先輩、好きになってもいいですか。

「内海、最近彼女は?」
「居ない」
「あれ、珍しい。内海いつも彼女途切れないのに。誰か紹介する?」
「だっ!」
「「だ?」」
俺、島田、西宮、で食堂に居て。
駄弁っていたら西宮が大きな声を出すから俺と島田の声が揃う。
「ダメです」
「はあ?」
なんでお前が決めんだよ、と顔を顰めれば、西宮は少し怯むものの、島田に向かって首を振っている。
「西宮にも紹介しようか?」
「はあ!?」
「それはお前が反応するのかよ」
「……」
だってダメだろ。
西宮に女性なんてダメだろ。
騙されやすいこいつのことだ、直ぐに絆されて全てを啜り取られて、要らなくなったらポイ、の未来が見えている。
俺はそんなことしないから、まだこいつは無事で居られているだけで。
それに、こいつデートプランとか考えられるのか?
ちゃんと女性を幸せにできるのか?
いつもパタパタ見えない尻尾を振って俺の傍に居るから、西宮がリードする姿は想像ができなかった。
……知らないだけで、元カノとかにはその。
ちゃんと、していたのかもしれないけれど。
次第に胃がまた勝手に重くなるから、擦って気を紛らわせる。
端的に言うと嫌だった。
何故か分からないけれど、西宮を取られるみたいで嫌だった。
俺に懐いている後輩なのに。
俺が守ってやらなきゃ騙されちまうだろ。
「もういっそ二人で付き合えば?」
「はあ?」
「えっ!」
名案だろ、って笑う島田に、キラキラとしている西宮。
俺はないない、と首を振って、椅子の背凭れに体を預けた。
「だって最近二人ずっと一緒に居るし。お互い女の子紹介されるのは嫌なんだろ?じゃあくっついちゃえよ」
「意味わからん」
どういう理論だよ、と呆れて頬杖を突く。
西宮は黙ったまま、俺の顔を見ていた。
「そもそも男同士だろ」
「別に男同士でも良いだろ」
「ならお前が西宮と……」
付き合えばいいんじゃ、と言いかけて、喉の奥がモヤっとしたから言葉を止める。
それで本当に付き合うことになったら、俺は受け入れられるのだろうか。
男同士がってことじゃなく……多分、友人二人を、一遍に失うことに。
「なんでもない」
「おー?」
続きを引っ込める俺に、島田は首を傾げながらも受け入れてくれる。
女の子の紹介。
西宮と出会う前なら、頼んでいたと思う提案だった。
それでまた好意を寄せてくれた人と付き合って、また多分、三ヶ月で振られる。
それでまあまあ良かったはずなのに。
西宮を取られることも、俺が他の人と付き合うことも、何故か俺自身が嫌で。
だから、戸惑っていた。
島田は空気を読んで他の話題で西宮に話しかけていて、西宮は少しだけ困り笑いで応じていて。
嫌なら嫌って言えよ、と思う。
けれど、先輩にご迷惑が、と言っていた西宮の言葉を思い出して、何も言えないまま見守る。
西宮は今何を考えているのだろう。
俺は何を、どう考えたらいいのだろう。

「先輩」
「おー」
午後一の講義を受けて、それでも先程の昼のことが頭から離れなくて。
初めて俺から西宮を呼び出した。
いつぞやの、見慣れない棟の側のベンチへ。
「呼び出して悪い」
「いえ、俺も先輩と話したかったので」
それは、どっちの意味だろう。
ただ会って話したかったのか、西宮も昼のことを考えていたのか。
座りな、と隣を指せば、西宮は素直に座る。
次の講義が始まっているから、辺りはいつもより少しだけ静かだった。
「何から話せばいいか分からないんだけど」
「はい」
「西宮はなんで、俺に女の子を紹介しちゃダメだって言ったんだ」
「……」
なんとなく、目を見てしまうと圧になる気がして、目の前の芝生をぼんやりと見つめる。
西宮は直ぐには答えなくて、俺たちの間には少しだけ、静寂が訪れる。
「俺、は……」
「うん」
「先輩に、好きになってもいいですかって聞いた身なので」
「……うん……は!?」
なんでも聞くぞ、の姿勢と気持ちで居たのに、聞き逃せなくて西宮を見る。
なんだそれ、初耳だぞそれ。
「やっぱり忘れてましたか、先輩酔ってましたもんね」
「いや、え……は……?」
あはは、と西宮が悲しそうな顔をするから焦る。
なんでそんな泣きそうな顔……
俺のせいで?俺のせいなのか。
そんな、俺のせいで悲しませたくはないのに。
「初めて会った時、覚えてますか。俺がカメラを買わされそうになってた時です」
「……うん」
「あの時先輩、ハイボールを飲んで」
「うん」
覚えている。
俺が持って行って、けれど未成年の西宮に与える訳にはいかないから、とりあえず俺が飲んで。
全然美味しくないから一口でやめて、それでも割と普通に酔って。
あそこの酒って結構濃いよな、と思いながら、その後起きたことを考える。
考えるのに、何一つ思い浮かばない。
そう、俺は、あの後どうやって帰ったのかすら、覚えていない。
「酔った先輩と、いろいろ話したんです。先輩が好きって言われると、すぐ好きになっちゃう話とか、それなのに別れる度、未練も何も残らない話とか」
