仁愛が大学に進学した年の夏。数ヶ月ぶりにここを訪れると、小屋が全てなくなっていて、公園の建設計画の看板が立っていた。工事に先駆けて、行政の指導が入った形だ。
泉や瀬川、ここにいた人たちがどこへ行ったのかはわからない。まだどこかの河川敷で暮らしているのか、他の道を進み出したのか、仁愛には想像もつかない。
しかし、彼らはこの世界にいる。生きていれば、またどこかで偶然会うこともあるだろう。
(生きてる。……今日も元気に生きてるよ)
仁愛は河川敷につながる階段の一番上に座り、向こうの橋の下を望んだ。夏の日差しが遮られた暗がり。そこに寝そべる人影はない。
弁当を取り出して開ける。背後を自転車が通り過ぎた。割り箸を割って、唐揚げを口へ。嬉しそうに食べる直巳の横顔を思い出す。
「……あんたでも、地獄の蓋を開けるのは難しい?」
鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなる。でも、泣かない。泣いたら彼が死にきれなくなる。
「頑張って開けようとしてるところ? それとも休憩中? 早くしないと、あたしの方が年上になっちゃうよ」
あの日の直巳の真似をして、唐揚げを頬張る。
「あんたが来ないなら、来年は河川敷に降りちゃおっかなぁ」
そんなことを言いながら弁当を食べて、ぼんやりと川を眺めて、時折橋の下を見て、涙を堪えて。
日差しが赤く色づいたら帰る。『いい子』の帰る時間。
「またね」
仁愛は言って、踵を返した。
世界は変わっていく。ここにいた人がいなくなって、新しい人が来て、またその人もいなくなって。
巡る。しかし変わらないものもある。変えてはならないものもある。
これからも、夏が来るたびに思い出す。それから考える。考え続ける。より良い未来へ向かうために。
*
アパートに帰り、カバンを置いて手を洗って、夕食のメニューを考えながら直巳の棚の前に立ち、
「あれ?」
朝置いた唐揚げを片付けようと手を伸ばした仁愛は首を傾げた。小皿の上の唐揚げは二つ。
「あんた、つまみ食いしたの?」
写真に向かって尋ねるも、当然、返事はない。仁愛はフッと微笑んで皿を取り、キッチンへ行って夕食の支度を始めた。
泉や瀬川、ここにいた人たちがどこへ行ったのかはわからない。まだどこかの河川敷で暮らしているのか、他の道を進み出したのか、仁愛には想像もつかない。
しかし、彼らはこの世界にいる。生きていれば、またどこかで偶然会うこともあるだろう。
(生きてる。……今日も元気に生きてるよ)
仁愛は河川敷につながる階段の一番上に座り、向こうの橋の下を望んだ。夏の日差しが遮られた暗がり。そこに寝そべる人影はない。
弁当を取り出して開ける。背後を自転車が通り過ぎた。割り箸を割って、唐揚げを口へ。嬉しそうに食べる直巳の横顔を思い出す。
「……あんたでも、地獄の蓋を開けるのは難しい?」
鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなる。でも、泣かない。泣いたら彼が死にきれなくなる。
「頑張って開けようとしてるところ? それとも休憩中? 早くしないと、あたしの方が年上になっちゃうよ」
あの日の直巳の真似をして、唐揚げを頬張る。
「あんたが来ないなら、来年は河川敷に降りちゃおっかなぁ」
そんなことを言いながら弁当を食べて、ぼんやりと川を眺めて、時折橋の下を見て、涙を堪えて。
日差しが赤く色づいたら帰る。『いい子』の帰る時間。
「またね」
仁愛は言って、踵を返した。
世界は変わっていく。ここにいた人がいなくなって、新しい人が来て、またその人もいなくなって。
巡る。しかし変わらないものもある。変えてはならないものもある。
これからも、夏が来るたびに思い出す。それから考える。考え続ける。より良い未来へ向かうために。
*
アパートに帰り、カバンを置いて手を洗って、夕食のメニューを考えながら直巳の棚の前に立ち、
「あれ?」
朝置いた唐揚げを片付けようと手を伸ばした仁愛は首を傾げた。小皿の上の唐揚げは二つ。
「あんた、つまみ食いしたの?」
写真に向かって尋ねるも、当然、返事はない。仁愛はフッと微笑んで皿を取り、キッチンへ行って夕食の支度を始めた。
