先輩、好きになってもいいですか。

「まっ、まて、まてって!」
「……なんですか」
「お前のしたかった話、聞いてない!」
「……あっ!」
帰って早々にやたら美味い野菜炒めを食わされて、手際よく歯まで磨かれそうになったのは回避したけれど、風呂も拒否しようとしたら、「縛りますよ」と脅されて、綺麗に洗われて。
何もされなかったから安心していたら、髪をしっかりと乾かされた直後にベッドへ投げられて、必死で抵抗して、今に至る。
昨日、西宮が本来話そうとしていたこと。
それがまだ聞けていなくて、今日ずっと気になっていた。
抱かれること……では、なく。
決してそうでは、なく。
「すっかり忘れてました!俺、先輩の写真でコンテスト優勝しました」
「……は?」
「本格的に写真を学ぼうと思って、好きな写真家さんの弟子にしてくださいって言いに行ったら、賞の一つでも取ってこいって言われちゃって」
「……そ、それで、賞を、取った……のか」
「はいっ、先輩のお陰です!」
久々に見る西宮のキラキラとした笑顔に泣きそうになりながら、それでも、必死に頭を動かして、情報を整理する。
弟子入り。
直談判。
優勝。
俺の写真で。
「おお俺の写真ってなんだよ!?」
「……えへ」
バレたか、みたいな顔で俺の上から退いた西宮は、リビングへ行って、それからスマホを持って戻ってくる。
そして差し出されたスマホの画面に写っていたのは、何か、人影のようなもので。
「噴水を一緒に見に行った日のこと、覚えてますか?先輩が告白してくれた日です」
「……ああ」
西宮を満たす、幸せにする、と決めた日だ。
覚えているも何も、昨日のことのように思い出せる。
「あの時撮った写真です。先輩が吹き出た噴水を避けた瞬間の写真。夕日が凄く綺麗で、ちょうど逆光になっていたから、先輩はただの影になっていて。でも先輩が持っていたボトルの中で揺れる水とか、跳ねた噴水の水とか、先輩の躍動する髪とか、服とか。そういうものが全部、先輩がそこに居るって表していて、凄く好評だったんです」
「へえ……」
確かに俺自身は真っ暗で、でも確かに、西宮が言う通り、髪や、服や、ボトルなどの身の回りのものが、俺を縁取っていて、そこに居るという証明をしている。
吹き出す水の勢いと、それを慌てて避けようとした俺が生み出した、小さな風すらも感じるような。
これなら見ただけでは俺と分からないけれど、でも、確かに、俺と西宮には分かる。
あの日、恋人になった俺たちの、その瞬間の写真だった。
「先輩のお陰で、無事弟子入りもできました」
「……いや、お前……行動力凄いな」
「先輩が頑張っているから、俺も何か頑張りたいと思ったんです」
「……西宮」
拗ねて腐っているのではなくて、自分も何か、と踏み出した西宮をかっこいいなと思う。
思うけれど、ヘトヘトのヨレヨレだった俺とは大違いで、夢を見つけて、夢を掴んでいる姿は正直妬くというか、なんというか。
「俺、師匠のような写真家を目指します。落ち着いたら、先輩にもぜひ師匠に会ってもらいたいです」
「……うん。かっこいいな、西宮」
「全部先輩のお陰ですよ」
「……全部、お前の頑張りだよ」
手を伸ばすと、寄ってきて、抱き付かせてくれる西宮。
出会った頃はカモられてばかりいたのに、今はこんなにも逞しく、自分の夢を追い掛けている。
かっこよくて、可愛くて、大好きな俺の恋人。
西宮は俺のお陰だと言ってくれるけれど、俺は西宮に貰ってばかりいて。
俺は西宮に、支えられてばかりだと思う。
「なあ」
「はい」
「ほ……どほどに、抱いて……?」
「っ」
「ん、っう」
息を詰まらせた西宮に、激しく噛み付かれて、ベッドに倒れ込む。
貰ってばかりの俺が、あげられるもの。
西宮が、喜んでくれるもの。
それから俺が、本当はずっと、期待していたもの。
「りく、あっ、い、してる」
「俺もです、千尋さん」
「っ!?」
「っえ、あ、先輩……」
「うるさいばか!何も言うな!」
大好きな声で、熱の篭った声で、名前を呼ばれる威力が初めて分かった。
これは危険だ。
とても危ない。
びくついて止まらなくなってしまった体を折りたたむようにして前を隠すと、西宮の手によって即開かれて、逃げられなくなる。
「かんわい……」
「っ」
西宮は俺に対して静かにキレて以降、時々、こうして素っぽい発言をするようになった。
それが新鮮で、ちょっとだけツボで、反応に困っていたら、寄ってきた西宮に、耳を噛まれて。
「逃がさないって言ったでしょ」
「っは」
俺がとことん弱くて、俺に効く声が、長い夜の始まりを告げた。


「りく」
「はい」
「……金魚、飼うか」
「っえ」
「俺もちゃんと、面倒見るからさ」
「……」
「一緒に見守って、陸」
「……っ、はい!」

あの夏、長く生きるし、要検討だと言って保留にした金魚を、一緒に見守って、一緒に生きてほしいと願った。
理解した陸は息を詰まらせながら、抱き付いてきて。
受け止めながら、目を閉じる。
三ヶ月後を怯えていた俺は、この先の十年、二十年を共に過ごすであろう西宮とのことを考えて、穏やかで温かな気持ちと陸を抱えながら、眠りに就いた。