あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 基地に緊急の出撃命令が鳴り響く。スピーカーから発せられるザラザラした声を聞きながら、直巳は滑走路へ飛び出した。

 愛機の影はない。向こうで整備兵が「大尉殿!」と手招きをしている。その傍らには、今まさに倉庫から出して来ました、と言わんばかりの、少し埃を被った紫電改が停まっている。

 直巳はそちらへ向かいながら、内心で独りごちた。

(よかった。あの日と同じだ)

 家族は空襲を逃れた。その過去改変が他に影響して未来が変わってしまったら、という不安がずっとあった。今、目の前にある光景は、記憶と少しも違わない。

「俺の愛機は?」
「すみません。さっきエンジンをバラしたところでして、組み立てが間に合いません」
「わかった」

 直巳は操縦席に飛び乗った。『左の機銃筒を確認しろ』とは言わない。あの日も言わなかったから。

 天蓋(キャノピー)を閉めて、ベルトを留める。計器を確認して、懐から写真を一枚取り出した。両手でピースをした仁愛が写っている。

 ふと、この写真を撮った時の泉の言葉を思い出した。

『さすが女子高生だねぇ』

 慣れた様子の可愛いポーズ。()()()()というのは、そういうものなのだろう。あの時代の十七歳は、泣きながら千人針を縫ったりしない。

(いい時代だ)

 直巳は写真を計器の横に貼り付けて、操縦桿を握った。

(十七歳……()()()()()には、今の俺と同い年か。どうにかそれまでには地獄の蓋を開けたいもんだ)

 そして彼女の元へ行き、彼女の作った唐揚げをつまみ食いする。

 彼女は驚くだろうか。それとも驚愕するだろうか。彼女ならお祓いとかをやりそうだ。大人しく祓われてやるつもりはないが。

(そのまま地縛霊……いや、それだとなんだか悪役っぽいな。あいつの守護霊とかになれたらいいんだが……その辺の方法、地獄の鬼なら知ってたりするかな)

 仁愛に出会う前。あの日の離陸は、なんとなく空虚な心地がした。いつもの警報、いつもの操縦席。いつまで続くのか、と。さっさと終われ。もうたくさんだ、と。

 今はどこか清々しい気分だ。これで終わるからではない。これから始まるから。

「……行くか」

 空へ。——彼女のいる、八十年後の空へ。