あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「上等なお嬢様用って感じだ」
「はあ? こんなの普通だよ。みんな着てる」
「へえ。じゃあ豊かな時代になって、みんなお嬢様になったってことだな」

 どこか納得した様子で言うのは、本当に納得しているだけか、それともふざけているのか。

(なんなの、こいつ……)

 そうして五分ほど歩いて着いたのは、静まり返った住宅地の片隅にポツリと置かれた小さな公園。

 男が水道の蛇口を捻り、仁愛の手の傷を洗い始めた。

「いっ……!」

 仁愛が痛みに顔を顰めると、手のひらの泥を擦っていた男の指先が一瞬止まり、

「……お嬢様には慣れない経験か」

 何かを取り繕うような軽薄な口調で言って、切り傷に入り込んだ砂つぶをそっと払う。

「ねえ、離してよ。自分で洗うから」
「まあ任せろ。おてんば娘がずっこけてできた傷の手当ては、俺の得意分野の一つだ」
「何それ。子供扱いしないで」
「実際ガキだろ」
「違う。あたし十七歳だよ」
「やっぱりガキだな」

 仁愛は話しながら何度も手を引いたが、男が離す気配はない。仕方ないと諦め、手のひらに目を凝らす男の横顔を見る。どう見ても歳の頃は大和と大差ない。

「つまり、あんたもガキってことね」
「んなわけあるか」
「じゃああんた何歳なの?」
「二十二」
「大差ないじゃん」
「ありまくりだろ。十七って言やぁ、俺が海軍学校に入った歳だ」

 男が蛇口を閉めて、自分の手についた水を振って落とす。ズボンの太もものところのやけに大きなポケットからハンカチを取り出し、仁愛の手のひらの傷に当ててグッと押した。

「痛っ……ちょっ、何すんの!」
「止血だ。少し我慢しろ」

 男は仁愛の右手を両手で挟み、それをじっと見つめて動きを止めた。沈黙が流れ、仁愛はなんとなく居心地が悪くて話題を探す。

「手当が得意って、前に誰かにやったってこと?」
「梅子……十歳下の妹がしょっちゅう転んで擦り傷作っててな」