先輩、好きになってもいいですか。

「ん……!」
「すみません、痛いですか?」
ギプスが取れて、リハビリが始まり、そろそろ松葉杖も無しで歩けるか、というほどに足が治ってきた。
長い間ずっと傍で俺を心配して支えてくれていた西宮は、だんだんと軽装になる俺を見て少し寂しそうにしていたけれど、まあその気持ちもちょっとは分かるなと思う。
西宮が風邪を引いた時、世話を焼くのが案外、というか結構、楽しく幸せだったから。
お互い相手の健康が一番だとは思いながらも、自分の助け無しでは苦しそうな様子に、妙な高揚感みたいなものがあったのだと思う。
独占欲とか、支配欲とか、そういう柔く抱えているものが満たされるような感覚。
そんな中でも、西宮は病院の先生のアドバイスを熱心に聞いて、俺の足をマッサージしてくれるようになった。
毎日欠かさず、何度も、何度も。
俺の足を割れ物みたいに丁寧に扱って、それでいてしっかりと力を込めて肌をなぞるから、もう何度もマッサージされているのに、未だに時々変な声が出る。
それがここ最近の、若干の悩みだった。
「っ、いや、もう大丈夫、ありがと」
「はい!」
「っこら、」
西宮はマッサージを終えると、その手に余ったボディクリームを嬉々として俺の体のそこかしこに塗り込んでくる。
勿体ないので、と子犬みたいな顔で見上げられると無下にもできず、けれど確実に俺の弱いところを執拗に撫でてくるのはどうかと思った。
「っ、ばか」
「……先輩可愛い」
「うるせぇ、もういい」
「はいっ」
ボディクリームのいい香りをさせながら近付いてきた西宮に、お礼のキスを落とす。
ここまでがいつものセット、というか、この後も。
「ね、先輩」
「……」
俺が好きで、俺に響いて、俺の弱い声でおねだりされたら、拒否なんてできなくて。
西宮の首に腕を回すと、簡単に持ち上げられて、ベッドまで連れて行かれる。
あれだけ怖かったお姫様抱っこも、気が付けばお決まりになっていて、それから俺を抱える腕の力強さに毎度、胸が悔しくも高鳴る。
「手馴れたな」
「ふふ、怪我の功名ってやつですかね?」
「それ人の怪我でもいうのか?」
「さあ……」
恋人の距離でくっついて、いつも通りの温度感で話して、それからボディクリームの奥にある西宮の香りを感じながら、キスをして。
「んっ」
「先輩。足がちゃんと治ったら、指輪、作りに行きましょうね」
「……ん、楽しみ」
冬休みは、もう直ぐそこだった。

「じゃあ、元気でな……内海……」
「はいはい、よいお年を」
「だああから情緒!もー!西宮君も!よいお年をー!」
「はいっ!よいお年を!」
年内最後の講義を終えて、島田と今生の別れ風の解散をした後、俺と西宮は揃って俺の部屋へと帰る。
用意周到な西宮は昨日のうちにお泊まりセットを俺の部屋へと持ち込んでいたから、今日の西宮はキラキラの笑顔だけを携えた、軽装だった。
「先輩っ、早く行きましょう!」
「はいはい」
今日はこれから、予約していたクリスマスケーキを受け取りに行く。
二人でホールは多いだろと言ったけれど、西宮が珍しく譲らなかったケーキ。
きっと受け取る頃には先輩の足も治っているから、そのお祝いも兼ねて豪華にいきたいんです!と言って聞かなかったのだ。
「……しょっぱいものも買おうな」
「ふふっ、はい!」
パフェも余裕で食う西宮なら、きっとホールケーキも余裕だろうけれど。
西宮の予想通り、松葉杖を使わずに歩き始めていた俺は、待ち切れないといった様子でちょっと先を歩く西宮を追う。
走ったりはまだ流石に怖いけれど、歩く分なら問題ないレベルまで回復していた。
これなら少しの旅だって大丈夫。
下りの階段では必ず前へ、上りの階段では必ず後ろへいくようになった西宮との旅行を、俺もとても楽しみにしていた。

