先輩、好きになってもいいですか。

「こちらです!」
「おおお」
昨日からずっとソワソワしていた西宮と、無事来ることができた工房は木の造りをしていた。
指輪というから煌びやかな、ちょっと敷居の高い感じを想像していたけれど、目の前の工房はこれまでの年月と温かさを感じる見た目をしていて心が落ち着く。
それに、この工房は時間制で貸し切ってくれるというからとても有難かった。
人目があると気になるというのもあるけれど、ちゃんと集中して作りたかったのだ。
きっとこの指輪は長く嵌めることになる。
そう、思ったから。
チリンと可愛らしい音が鳴った扉をくぐると、工房に居たのは髭を生やした白髪の男性と、ふくよかで穏やかな笑顔を見せてくれた女性。
会釈をすると寄ってきてくれた女性に、西宮も一歩踏み出して近付いた。
「こんにちは、予約をしている西宮です」
「はあい!外は寒かったでしょう、どうぞ奥へいらして」
懐かしさを感じる話し方や仕草に、映画を思い出す。
俺の祖母は早くに他界してしまったから、あまり記憶が残っていなくて。
代わりに根付いているのはその映画の、穏やかなおばあちゃんの姿だった。
緑と花に囲まれた家で、猫を膝に抱きながら編み物をするその人は、もう亡くなっている旦那さんをずっと愛していて、ずっと大切にしているのだ。
ふと斜め上に視線をやると、西宮もこちらを見ていて、優しく微笑むその顔に俺は頷く。
少し前に、西宮にも観せていた。
何故かずっと好きで、忘れられなくて、時々観たくなる映画があると言って、西宮と一緒に観た。
どちらが先でもきっとこうなります、と西宮に柔い声色で言われて、ほんの少しだけ泣いたあの日のことを、西宮も思い出しているのだろうと思った。
「行きましょう、先輩」
「うん」
導かれた先は暖かくて、ほっと、肩の力が抜ける。
コートを脱ぐと直ぐ西宮に回収されて、お前が脱ぐのに邪魔になるだろって取り返すと、西宮もコートを脱いで、それからやっぱり俺のコートを回収していくから呆れて。
そんな俺たちを微笑んで見守ってくれていたお二人に、俺は慌てて頭を下げた。
「なんだか若返るわぁ、ね、お父さん」
「……」
お父さんと呼ばれた髭の男性は、じっと黙っているから怒っているのかと思いきや、ゆっくりと頷いてくれて。
それが妙に気恥しいけれど嬉しくて、お二人がきっと長くご夫婦で居る片鱗を見た気がした。
素直に伝え合うという、お二人の形。
俺は恥ずかしくてつい本音を隠してしまうから、お父さんと呼ばれたこの方を見習わないとなと思った。
「それでは始めましょうね」
穏やかな微笑みに頷けば、ちょうど傍で鳩時計が鳴いた。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
きっちり一時間で指輪作りを終えた俺たちは、何度も何度もお礼を告げて工房を出る。
俺の左手の薬指には西宮が作ってくれた指輪が嵌っていて、西宮の左手の薬指には、俺が作った指輪が嵌っていた。
「刻印もしてもらっちゃいましたね」
嬉しそうに笑う西宮に、俺は深く頷く。
今度から刻印のサービスも始めようと思っていて、良ければ第一号になってくださらない?と言われた時は驚いたけれど、俺も西宮も揃って「ぜひ」と頷いた。
だから俺の指輪の内側には西宮のイニシャルが刻印されていて、西宮の指輪の内側には俺のイニシャルが刻印されている。
そして、第一号として記念撮影をして、ホームページに載せてもいいかと聞かれたことはもっと驚いたし、それなら、と西宮が持ってきていたカメラで撮影し始めたことにも驚いた。
工房に差し込む太陽の光で照らされた二つの指輪は、人の字を描くように上手く重なり合って、西宮の手によって美しく、綺麗に撮られて。
いつか苗字が変わったら、またいらしてね。
そんな温かい言葉に少し泣いた。
俺たちを、他と変わらず優しく受け入れてくれたお二人が、現役のうちに同性婚が叶えば、と願う。
叶わなくても西宮の傍にはずっと居る、けれど。
「西宮、ありがとう」
「はい!俺の方こそ、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「うん。愛してる」
「っは、い、俺も……うう」
「はは」
さっきまでキラキラと笑っていたのに、泣き始めるから撫でてやる。
俺も西宮も我慢していた。
温かい二人に受け入れられて、ずっと、泣き叫びたくなるほど嬉しかった気持ちを、必死に必死に、堪えていたから。
「いい出会いも、ありがとう」
「はいっ」
俺たちもあんな素敵なふうふになれるかな、なろうな。
西宮が撮った写真は、後日見ると本当にホームページに掲載されていて。
『お二人の幸せを、心より願っています』
添えられたそんな言葉に、また二人で泣いた。