あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「図書館、二十四時間営業とかしてくれないかな」

 無理難題なのは承知の上で独りごち、さてどこへ行ったものかと考える。ふと、直巳のことが脳裏をよぎった。

 教科書が『教科書』であることも、スマホの存在も知らなかった彼は、見知らぬ世界に突然放り出されたに近い。それでもこの時代に来てから一年が経ったと言うのだから、何も知らなくても生きていく術はあるということ。

 この時代に生まれ育った自分は、一年前の彼より生存の上で有利な状況にある。ならば自分も、一人で河川敷で暮らせたりしないだろうか。

(その辺り、男と女じゃ危険度に差があるし、まあ、無理か)

 考えながら、自然と足は相砂川の方へ。

(でも……何も知らなくても、住所不定でも、お金を稼ぐ方法はあるってことだよね? 食べるものなくて死にそうって感じじゃなかったし、むしろがっしりしてるというか……)

 彼がやっていることを丸々実践するのは無理にしても、何かヒントになることはないだろうか。——家に帰りたくない日は帰らずに済む方法。

 そんなことを考えながら河川敷に繋がる階段を降り、草むらを歩き出す。仁愛は橋脚の下の暗がりに目を凝らし、眉を顰めた。

(あれ?)

 そこにあるのは彼が寝ていた段ボールと、畳んだ上着とベルトっぽい何かだけ。肝心の本人がいない。

「……昨日いつもいるって言ってたのに、早速いないってどういうことよ」

 仁愛は独りごち、空を仰いだ。真っ赤な夕焼けの中を、黒い鳥の群れが飛んでいく。とりあえず段ボールの上に座って膝を抱えた。

 来た道と反対側に続く草むらを望む。土手の傍らに密集する高い草の間に、ブルーシート小屋の青がチラチラと覗いている。

 父が言うには『負け組』。今の仁愛にとっては、ほんの少し羨ましい世界。ここは土手の上と切り離されている。勉強、進学、就職、家庭——そんなものを考えなくて済む場所。

 膝の上に頭を置き、階段の方を向く。そこにあるのは草の緑と石の灰色だけで、土手の向こうに市営プールの屋根が覗いている。

(ここを境に、別の世界みたい)

 そんなことを考えながらしばらく。遠くにカラスの鳴き声が響き、川面に反射する夕陽の赤が濃くなっていく。

 ふと、男の声。

「君、もしかして梛木さん?」