「はああああ」
俺のでかいため息は、俺しか居ない部屋に重く長く響く。
忙しいと聞いていた大学三年の夏は、思っていた以上に忙しくて、分からないことだらけで焦るし、暑くて、着実に体力と気力を奪われていた。
大学三年生。
即ち、就活に向けて、大抵の人が動き始める大事で大変な時期。
大変だ大変だと聞いていたから覚悟はしていたし、かなり早めに動き出したけれど、時間が足りない、俺自身が足りない。
それから圧倒的に、西宮が足りない。
スマホを取り出してメッセージアプリを開くと、西宮とのトーク画面を開く。
西宮は俺の忙しさに遠慮して、メッセージを送ってこなくなった。
俺も返す余裕が無いし、返事を長く待たせるのも悪いからそれで良かったけれど、足りない。
西宮が全く、全然、足りない。
西宮と触れ合えない期間が四日も開けば我慢できなくなっていたのに、気が付けばもう一週間も声を聞いていなかった。
こんなんじゃ愛想を尽かされるなと思って、暑いはずなのに、体の芯が冷える。
何か一言でもメッセージを送ろうとして、けれど疲れ切った頭では何も思い浮かばなくて。
寂しい、と打ちかけて、そんなの西宮のセリフだろうと思った。
会いたい、声が聞きたい、触れたい、抱き締めたい。
全部、俺じゃなくて西宮が言いたいことだろと思って、結局何も送信できないまま時間だけが過ぎていく。
早く飯を食って、風呂に入って、明日の準備をして、また寝なくちゃいけないのに。
そのままズルズルとソファで溶けて、しばらく、天井を眺めていた。
知らない大人に囲まれて、知らない環境で、知らないことに触れる日々。
社会人になったらこれが当たり前で、早く慣れなくてはと思うのに、簡単に西宮へ触れられていたこれまでの一年が恋しくて仕方なかった。
「……西宮、」
今何してんの。
今、何を見て、何を思ってんの。
「すみません、土日は予定を入れてしまって……」
「あ、そうか、悪い」
「いえっ、でも金曜は空いてます!」
「あー……いや、金曜は俺がだめだ」
「そうでしたか……お疲れ様です、先輩」
「うん。じゃあごめん、もう寝るな」
「はい、おやすみなさい」
西宮の声を最後に、通話を切る。
それから天井を見上げて、腕で瞼を被った。
「……ふう」
上手くいかない。
予定が全然、合わなくなってしまった。
本当は今日久々に会える予定で、けれど欠員が出たからと、急遽説明会へ参加できることになって。
俺が西宮に無理を言って、会うのを取り止めにしてもらった。
そうしたら向こう一週間の予定が合わなくなってしまって、また、西宮と会えない期間が伸びて。
完全に俺が悪いのに、西宮は一言も俺を責めなくて、それが申し訳なさを加速させていた。
せめて怒ってくれたら、なんて思って、あまりにも自分勝手過ぎる俺自身にイライラする。
西宮も、就活も、俺自身の生活も、全てちゃんと大切にして保ちたいのに、上手くいかない。
まず真っ先に零れ落ちたのは俺自身の生活で、次に西宮との関係が今、ボロボロと両手から零れ落ちて消えていきそうな、そんな感覚。
「……西宮」
西宮が居ない部屋で、西宮を呼ぶことが増えた。
その音を忘れないように、自分自身に刻み込むかのように、ただ呟いて、聞いていた。
『先輩、近々電話できませんか。話したいことがあります』
帰宅してスマホを見ると、西宮からそんなメッセージがきていたことを知って、頭が真っ白になった。
なんとか指先に引っ掛かっていたはずの欠片が、零れ落ちる音がする。
終わ、る、のか。
俺たちの関係が、近々。
メッセージではなく声で直接話したいという内容は、一つしか思い浮かばない。
別れ話の、ただ一つしか。
この夏休み、本当に一度も会えていなかった。
だから、愛想を尽かされても仕方ないと思う。
仕方ないけれど、上手く息ができない。
西宮を想わない日はなかった。
毎日会いたいと思っていて、けれど、俺の忙しさのせいで会えていないのに、俺が会いたいだなんて言うのはお門違いだと思って、伝えられていないままで。
別れ、たくない。
失いたくない。
けれど。
西宮にもう気持ちが無くなってしまった、の、なら。
それは聞いてやらないとなと思う。
フェードアウトされても仕方ない程に、ずっと、西宮を放置する形になっていた。
だからこうして、直接伝えようとしてくれるだけ、まだマシなのだと思おうとして、けれど吐き気がして、その場に膝を突く。
「にし、みや」
正しく、発音できているだろうか。
西宮を呼ぶ、俺の声はこんなだっただろうか。
俺を呼ぶ、西宮の声はどんなだっただろうか。
いやだ、別れたくない。
無様に泣き叫んで、引き止めて、縋り付いて、許しを乞いたい。
けれど俺は知っている。
失われた気持ちはもう二度と戻らないことを、誰よりも俺が一番、よく知っていた。
