あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

 二学期の期末試験最終日。試験は三科目で昼に下校。帰りのホームルームが終わって仁愛が教室を出ようとしたところで、担任の佐藤が声をかけてきた。

「梛木さん、これなんだけど」

 彼女が差し出したのは、数日前に提出した進路希望調査のプリント。もちろん仁愛のもので、第一希望の欄に『就職』と書いてある。

「これ、親御さんと話して書いた?」

 そう尋ねる彼女が『話していない』という確信をもっていることは表情から明らか。こういうものの尋ね方が仁愛は苦手だ。「話してないでしょ?」と最初から言って欲しい。

(……自白させてからの説教)

 なぜ、佐藤は仁愛の『罪』に気がついたのか。それは二年に進級した頃に遡る。

 春先の三者面談。小学校の運動会すら来たことのなかった父が、なぜかその時だけしゃしゃり出て来た。彼が教室に入るなり得意げに話し始めたことと言えば、

『うちは娘の教育に力を入れてましてね。しっかり勉強させていい大学に行かせて、安定した将来を手に入れて欲しいと思ってるんです』

 娘の未来を思う、教育熱心で思慮深い父親。——そういうものを演じることで、自分は素晴らしい人間だと思いたかったのだろう。

 佐藤はそれを覚えていて、第一希望が『就職』なのはおかしいと気づいた。

「……話してません」
「どうして話さないの?」
「親じゃなくて、あたしの将来のことなんで」

 仁愛が不貞腐れて答えると、佐藤は「ダメよ、梛木さん」と嗜めるような声色で、

「あなたの気持ちはわかるわ。十代のこの時期は、就職して都会に出たいとか、一人暮らしをしたいとか、欲しいものを買いたいとか、憧れることが色々あるでしょう」

 わかると前置きしておきながら、全くわかっていないことを話し出した。

「でもね、将来には、子供の目線からでは見えないことがたくさんあるの。親御さんはそこをカバーする最適な相談相手で、人生の先輩よ。だからきちんと話さなきゃ」

 そう言う彼女は、全ての親は我が子の輝かしい未来を望むものだと信じているのだろう。望んで子供をもうけたのだから、そうあるのが当たり前で、皆がそうに違いない、と。

 そういう世界で生きてきた、そういう世界しかないと思っている人間の『善意』。

(息苦しい)