。山田に「もう上がっていいよ」と言われてエプロンを外す。
(今から家に帰ったら、パート終わりのお母さんと鉢合わせしそう)
叩かれた時に爪が掠ったのか、耳の近くに小さな擦り傷があったが、それもほとんど治って米粒サイズの瘡蓋が残っているのみ。仁愛はそれを剥がしてしまうか迷い、やはり触れないことにして、湿布を丸めてゴミ箱に捨てた。
今日は朝から昼までバイトのシフトが入っている。適当にパンを齧って朝食を済ませ、Tシャツとショートパンツに着替えて家を出た。
コンパクトなアパートの一階にある、民家の一部屋ほどの広さの弁当屋が仁愛のバイト先。木目調の片開きドアを開けると、店長の山田が「おはよう、仁愛ちゃん」と振り返った。
三十歳ほどの、ブロンドのショートカットが似合う溌剌とした女性。外国語系の大学を卒業した後にワーホリであちこちの国を渡りながらその土地の料理を学び、その知見を生かしてなぜか弁当屋を開いたという少し変わった経歴の持ち主だ。
「おはようございます」
仁愛はドアを閉め、品出しをする山田を横目に店の奥へ。棚にショルダーバッグを置き、代わりにエプロンを取ってつける。
「仁愛ちゃん、来て早々悪いんだけどさ、さっきパッタイ弁当のポップ汚しちゃって、また書いてもらってもいい?」
山田が顔を上げ、申し訳なさそうな顔で尋ねる。仁愛は「もちろんです」と答えて、レジカウンターの下から厚紙とペンを取り出した。
「仁愛ちゃん、字も絵も可愛いから助かるよ」
「そんな、大したことないですよ」
「絵は何か勉強したの?」
「特に何も……小さい頃に好きな漫画の真似をして描いてたくらいです」
「へえ、じゃあ才能あるんだね」
山田は仁愛がポップを描くのを覗き込み、「進路は美大とか、芸術系?」と尋ねる。仁愛はペンを動かしながら「いやいや、普通のですよ」と答え、内心で独りごちる。
(小学生の頃に漫画の専門学校行きたいって言ったら、お父さんにしこたま怒られたなぁ……『そんな金にならないもののために学費なんか出さない』って、馬鹿みたいに叫んでた)
完成させたポップを売り場に立て、ドアの吊り看板を『OPEN』に変えて、営業開始。店は繁盛しているとは言い難いものの、近くの住民や会社員の常連でほどほどに人気がある。
山田と談笑したり、客と話したり、レジ打ちをしたりして、あっという間に正午を過ぎた。山田に「もう上がっていいよ」と言われてエプロンを外す。
(今から家に帰ったら、パート終わりのお母さんと鉢合わせしそう)
