あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

 顔を上げると、少し離れたところに白髪頭の男が立っていた。年齢は父より二回りほど上。多分、五十代後半。

 品のある紳士然とした顔立ちだが、無精髭を生やしていて、服は着古したシャツとスラックス。河川敷で暮らすホームレスか。

「どうして、知ってるんですか?」

 尋ねると、男が「人違いじゃなくて良かった」と微笑んだ。

「私は(いずみ)。そこの小屋で暮らしています」男は向こうのブルーシート小屋を指して、「藤野くんに頼まれてね」少し困った様子で後ろ頭を掻いた。

「直巳に?」
「そう。もしも自分の留守中に君が来たら、帰るように言って欲しいって」
「直巳は出かけてるんですか?」
「仕事に行っているよ。あと一、二時間くらいで帰ってくるかな」

 仁愛は『仕事』の単語に首を傾げる。

「家がなくても、住所がなくても、働ける場所があるんですか?」

 仁愛の問いに、泉と名乗った男は少しだけ驚いたような顔をした。

「彼、君にパイロットだって話したの?」
「はい。八十年前の戦場から、急にここに来ちゃったって」
「へえ」泉は何やら考え顔で顎をさすり、「今日は、彼にどんな用事が?」
「用事はないんですけど……なんか、どうやってここで暮らしてるのかな、とか、知りたくて……」

 仁愛が途切れ途切れに答えると、泉は「ふむ」と言って腕を組んだ。それから夕焼けを仰ぎ、向こうの階段を見て、仁愛に視線を戻す。

「ここには変わった人も住んでいるし、変な人が来たりもするから、女の子が一人でいたら危ないよ」

 その言葉が「だから早く帰れ」に続くことを予感して、仁愛は立ち上がった。カバンを肩にかけたところで、泉が「まあ、私も『変わった人』だけど」と続け、

「一緒に藤野くんを待つっていうのはどうかな?」

 その問いに仁愛が首肯すると、「ついといで」と言って歩き出す。

(なんか……全然、普通の人だ)

 父から聞いた話や、普段目にするホームレスの情報。それらが与えるイメージからなんとなく、彼らは粗暴だったり、話が通じなかったりするのではないかと思っていた。

 しかし泉は普通の大人に思える。見た目は確かにホームレスっぽいが、口調は柔らかく落ち着いていて、頭ごなしに「帰れ」と言わない辺り、仁愛が知る大人たちより大人っぽい。

「ちょっと待っていてね」