あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「あんた家族いるんだ?」
「当たり前だろ。人間は人間から生まれる」
「じゃあ、あんなとこいないで帰ったら? その妹の……梅子ちゃん?心配してんじゃないの」

 男が手を離し、そっとハンカチをめくった。広げて細く畳み、「帰ったらちゃんと手当しろ」と言って仁愛の手に巻く。

「家族は、()()」男はキュッとハンカチを結び、「だが、もういない。空襲で家ごと焼けて全員死んだ」

 そう言う彼の表情は、『軍人ごっこ』にしてはあまりに複雑。悲しみと怒り、諦念、過去への憧憬——そんなものが綯い交ぜになっている。一言で形容することができない、見る者の胸の奥をギュッと圧迫する姿。

 ゆえに仁愛は尋ねた。

「……どういうこと?」

 男は仁愛の表情を確認するようにじいっと見つめ、それから困ったような笑みを浮かべて、

「俺はこの時代の生まれじゃない。昭和二十年から来た。……って言ったら、信じるか?」

 そう尋ねたのは、おそらく、信じてもらえなかった経験があってのことだろう。

 あるいは、彼自身も未だ、その身に起こった現象を信じるに至っていないのか。

     *

 一九四五年——昭和二十年、八月二日。基地にB−24爆撃機編隊接近の報が入り、彼は二十機の紫電改の隊を率いて迎撃任務に出た。

 戦闘開始からしばらくして、彼の機体の機銃筒内で爆発が発生。部下の(おき)飛曹長が護衛に回ろうとしたが、彼はそれを拒否。沖を戦闘へ向かわせた後、戦闘空域の離脱を試みた。

「P−51の追撃を撒こうとしてたら、急に目の前が真っ白になった」

 錆びたブランコに並んで座り、男が地面を見ながらポツポツと話す。

「てっきり雲の中に入ったんだと思ったらいつの間にか気を失ってて、気づいたらあの橋の下に倒れてた」

 男が地面についた足を動かすと、僅かに揺れたブランコがギイッと耳障りな音を立てた。

「それでまあ、どうしたもんかと思ってたら、あの辺りに住む奴らが色々教えてくれてな。そのまま暮らして、もうすぐ一年が経つ」

 彼はそうして話を終えると、「信じられないだろ?」と言ってこちらを向いた。嘘だと一蹴されることを予測して、傷つかないための予防線を張るように。