「メリークリスマス」
「メリークリスマスです!」
本当はまだイブだけれど、まあいいかと思いながらシャンメリーの入ったグラスを軽く掲げる。
それからケーキと共に買ってきたチキンに齧り付くと、笑顔の西宮にウェットティッシュであちこち拭かれて呆れた。
俺自身と、西宮の、両方に。
俺の足が折れてから、西宮はよりその面倒見の良さ……というか、世話焼きに磨きがかかっている気がする。
食堂では真っ先に椅子を引かれるし、割り箸は予め割られて、食器の返却も率先して行われる。
その光景を見るたび島田にはニッコリとされて、俺はきっと複雑な表情をしていたと思う。
「もう足も治ったし、世話焼かなくていいぞ」
「やです」
「はあ?」
西宮の否定がこんなにも早く返ってくるのは珍しい。
チキンの骨と格闘しながら西宮を見ると、その骨さえ綺麗に取られて、身をあーんとされた。
「先輩のことは死ぬ間際までお世話します」
「どっちの間際だ」
「どっちでもです!一緒に歳を取りましょうね、先輩」
「……」
軽く、プロポーズをされた気がする。
けれど西宮のそれはプロポーズなんてキメたものじゃなくて、本心からの当たり前な未来、という感じがするからむず痒い。
俺は新しく手に取ったチキンを割くと、西宮に無言で与えた。
「へへ、美味しいです」
「……お前の面倒は俺が見てやる」
「っえ!」
「っうわお前!油まみれの手で抱き付くな!」
西宮を満たす、幸せにする。
それが俺の使命で、喜びで、幸せで。
けれどきっとそこに、面倒を見る、ということだって、簡単に加わるのだろうと思う。
抱き付き凭れかかってくる西宮を受け止めながらそう思った。
俺だって、お前の世話を焼くのは好きだ。

「なあ、今日……その」
「はい!」
「ひどく……して、くんない?」
「……は」
チキンとポテトを食べて、ホールケーキだってしっかりと食べて。
絶対必要だと思っていたしょっぱいものは、意外となくても平気なくらい、クリームが重過ぎず美味しいケーキだった。
それから風呂は、邪魔するなよ!と言いつけて別々に入って、ちゃんと綺麗にしてきた体で、西宮の手を握って、少し緊張しながら、言う。
ここのところ西宮はずっと俺の足を気遣ってくれていて。
西宮の俺に触れる手は丁寧で、優しくて、柔くて、慎重で。
大切に、大事にされていることがひしひしと伝わってきていたけれど、その。
少しだけ物足りない、がずっと、徐々に、蓄積されていた。
だから。
「もう足、大丈夫だから。お願い……西宮、やだ?」
チキンを食べながら、世話焼きはもういいと言った時の、西宮を思い出す。
やです、と即返してきた西宮はどんな顔をしていたっけ。
今目の前に居る西宮は、どんな顔をしているだろう。
絶対赤い自信のある顔で、見る勇気のなかった西宮の顔を少しだけ伺う。
そうしたら、呆けた顔をしている西宮が見えて。
魂でも落としたか、と心配になるほどぼーっとしているから、握っていた手を数回引いた。
「っは。あ、先輩」
「……なに」
「もっかい言ってもらってもいいですか?録音するので」
「言わねぇよ!」
どこかへ飛んでいた意識が戻ってきた西宮は、ぐいぐい距離を詰めてくるから後ずさる。
けれど危ないと判断したのか即抱き締められて、そのまま尻に触れられて。
「は!?ここで!?」
「暴れないで、先輩」
「うわっ!」
突然の浮遊感に慌てると、俺は気付けば西宮に抱っこされていた。
「っ、これ」
「掴まって、先輩」
「っあ、ん……ばか」
ここで始まるのかと驚いて、そうじゃないと分かってほっとしたのに、浮いた体で、抵抗できない体で、無防備な後ろに触れられて、キツく西宮に抱き付く。
熱くなった互いの体温に、長くなる夜をそっと覚悟した。