あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「どうしてそんなことをするの? このことがお父さんに知れたら大変なことよ!」
「黙ってればいいじゃん」
「また三者面談にお父さんが行って、その時に佐藤先生が話したらどうするの!」
「それは……」

 母が「なんてことっ……」と涙目になる。

「それに、お母さん、ずっとあなたに連絡してたのよ? そのためにパートを休んで……ああ、どうしましょう。シフト変わってくれた中村さんにお礼をしなきゃいけないわ」

 母は昔からこうだ。なんでも悲観的に考え、自分の身に起こった悲劇を声高に叫び、かと言ってその悲劇から抜け出そうとするわけではない。ずっと浸って嘆き続けている。

 昔はそんな母を可哀想だと思って寄り添っていた仁愛だが、最近になって、そんなことは必要なかったと気づいた。

 これは彼女がなりたい自分の姿。シンデレラの不遇を演じ続け、いつか白馬の王子様に救われる自分になりきっている。——そういう、永遠に続くごっこ遊び。

「もうっ、お母さん、どうすればいいのかわからないわ」

 母が両手で顔を覆い、「仁愛ちゃん、どうしてこんなことをするの?」と問いを繰り返す。仁愛は苛立ち、家を飛び出した。

(そうやって、また何もかもあたしのせい……)

 父が仁愛を叩く頻度は、平均して年に一度か二度。虐待を叫ぶには足りない。

 それでもどうしても恐ろしくて、仁愛は一度、母に父と離婚して欲しいと言ったことがある。自分と一緒に逃げて欲しい、と。母も父を恐れて、いつも嘆き悲しんでいたから。

 母は言った。

「そんなの無理よ。私一人で仁愛ちゃんを育てるなんて、パートを何個掛け持ちすることになるやら……そんなこと、お母さんできないわ」

 子供ながらに、「ああ、この人は自分の味方ではないんだな」と思った。それから、彼女は『夫と子供がいる自分』を維持したいのだな、とも。それは父も同じこと。

 若い時分に結婚をして、ローンを組んでマイホームを買って、子供を作る。——それが最高の人生であり勝ち組の生き方であると誰もが信じていた時代の、最後の最後に両親は結婚した。

 滑り込みで『最高の人生』を手に入れて『勝ち組』になった彼らは、結婚したかったわけでも、子供が欲しかったわけでもない。

(みんなが言ってることを真に受けて、信じ込んで、縋りついてる……馬鹿みたい)

 両親を心底愚かだと思う反面、羨ましいとも思う。『最高の人生』が決まっているなら、そこに辿り着くための方法も決まっていて、迷うことなどない。