あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

「そうだ。あの、神崎さんって、今日は出勤されてますか?」

 仁愛は尋ねた。もし会えたらお礼を言って、直巳が無事に帰ったことを伝えよう、と思って。

 しかし、

「神崎……ここの職員、ですか?」

 職員は不思議そうに問いを返した。

「はい。以前お世話になったので、お礼を言いたいと思って」
「以前……どれくらい前ですか?」
「ええっと……半年くらい」

 職員はより一層不思議そうに、

「神崎という名前の職員はおりませんが」
「えっ……あ、読み方間違えたのかな……神様の『神』に川崎の『崎』で神崎さんなんですけど。確か、学芸員さんだって」
「ここの学芸員は皆、他の名前です。ここ十年ほど、職員の入れ替わりはないですし……何か、お間違えになっていませんか?」

 その問いに、仁愛は「か、確認してみます」と答えた。職員が「力になれずすみません」と言い残して去って行く。

(神崎さんは、いない? いや、でも、ネームプレートには確かに『神崎』って書いてあったし、ここの職員で、学芸員だって……)

 さっきの職員に、何かを隠している様子はなかった。本当に知らなくて、本当に不思議に思っていた。

「ど、どういうこと?」

 結局、謎は解けず。仁愛はその後も遊就館に通い続けたが、神崎の姿を見かけることはなかった。高校を卒業して、大学生になっても。

 考えてみると、彼には不思議なところがあった。

 数多の戦死者、数多の来館者。その中から直巳が『藤野直巳中佐』であることに気づいた。髪型の関係で、写真の前にいたときは気づけなかったと言っていたのに。

(そういえば、あの暑い夏にジャケット着て走って来たのに、全然汗かいてなかった。……もしかして、人間じゃなかった?)

 そんなことを考えてしまうのは、普通では考えられない出会いと別れを経験したから。人間が知っている世界は全体のほんの一部で、あり得ないと思うことが確かにあり得ないとは限らない。

 ゆえに、仁愛は待ち続けることにしている。いつか地獄から這い出した直巳と、あり得ない再会を果たすことを。

     *