あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「おい、仁愛、聞いてんのか!」

 生きていたくないけれど、死にたくない。
「あたしは『いい子ちゃん』に戻らない。でも、こういうのは違うと思う。だからやらない。今は教科書取り返しに来たの。放っておいて」

 仁愛は淡々と言い放った。実際は心臓がバクバク鳴っていて、何も言いたくなくて、でも言いたい。自分が何をしたいのかわからないまま、衝動だけで言葉を吐き出した。

 当然、大和はそれが気に食わなかった様子で、

「勉強しか能のないガキが、ふざけたこと言ってんじゃねえ!」

 怒号を飛ばし、こちらへ一歩。仁愛は逃げ出そうとする足をその場に踏ん張る。

「あんただって——」

 大和は県内屈指の進学校の出身で、今は学生。父親は開業医で、母親は弁護士をしている。インテリ夫婦の間に生まれた大和は、仁愛よりずっと厳しい教育圧力の中で生きてきた。

「あんたもあたしと変わらないでしょ! 勉強勉強の毎日で、イライラして、でも親に言えなくて、だからこんなとこでストレス発散してんでしょ!」

 仁愛が叫ぶ傍ら、依茉が小さく「あーあ」と呆れたような声を出した。やっちゃったね、ゲームオーバー、残念でした。——そんなことでも言いたげに。

「なんだと?」

 ギョロッとこちらを睨め付ける大和の目は、キレた時の父によく似ている。

「これは社会のゴミ掃除だ。なんの役にも立たないゴミどもを、せめて有能な人間の糧になるようにしてやってんだよ」

 言いながらツカツカと歩いてくる。

「それの何が悪いってんだ!」

 大和が右手を突き出した。ドンッと衝撃。突き飛ばされた仁愛は受け身を取る間もなく草むらに倒れ込む。

 地面についた右手に痛み。割れた瓶でも落ちていたのか、手のひらに切り傷ができている。大和が苛立たしげに踏み出す。

「ガリ勉地味女が偉そうなこと——」

 瞬間、彼が後ろへ吹き飛んだ。——いや、蹴り飛ばされた。

「『大和』……大層な名前をもらって、やることはそれか」

 大和を蹴り飛ばした自認・海軍航空隊の男が、苛立たしげにポキポキと首を鳴らす。

「この時代のガキには大和魂ってもんがないのか」

 それから呆れた様子で独りごち、拳を振りかぶった。