あの橋の下の暗がりで、『今』に続く君を思う

「ちょっ、と……もうっ! なんなのあんた!」
「読み終わったら返す。明日また来てくれ」
「明日も一時間目が日本史なの!」
「『も』?」

 男が頭を擡げ、「今日はどうしたんだ?」と眉を顰めた。

「? 先生に『忘れた』って言った」
「それで? 叩かれたか?」
「は? 叩かれるわけないじゃん。次から気をつけるように言われて終わりだよ」

 仁愛が答えると、男は「なんだ」と言って頭を下ろし、

「じゃあ明日も『忘れた』って言えばいい」
「なんでよ! 昨日の今日でまた『忘れた』は無理あるって!」
「叩かれるのか?」
「いや、だから今どき叩かれはしないけど……」
「だったらいいだろ」
「よくない!」

 仁愛が手を伸ばし、男が教科書をひらりと避ける。それをひたすら繰り返し、ふと男が笑った。

「なんだお前、浮浪者狩りやるような奴らとつるんでるくせに、忘れ物なんか気にする『いい子ちゃん』なのか」

 その言葉に、仁愛はぴたりと動きを止めた。男が「お上品な女学生は帰る時間だぞ」と茶化すように言うのを聞きながら、勢いよく立ち上がる。

 男は仁愛の様子が変わったことに気づいたのだろう。「どうした?」と尋ねてくる。仁愛はキョトンとした彼の顔に苛立ちを覚え、

「あたしは……『いい子ちゃん』じゃない」

 吐き捨てるように言って踵を返した。サクサクと草を踏んで河川敷を進み、階段を早足で登る。川沿いの道に上がったところで一瞬足を止め、静まり返った街並みへ駆け出した。