あの橋の下の暗がりに、『今』へ続く君を思う

 九月一日。直巳が消えた翌日。新学期の朝。

 仁愛はいつも通りの時間に起床し、両親と共に朝食をとった。父は終始無言で、先に食べ終えて身支度に席を立つ。それを見た母が「どうしてこんな……」と悲劇のヒロインのように嘆いた。

 仁愛はそれを無視して「ごちそうさま」と立ち上がり、制服に着替えて家を出た。

 いつもの通学路。いつもの学校。いつもの教室に入って自分の席に向かう。どこかから、「不良が来た」「夏休み中に学校辞めてるとかはなかったんだ」とくすくす笑うクラスメイトの声。

 長い夢から覚めたような感覚。決定的な何かが失われ、それは二度と戻らない。

 しかし——

「梛木さん、なんだか顔色がいいね」

 帰りのホームルームの後、教室を出たところで担任の佐藤が話しかけてきた。仁愛は立ち止まり、「え?」と振り返る。

「夏休み前はいつも青白い顔していたけど、今日はなんだか元気そう」

 佐藤の言葉に、仁愛は直巳を思い出す。

『ひょろいし白いし、病弱な箱入りお嬢様って感じだ』

 一緒にカフェに行った時、彼は心配そうな顔で言った。

「……ご飯、ちゃんと食べるようにしたからかも」

 半ば独り言のように言うと、佐藤が「いいわね」と微笑んだ。

「女子は痩せたいからってすぐ食事を抜くから……不健康で成長に良くないって、先生たちの間でよく話題になってるのよ」
「最近、意識的にもりもり食べるようにしてます」
「いいじゃない。梛木さんは少し痩せ過ぎだから、心配だったのよ」
「あ、あと、これから筋トレとかしようかなって思ってて」
「素敵ね。食べないでガリガリに痩せるより、筋肉で引き締まった健康体の方がずっと魅力的よ」

 佐藤が「応援してるわ」と力こぶのポーズをしてニコッと笑い、仁愛は「ありがとうございます」と言って廊下を歩き出した。階段を降りて生徒用玄関へ。

 夢から覚めたような感覚。——しかし、目覚めた先は、今までの世界と少し違う気がする。

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