あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「なんなんだ、お前」男は困ったように微笑むと、「これは地図とか記録帳とか、操縦で必要なもんを入れとく用だ」ポケットをポンと叩いて答えた。

「どうしてポケットに? 置いとくところ作ればいいのに」
「宙返りしたら全部どっか行っちまう」
「あっ、そっか。どうして太ももにあるの?」
「操縦桿がこう、足の間のこの辺に来るから、ここにあると取りやすい」

 男が足を肩幅に開き、両手で操縦桿を握る真似をして見せる。

「へえ。それで、操縦中に何を記録するの?」
「そんなこと聞いてどうすんだよ」
「どうもしないけど、気になるから聞いてる」
「……色々だ。どれくらい飛んだとか、計器の数値とか、あとたまに計算」
「もしかして、戦闘機って頭良くないと操縦できない?」
「当たり前だろ。操縦席の中にあるもんだけでも覚えることは山ほどある」

 仁愛は「へえ」と相槌を打って教科書をカバンの中へ。ブランコを足で少し揺らし、ふと思う。

「何か知りたいことがあったから、教科書読んでたの?」

 尋ねると、男は「まあな」と言いながらフイッと視線を逸らした。履き古したブーツの先を見る。それから「操縦とは関係ない」と前置きをして、

「ここが未来なら、あの時の戦闘は過去。無事に爆撃機を迎撃できたのか、隊の奴らはどうなったのか……そういうことがわかればと思ったが……」

 男はそこでふと言葉を切り、自嘲気味の笑みを浮かべる。

「腐るほどある戦闘の一つだ。遠い未来の女学生が使う教科書に載ってないのは当たり前だな」

 歴史の教科書の数ページにまとめられた過去。そこには元々、どれだけ分厚い本にも書ききれないほどの出来事があった。人間がいた。生き延びた人と、死んだ人。

 彼にとってその戦闘は、唯一無二のある日の出来事。——教科書にとっては、歴史の大枠に関係しない、記載しなくてもいい小さなこと。

 彼が自嘲気味に笑うのは、それをわかっているからか。それでも彼が知りたいと望むのは、やはり小さなことなどではないからだろう。

「ねえ、あんたなんて名前?」

 仁愛は尋ねながら、カバンからスマホを取り出した。男が「は?」とこちらを向き、仁愛はスマホのロックを解除してブラウザアプリを開く。

「調べてみるから、教えて」
「調べるって、そのちっこい機械で?」
「うん」