先輩、好きになってもいいですか。

「え〜やだそれセフレじゃない〜!?」
「やっぱそうかなぁ」
「……」
食堂で聞こえてきた女性陣の会話に、俺の心はズキリと痛くなる。
先日西宮とは心を通わせて、体もその、重ねたけれど。
俺はまだ、西宮とはお付き合いに至っていない。
これまで割と途切れることなくお付き合いはしてきたけれど、そのどれもが三ヶ月以上続かなくて。
俺はいつも振られてしまうから、西宮ともそうなるのではないかと思って、怖くて、わがままを言って、西宮との交際は保留にさせてもらっていた。
保留にさせてもらっているのに、キスもそれ以上もしているのだから、先程女性陣が言っていたソレに、俺たちも緩く該当……しているようなもので。
好き同士なのに、本気であるはずなのに、ソレと同じ現状は、いかがなものなのかと悩む。
「先輩」
「っ、西宮……お疲れ」
「お疲れ様です、今日もうどんですか?」
「いや……うん」
考え事をしていたせいで、西宮の言葉を頭で処理するまでに時間がかかってしまって、俺の返答はおかしくて。
そんな俺を西宮は不思議そうに見つめて、けれど何も言ってはこなかった。
「うどん、買ってきましょうか」
「いや、一緒に行く」
「はい!」
嬉しそうに笑う西宮に、俺も笑って、並んで連れ立って。
既に混んでいる注文口に並びながら、俺は先程のことをまた考えていた。
西宮とは、付き合いたいと思う。
大切にしたいし、好きだと思うし、これからも傍に居たい。
だからこそほぼ確定で三ヶ月経てば振られてしまう俺は、西宮と付き合うことが怖くて、けれどやっぱり付き合いたくて。
けれど、そもそも付き合うってなんだ?
あなただけです、という誓約?
お友達以上です、という証明?
これからも傍に、という約束?
それらは付き合わないと、手に入らないのだろうか。
二人が互いに納得し合っていたら、それは『付き合う』という形に収めなくても、いいのではないだろうか。
ただ振られるのが怖いという理由だけでゴネている、と見方もあるけれど、俺は結構真剣だった。
だから、島田に打ち明けた。
「事実婚みたいなのがいいってこと?」
「……ああ、そうかも」
籍を入れずに、夫婦同然の生活を送る二人。
付き合わずに、ずっと一緒に居ることを選ぶのなら、確かにそれと近いかもしれないと思う。
「ふうん。俺は夫婦みたいなものなら、籍入れちゃえば?と思うけどなぁ。真剣なんだろ?」
「まあ……」
俺は空っぽの隣の席を見る。
西宮は午後一の講義を受けに行って既に居なくて、俺と島田はこの時間講義が無かったから、ここに居るのは二人だけだった。
「西宮君はなんて言ってんの?」
「何も」
「……ふうん」
先日の様子を見ていたからか、島田は俺と西宮が両想いになったと伝えても特に驚きはしなかった。
そもそもお前が提案したしな、と笑えば、若干責任を感じる、と言っていったので余計笑った。
「俺本当に怖いんだよ、振られるのが。これまではなんともなかったのにさ」
「……恋だねぇ」
「うるせぇな」
睨めば島田は笑って息を吐く。
こいつとは一年の、割と最初の方からずっとつるんているから、俺がどの人と、どのくらいの期間付き合ってきたかよく知っている。
なんなら島田が企画した合コンで出会ったことも、島田の紹介で付き合ったことも多々あって、だから島田が相談相手に適任だと思ったのだ。
島田は割と奔放に飲み会を開いているけれど、自身は高校から付き合っている彼女がいて、別れたりせず、今でも長く付き合っている。
だからその秘訣が聞けたら、とも思っているが、島田は何か言いたげで、けれど何も言わない。
「俺どうしたらいいと思う?」
「……話し合い、かなぁ」
「答えになってない」
