あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 学校を出た仁愛は、どこにも寄らずまっすぐ家に帰った。本当は河川敷に行きたいが、直巳に心配をかけないように。

 家に入ると、母が居間でテレビを見ていた。白馬の王子様が出てくるタイプのロマンスドラマ。仁愛はそれを横目に自室へ。

 荷物を置き、部屋着に着替え、なんとなく本棚に目を走らせる。文庫本を一冊取ってベッドに寝転んだ。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』。直巳がここに来た日に読んでいたものだ。彼はまた続きを読みに来ると言ったが、その日は訪れないまま終わった。

(直巳、どこまで読んだんだろう)

 そんなことを考えながら読み始め、ジョバンニとカムパネルラが白鳥停車場を降りたところで、

「仁愛ちゃん、あなたにお客様が来てるのだけど」

 ドアの向こうから、母の少し困惑した様子の声がした。仁愛は内心で舌打ちをして、本に適当なペンを挟んで閉じる。

 部屋を出ると、母は「なんだか、ちょっと」と歯切れの悪い様子。これは、意見があるが言わない時のものだ。言って違ったら嫌だから言わない。後になって当たっていた時だけ、「あの時思ったのよ」と話し出す。

 仁愛は母を無視して階段を降りた。廊下を進み、玄関へ。

「あなたが、梛木仁愛さん?」

 土間に立っていたのは、母より二回りほど年上の女。仁愛の祖母より若く、雰囲気が穏やかで、目元の笑い皺が多い。

「そうですけど……」

 仁愛が答えると、女は「突然押しかけてごめんなさいね」と少し困ったように微笑み、

「はじめまして。私は清水直子といいます。『藤野直巳の関係者を名乗れば通じる』と()()()()()()のだけど……」

 仁愛が驚いて目を見張ると、女は半信半疑といった様子で、

「私は直巳の妹・梅子の孫です。直巳の遺言に従って、今日、ここに来ました」

 隣に立つ母が、「ん?」と不思議そうな顔をする。仁愛は「どうぞ、上がってください」言ってスリッパを出した。

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