あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 高校卒業後、仁愛は東京の大学に進学した。そこそこの偏差値の歴史学科で、太平洋戦争を研究している教授がいる。

 大学は家から通えないほど遠くはなかったが、仁愛はダメ元で、大学近くで一人暮らしをしたいと両親に告げた。父は長い沈黙の末、「好きにしろ」とだけ言った。

 てっきり費用は自分でどうにかしろという話で、つまり実質『不可』の判定だと思われたが、なぜか父はアパートの手配をしてくれた。家具・家電の用意も、毎月の仕送りも。

(だからって『叩いたことはチャラ』とか言えないし、円満家族と比べたらうちはクソだけど……今のあたしに必要なことは、全部揃ってる)

 そうして晴れて大学生となり、二年生の夏。卒業後の進路は、歴史研究者と資料館の学芸員で悩んでいる。今はまだ決められないが、いつか決められる時が来るだろう。

     *

 八月三十一日。仁愛は早起きをして弁当を作った。中身はご飯と卵焼き、ウインナーとミニトマト、それから五香粉(ウーシャンフェン)入りの唐揚げ。

 三年前の今日、直巳に作った弁当と同じもの。

 唐揚げを小皿に三つ乗せて、部屋の奥、窓際の棚へ。

 この棚は直巳用。笑顔でピースをする直巳の写真と、泉たちと四人で撮った写真が飾ってある。その手前には返しそびれたハンカチと、彼の読みかけの『銀河鉄道の夜』。

 仁愛は直巳の写真の前に唐揚げを置き、

「あたし、二十歳になったよ。あと二年であんたに追いつく」

 写真を見つめて言い、再びキッチンへ。完成した弁当をカバンに入れてアパートを出た。向かう先は相砂川。

 直巳が元の時代へ帰ってから、毎年八月三十一日は、あの夏を思い出す日と決めている。今日だけ『しんみり』して、それ以外はしない。これが『縛られない範囲』のギリギリ。

 電車に乗って実家の最寄駅へ。その道中で思い出すのは、直巳の帰る方法を知った夜。彼の言う『いい子』になると誓った日。

 電車を降りて、改札を抜けて、通路を左へ。何度もここを通って橋の下へ向かったことを思い出す。息苦しい日々の出口。世界で一番明るい場所へ続く道。

 住宅地を抜けて、直巳に手の傷を洗ってもらった公園の前を過ぎ、市営プールの横を通って川へ。土手の上から、日差しに煌めく川面を見下ろした。

 雑草だらけだった河川敷は綺麗に草刈りがされていて、橋の向こう、ホームレスのブルーシート小屋があった場所には工事の機材が置いてある。