泉は言って、自分のブルーシート小屋に入って行った。大きさは乗用車が一台すっぽり入るガレージくらいで、ドアは民家の部屋のものと同じ。どこかから廃材を持ってきて作ったのか。
仁愛は近づき、中を覗いてみた。奥に寝袋があって、その手前に棚が三つ。服などの生活物資が綺麗に収められている。自分の部屋より整理整頓がきっちりしている。
感心しながら見ていると、奥から戻ってきた泉が「ガオ!」と言って、両手を頭の横に掲げた。右手には、キャンプなどで使う小さな折りたたみの椅子が二つ。左手の指の間にお茶のペットボトルを二本挟んでいる。
「私が悪いオオカミだったら、君は今頃食べられてしまっているよ」
そんなことを言いながら小屋を出た泉は、川縁に行って椅子を開いて並べた。片方に腰掛け、「どうぞ」ともう一つを指す。
仁愛は彼のよくわからない言動の意味を考えながら椅子に座り、
「夏だからね、水分補給はしっかりと」
差し出されたペットボトルを受け取ったところで、気づいた。
(多分、もっと警戒しなきゃダメだよって意味)
安易に小屋に近づいて、そこに悪い人が住んでいて、連れ込まれてしまったら。——そういう危険性を考えなければならないと、彼は説教でも説明でもなく『ガオ!』で伝えた。
広い河川敷の川縁に座ったのは、水面を吹く風がひんやりして気持ちがいいということもあるだろう。しかし、おそらく、それだけが理由ではない。
土手の上の道と、橋の上。両方から視認できる位置。何かがあった時に仁愛がすぐに助けを呼ぶことができて、誰かが気づける位置。
(全然、『悪いオオカミ』なんかじゃない)
仁愛はペットボトルを開けて、口をつけた。冷蔵庫のない小屋に置かれていた、生ぬるい緑茶。キンキンに冷えた飲み物が欲しくなる夏に、やけに美味しく感じる。
「ほっぺたの湿布は、どうしたの?」
ふと、泉が尋ねた。仁愛は無意識に手を左頬に当て、当たり障りのない説明を考える。
「ええっと……」
間を埋めるために呟くと、泉は「転んじゃったのかな」と言って川の方を向いた。
「君はおてんば娘だって、藤野くんが言っていたよ」
「……おてんばじゃないです」
「ふふっ、そうみたいだね。彼の話だとこう、少年漫画に出てくる気の強いヒロインみたいな子かなと思ったのだけれど。実際は落ち着いていて大人っぽいお嬢さんだった」
「私、大人っぽいですか?」
「うん」
「直巳には『ガキ』って言われました」
仁愛は近づき、中を覗いてみた。奥に寝袋があって、その手前に棚が三つ。服などの生活物資が綺麗に収められている。自分の部屋より整理整頓がきっちりしている。
感心しながら見ていると、奥から戻ってきた泉が「ガオ!」と言って、両手を頭の横に掲げた。右手には、キャンプなどで使う小さな折りたたみの椅子が二つ。左手の指の間にお茶のペットボトルを二本挟んでいる。
「私が悪いオオカミだったら、君は今頃食べられてしまっているよ」
そんなことを言いながら小屋を出た泉は、川縁に行って椅子を開いて並べた。片方に腰掛け、「どうぞ」ともう一つを指す。
仁愛は彼のよくわからない言動の意味を考えながら椅子に座り、
「夏だからね、水分補給はしっかりと」
差し出されたペットボトルを受け取ったところで、気づいた。
(多分、もっと警戒しなきゃダメだよって意味)
安易に小屋に近づいて、そこに悪い人が住んでいて、連れ込まれてしまったら。——そういう危険性を考えなければならないと、彼は説教でも説明でもなく『ガオ!』で伝えた。
広い河川敷の川縁に座ったのは、水面を吹く風がひんやりして気持ちがいいということもあるだろう。しかし、おそらく、それだけが理由ではない。
土手の上の道と、橋の上。両方から視認できる位置。何かがあった時に仁愛がすぐに助けを呼ぶことができて、誰かが気づける位置。
(全然、『悪いオオカミ』なんかじゃない)
仁愛はペットボトルを開けて、口をつけた。冷蔵庫のない小屋に置かれていた、生ぬるい緑茶。キンキンに冷えた飲み物が欲しくなる夏に、やけに美味しく感じる。
「ほっぺたの湿布は、どうしたの?」
ふと、泉が尋ねた。仁愛は無意識に手を左頬に当て、当たり障りのない説明を考える。
「ええっと……」
間を埋めるために呟くと、泉は「転んじゃったのかな」と言って川の方を向いた。
「君はおてんば娘だって、藤野くんが言っていたよ」
「……おてんばじゃないです」
「ふふっ、そうみたいだね。彼の話だとこう、少年漫画に出てくる気の強いヒロインみたいな子かなと思ったのだけれど。実際は落ち着いていて大人っぽいお嬢さんだった」
「私、大人っぽいですか?」
「うん」
「直巳には『ガキ』って言われました」
