あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 二学期の期末試験初日。試験は三科目で、生徒は昼に下校する。

 帰りのホームルーム終了後。仁愛が教室を出ようとしたところで、担任の佐藤が声をかけてきた。

「梛木さん、これなんだけど」

 彼女が差し出したのは、先週提出した進路希望調査のプリント。もちろん仁愛のもので、第一希望の欄に『就職』と書いてある。

「これ、親御さんと話して書いた?」

 そう尋ねる彼女が『話していない』という確信をもっていることは、表情から明らか。こういうものの尋ね方が仁愛は苦手だ。「話してないでしょ?」と最初から言って欲しい。

(……罪を自白させてからの説教)

 なぜ、佐藤は仁愛の『罪』に気がついたのか。手がかりは、仁愛が二年生に進級した頃に遡る。

 春先の三者面談。小学校の運動会すら来たことのなかった父が、なぜかその時だけしゃしゃり出て来た。彼が教室に入るなり得意げに話し始めたことと言えば、

『うちは娘の教育に力を入れてましてね。しっかり勉強させていい大学に行かせて、安定した将来を手に入れて欲しいと思ってるんです』

 娘の未来を思う、教育熱心で思慮深い父親。——そういうものを演じることで、自分は素晴らしい人間だと思いたかったのだろう。

 佐藤はそれを覚えていて、第一希望が『就職』なのはおかしいと気づいた。

「……話してません」
「どうして話さないの?」
「親じゃなくて、あたしの将来のことなんで」

 仁愛が不貞腐れて答えると、佐藤は「ダメよ、梛木さん」と嗜めるような声色で、

「あなたの気持ちはわかるわ。十代のこの時期は、就職して都会に出たいとか、一人暮らしをしたいとか、欲しいものを買いたいとか、憧れることが色々あるでしょう」

『わかる』と前置きしておきながら、全くわかっていないことを話し出した。

「でもね、将来には、子供の目線からでは見えないことがたくさんあるの。親御さんはそこをカバーする最適な相談相手で、人生の先輩よ。だからきちんと話さなきゃ」

 そう言う彼女は『全ての親は、我が子の輝かしい未来を望むもの』と信じているのだろう。望んで子供をもうけたのだから、そうあるのが当たり前で、皆がそうに違いない、と。

 そういう世界で生きてきた、そういう世界しか存在しないと思っている人間の『善意』。

(息苦しい)