「はは」
笑った島田はそれから暫く黙って、机に伏せる。
寝るのか?と思ったけれど、枕代わりにしている手の、指が動いていて。
「あくまで俺の意見ね」
「……うん」
珍しく真面目な話し方をするから、俺は背筋を伸ばす。
島田は机に伏せたままで、けれど少し転がって、俺の顔を見る。
その俺が、真剣な顔をしていたからか、島田は起き上がって、息を吐いた。
「内海はさ、多分……これまではずっと、相手の理想になろうしてたんじゃないかな」
「……相手の理想」
「そう。プレゼントが多い男が好きって子には、バイト増やして、プレゼントを多く渡して。甘えてくる男が好きって子には、甘えてみたりして」
「……ああ」
どれも心当たりがある。
なんせ島田も知る、俺の元カノのことを思い浮かべながら言っているのだろうから。
「でもそれって、内海の素じゃないから、多分三ヶ月くらいでボロが出る……って言ったら言い方悪いけど。ちょっと、ガタが来はじめるんじゃないかな」
「……」
ボロが出る、ガタが来る。
直近のお付き合いから思い返しても、確かにそうだった。
好意を寄せられて、嬉しくて、応える為に、相手の理想を叶えようとして。
けれど島田の言う通り、俺は三ヶ月辺りでその努力を止めていたかもしれない。
もう俺たちの絆は固いと思って、それ以上の努力を、しなくなっていたかもしれない。
「相手の理想に寄せるのは素晴らしいことだけど、相手からしたら、運命の人だ!と思っても、三ヶ月経てば理想の行いをしてくれなくなる。そしたら飽きられたのかなとか、理想の相手じゃなかったとか、そういう反応になって、振られてたんじゃないかなぁと思う」
「……確かに」
だから俺はお付き合いが続かなかったのか、と思う。
今まで全く、気付きもしなかった。
島田はそれを分かっていて、多分、俺を傷付けまいと黙っていた。
長年お付き合いが続いているだけあって、核心を突いた考察に胸が痛いなと思う。
考察どころか元カノと島田は共通の知り合いだし、俺の愚痴を聞かされる日もあったのかなと思うと、申し訳なくもなった。
「でもさ、相手の理想に寄せるのは悪いことじゃないと思う。ただその濃度を、一生続けられるくらいの濃さにしたら、お互いハッピーなんじゃないかな」
「一生続けられるくらい……」
「そ!じゃないと内海もしんどいでしょ。あとは一生続けたいと思える相手かどうか、も大事じゃないかな」
そう言って優しく笑う島田に、俺は感心する。
「島田はそういう相手と、付き合ってるんだな」
「そうよん!」
ふふ、と笑う島田が、初めて彼女への愛情を覗かせた気がして、見蕩れる。
なんかいいな、と思ったのだ。
愛し、愛されている者の笑顔をそこに見た気がした。
「島田の彼女は幸せ者だな」
「俺が、幸せにしてもらってるんだよ」
「……なんか腹立つ」
「ははっ」
もちろん幸せにもするけどね、って島田の言葉が、清々しくて美しいと思った。
やっぱり島田の彼女は幸せ者だと思う。
友達の俺から見ても、こいつは良い彼氏だなと思ったから。
「ありがとう、島田」
「いえいえ、偉そうにごめん。俺はお前たちを応援してるよ」
「……うん」
応援なんて初めて言われたな、と思う。
こんな相談だって、真剣だと他人に伝えるのだって、初めてだった。
俺は西宮と長く付き合っていきたい。
西宮の理想も、叶えてやりたい。
西宮の理想ってなんだろう、と改めて思う。
つい最近まではお兄さん感だと思っていたから、当てが外れて、また一から探さなくてはいけない。
島田が最初に言っていた話し合いとはこのことか、と少し納得する気持ちも生まれる。
話し合って、一生続けられる濃さで、二人で。
西宮は俺に、飽きず呆れず、ずっと傍に居てくれるのだろうか。