「……そ、うか」
ダメだ、全然覚えていない。
そんな話を自分からしたのだろうか。
けれど、俺から話さなければ、西宮が知る由もない話の内容で。
「それから、俺がゲイって話もしました。俺、男の人しか好きになれないんです」
「……え」
そこでようやく、西宮と目が合う。
数多の傷を受けてきて、もう慣れました、みたいな顔をしていて。
待て、それじゃあ、と、昼の自分の言動を思い出す。
『意味わからん』
『そもそも男同士だろ』
意味わからん、は、なんで俺と西宮が、という純粋な疑問からの言葉だったけれど。
酔っていたとはいえ、西宮が俺に、ゲイだと打ち明けてくれていたのだと、したら。
そもそも男同士だろ、という言葉だって、俺の中の常識では男同士は恋人になり得なくて。
だからこそ西宮を可愛いと思ってしまいそうになる度、いやいや違うだろ、と自制をしていて。
けれど、そんな俺の葛藤なんて知らない西宮が聞けば、それはかなりの、傷を与えてしまったのではないか、と思い至る。
「っごめん、ごめん西宮。俺そういうつもりじゃなくて」
「大丈夫ですよ」
「いや、違う、聞け」
俺の前で、そんな困り笑いをするな。
頼むからいつもの笑顔で居てくれ。
目が合わなくなった西宮の肩を掴んで、無理矢理こちらを向かせる。
戸惑った様子の西宮とまた目が合うけれど、そこにいつもの懐いた様子はなくて。
「西宮、頼む、聞いてくれ。あの時ハイボールを飲んだ後の記憶は確かになくて、だから本当に何も覚えてない、ごめん」
「……はい」
「でも違う、昼の言葉は、言葉通りの意味じゃない。俺、俺……」
そこまで言って、言葉が詰まる。
これまで生きてきた中で、一番緊張する言葉だと思ったから。
キザなセリフなんでいくらでも吐いてきて、女の子の望むままに、甘い言葉だって吐いて来たのに。
「俺、お前のこと、」
「……」
「かわいい、って、ずっと、思ってて」
「っえ」
視線を逸らすのは、今度は俺の方だった。
顔も耳も、首も手も、なんなら体全部熱くて、今にも倒れそうな程で。
西宮の肩から手を離せば、その手が力強く掴まれるから息が詰まる。
「西宮、」
「先輩、それどういう意味ですか」
「……いや、あの」
「先輩、お願い教えて」
西宮の声がする。
よく届く、西宮の声。
遠くに居ても直ぐに分かって、傍で聞こえると、ゾクゾクする声。
今だってそうだ。
こんなに近くで、あと十センチも寄ればキスできそうな距離で、熱の籠った声で呼ばれて、目尻に涙が浮かぶ。
「先輩、お願い」
「っ」
びく、と反応したのは、きっと、いや、絶対にバレていて。
それでも西宮は引かないし、けれどそれ以上寄っても来ない。
ズルいだろ、言わせるなんて。
でも多分、俺もずっと言いたくて仕方なかった。
転げ落ちそうな崖の淵に居て、押すなよ、と思っているのに、この先はどうなっているのだろう、とも思っていて。
俺は今、多分、最後の瀬戸際に居る。
「俺……」
「……うん」
「俺、お前、のこと」
「……うん、先輩」
はっ、と息を吐いて、西宮の目を見る。
熱の籠った声以上に、その目は熱を携えていて。
「好き」
「っ」
「んっ」
十センチあった距離はゼロになって、西宮の唇が降ってくる。
掴まれたままの腕は痛いほど力が込められていて、これが夢じゃないことを知らせていた。
「先輩、先輩」
「ん、ふっ、」
キスの間で聞こえる西宮の声が、俺の鼓膜を伝って、体全体が刺激される。
こいつの声は俺に効く。
背筋も尾てい骨も、それから下半身にだって響くから本当にタチが悪い。
息苦しくて、刺激が強くて、耐えられずに涙が一粒零れて、直ぐにその涙が拭われるから、目を開ければ西宮は目を閉じていなくて。
「お、前、目閉じろよ」
「だって……先輩を見ていたくて」
はあ、と嬉しそうに息を吐くから、腰がぞくりとして息を吐く。
「西宮は」
「え?」
「西宮の気持ち、まだ聞いてない」
「あ」
興奮を隠すように言えば、照れた顔の西宮は少し俺から離れて。
「好きです、先輩。大好きです」
俺に響く声で、あまりにも嬉しそうに言うから、何故だか分からないけれど涙が出た。
俺からのキスは、仕返しも兼ねて目を閉じなくて。
そうしたら慌てた西宮が目を閉じるから、分かればいいよと笑って、唇を舐めた。
「わっ」
「でも付き合うのは待って」
「……へ!?」
崖から転がり落ちた先は、恐らく恋。
けれどその先、俺は三ヶ月以上も続く未来を知らなくて。
だから悪いが、待ってほしい。
「西宮のことが好きだから。お願い」
「うっ、え、と、はい」
「ありがとう」
戸惑いながらも頷いてくれた西宮に、ちゅ、と触れるだけのキスをすれば、惚けたその体から力が抜ける。
……あれ。
キスって、付き合ってないとしちゃだめだっけ。
いやでも先にこいつからしてきたしな。
「好きだよ、西宮」
「は……ひ」
真っ赤で可愛いなと思う。
こいつは出会った時から、本当はずっと可愛かった。