俺のでかいため息は、俺しか居ない部屋に重く長く響く。
忙しいと聞いていた大学三年の夏は、思っていた以上に忙しくて、分からないことだらけで焦るし、暑くて、着実に体力と気力を奪われていた。
大学三年生。
即ち、就活に向けて、大抵の人が動き始める大事で大変な時期。
大変だ大変だと聞いていたから覚悟はしていたし、かなり早めに動き出したけれど、時間が足りない、俺自身が足りない。
それから圧倒的に、西宮が足りない。
スマホを取り出してメッセージアプリを開くと、西宮とのトーク画面を開く。
西宮は俺の忙しさに遠慮して、メッセージを送ってこなくなった。
俺も返す余裕が無いし、返事を長く待たせるのも悪いからそれで良かったけれど、足りない。
西宮が全く、全然、足りない。
西宮と触れ合えない期間が四日も開けば我慢できなくなっていたのに、気が付けばもう一週間も声を聞いていなかった。
こんなんじゃ愛想を尽かされるなと思って、暑いはずなのに、体の芯が冷える。
何か一言でもメッセージを送ろうとして、けれど疲れ切った頭では何も思い浮かばなくて。
寂しい、と打ちかけて、そんなの西宮のセリフだろうと思った。
会いたい、声が聞きたい、触れたい、抱き締めたい。
全部、俺じゃなくて西宮が言いたいことだろと思って、結局何も送信できないまま時間だけが過ぎていく。
早く飯を食って、風呂に入って、明日の準備をして、また寝なくちゃいけないのに。
そのままズルズルとソファで溶けて、しばらく、天井を眺めていた。
知らない大人に囲まれて、知らない環境で、知らないことに触れる日々。
社会人になったらこれが当たり前で、早く慣れなくてはと思うのに、簡単に西宮へ触れられていたこれまでの一年が恋しくて仕方なかった。
「……西宮、」
今何してんの。
今、何を見て、何を思ってんの。
「すみません、土日は予定を入れてしまって……」
「あ、そうか、悪い」
「いえっ、でも金曜は空いてます!」
「あー……いや、金曜は俺がだめだ」
「そうでしたか……お疲れ様です、先輩」
「うん。じゃあごめん、もう寝るな」
「はい、おやすみなさい」
西宮の声を最後に、通話を切る。
それから天井を見上げて、腕で瞼を被った。
「……ふう」
上手くいかない。
予定が全然、合わなくなってしまった。
本当は今日久々に会える予定で、けれど欠員が出たからと、急遽説明会へ参加できることになって。
俺が西宮に無理を言って、会うのを取り止めにしてもらった。
そうしたら向こう一週間の予定が合わなくなってしまって、また、西宮と会えない期間が伸びて。
完全に俺が悪いのに、西宮は一言も俺を責めなくて、それが申し訳なさを加速させていた。
せめて怒ってくれたら、なんて思って、あまりにも自分勝手過ぎる俺自身にイライラする。
西宮も、就活も、俺自身の生活も、全てちゃんと大切にして保ちたいのに、上手くいかない。
まず真っ先に零れ落ちたのは俺自身の生活で、次に西宮との関係が今、ボロボロと両手から零れ落ちて消えていきそうな、そんな感覚。
「……西宮」
西宮が居ない部屋で、西宮を呼ぶことが増えた。
その音を忘れないように、自分自身に刻み込むかのように、ただ呟いて、聞いていた。
『先輩、近々電話できませんか。話したいことがあります』
帰宅してスマホを見ると、西宮からそんなメッセージがきていたことを知って、頭が真っ白になった。
なんとか指先に引っ掛かっていたはずの欠片が、零れ落ちる音がする。
終わ、る、のか。
俺たちの関係が、近々。
メッセージではなく声で直接話したいという内容は、一つしか思い浮かばない。
別れ話の、ただ一つしか。
この夏休み、本当に一度も会えていなかった。
だから、愛想を尽かされても仕方ないと思う。
仕方ないけれど、上手く息ができない。
西宮を想わない日はなかった。
毎日会いたいと思っていて、けれど、俺の忙しさのせいで会えていないのに、俺が会いたいだなんて言うのはお門違いだと思って、伝えられていないままで。
別れ、たくない。
失いたくない。
けれど。
西宮にもう気持ちが無くなってしまった、の、なら。
それは聞いてやらないとなと思う。
フェードアウトされても仕方ない程に、ずっと、西宮を放置する形になっていた。
だからこうして、直接伝えようとしてくれるだけ、まだマシなのだと思おうとして、けれど吐き気がして、その場に膝を突く。
「にし、みや」
正しく、発音できているだろうか。
西宮を呼ぶ、俺の声はこんなだっただろうか。
俺を呼ぶ、西宮の声はどんなだっただろうか。
いやだ、別れたくない。
無様に泣き叫んで、引き止めて、縋り付いて、許しを乞いたい。
けれど俺は知っている。
失われた気持ちはもう二度と戻らないことを、誰よりも俺が一番、よく知っていた。



