「このっ!変態!見なさいよこれ!この画像ばら撒かれてもいいのっ!?」
「っなんだ」
食堂に居たら突然叫ぶ声がして、驚いて振り返る。
既にザワザワと騒がしくなっている中心に、見覚えのある顔が居て余計に驚いた。
しかも、しっかりとこちらを見ている。
「そこの奴!見ろっ!」
叫んでいる女性はこの間一緒に階段から滑り落ちた人で、そこの奴、と指を差されているのは俺の隣に座る西宮だった。
西宮は静かに立ち上がると、彼女が掲げるスマホを見に行く。
俺は更に横に居た島田と顔を見合わせて、立ち上がると松葉杖をつきながら歩み寄った。
震えている手で彼女が見せていたのは、西宮が俺を抱きしめている画像で。
この間の廊下で撮られたのだと分かって、あの時まだ居たのか、と理解した。
「とりあえず出よう。目立ち過ぎてる」
「……」
俺が言えば、彼女は泣きそうな顔で、何か言いたそうにしたけれどそのまま食堂を出ていく。
スマホで動画を撮ろうとしていた人には、島田が「ビビったねー!でも撮影はやめとこうぜ、なっ」と明るく伝えに行ってくれていた。
隣に立つ西宮は、見れば静かにキレた顔をしている。
無表情で、鋭い目付きをしていて、どこか冷気すら感じた。
「西宮、落ち着け」
そう言えば、こちらを見た西宮の目の鋭さが少しマシになって、俺の言葉がちゃんと届くことに安心する。
怒るとそんな顔をするんだなと思ったけれど、今回はちょっと特殊かもしれない。
島田を見れば、行ってこい、という顔をしていて、俺は軽く頷いて見せた。
飲み会でも乱闘が始まれば即いなして、お店や周囲の人へのフォローも欠かさない奴だ。
この場は島田に任せておけば大丈夫だろうと思って、俺は西宮を促して食堂を出る。
彼女は、外にいた。
すっかり寒くなった外で、恐らく寒さが原因ではない様子で小さく震えていて、痛ましいなと思う。
あんな方法しか思い付けなかったことに。
あんな方法では誰も、自分自身も幸せにならないと、気付けなかったことに。
「ばら撒くって言ったっけ?」
俺が言えば、肩をビクつかせてこちらを見る彼女。
半歩前に出て俺を庇おうとする西宮は、俺がその腕を掴んで抑えた。
「……はい。先輩に嫌がらせを、していたので」
なるほどな、と思う。
男同士だからそう見えたのだろうか。
それとも自分のアピールが受け入れられなくて、当てつけなのだろうか。
どちらにせよいい気はしない。
だからハッキリと告げる。
「こいつは俺の恋人。あんな所でくっついてたのはごめん。でもあれは嫌がらせじゃない、完全合意。そもそも俺から引き寄せたし」
「な……」
言えば彼女は驚いて、西宮の顔を見ている。
西宮は何か言いたげに腕を反応させていたけれど、俺が強く握って止めた。
「人の気を引きたいならあんなやり方じゃなくて、誠意を持って直接アピールする方がいい。それから拒否されたら、素直に引き下がる方がいい。あんなの周りだけじゃなくて自分が一番傷付くだろ」
「……」
誠意を持って、直接。
西宮はそうやって俺にぶつかってきていた。
そういう西宮を、俺は好きになった。
これは俺だけに効くやり方かもしれないが、大勢を嫌な意味で巻き込むような彼女のやり方はもう繰り返して欲しくなかった。
今回は島田が上手く収めてくれたけれど、動画を撮られてネットにあげられていれば、一生付き纏う汚点になっていたとも思うから。
「……先輩はかっこいいです。好きになる気持ちもよく分かります。あんな守り方をされたら誰だって好きになると思います。でも、先輩は俺の大切な恋人です。あなたにも、他の人にも、渡す気はありません。先輩は諦めてください、お願いします」
「……」
俺に腕を握られながら、西宮は深く頭を下げる。
キレて飛びかからないかと心配していたけれど、冷静な対応どころか頭まで下げた姿には驚いた。
言われた彼女は、声も上げずに泣いている。
悔しさというより、自分の行いを恥じてのように見えた。
そうであればいいな、とも、思った。
「本当は……嫌がらせじゃないって、分かってました。見えた先輩がとても穏やかで、優しい顔をしていたから。初めて出会った時も、お二人が凄く信頼し合っているのが分かって、だから、その感情を私に向けてほしいって、思ってしまいました。ご迷惑をおかけしてすみません、もうしません。画像も消します」
俺からも西宮からも言われたことが響いたのか、彼女は深く頭を下げて、その場で画像を消した証拠を見せてくる。
写っていたのは西宮のぼやけた後ろ姿だし、あれなら万が一クラウドにあげられて画像が残っていたとしても、西宮だと断定するのは難しいだろうと思う。
けれど、本当に消してくれているならそれが何よりだとも思った。
半歩前にいる西宮も顔を上げる。
握った腕の強ばりはもう解かれていた。
「君にも素敵な人が見つかるといいな」
「……はい」
もう一度頭を下げて去る彼女を見送って、西宮を見る。
その目に鋭さはなかったけれど、少し疲れた顔をしていた。
「……お疲れ。帰ったらちゃんと話そう。とりあえず飯は庭で食うか」
「……はい」
島田に終わったことを連絡すると、荷物と買った軽食を持ってきてくれる。
礼を言えば食堂は直ぐに落ち着いたことと、労いの言葉を貰った。
「島田もフォローありがとう」
「いいんだよ、俺は二人のこと応援してるんだからな」
「……ありがとうございます」
島田の言葉を聞いた西宮が少し驚いたようにお礼を言っているから、そういや西宮は島田のこの言葉を聞いたのは初めてか、と思う。
それから今日、島田の想いが伝わったのは良かったなと思った。
傷付けようとしてくる人に出会ったダメージを、癒すには十分過ぎるほどの効果があると思ったから。
「頼もしい味方だよな」
俺が言えば、珍しく島田まで少し照れた顔をしているから笑った。
俺たちは、大丈夫。
「……先輩」
「よしよし、よく頑張った」
帰って早々に抱き付いてきた西宮を、なんとか手洗いうがいまで済まさせて抱き締める。
あの後三人ともそれぞれちゃんと講義を受けて、ちゃんと帰った。
本日偉過ぎた西宮を撫で回すと、もっと撫でろとばかりに頭を寄せてくるからお望み通り激しく撫でる。
「先輩も……疲れましたよね」
「まあ。でも俺より西宮だよ」
あんな大勢の前で、指を差されて叫ばれた。
連日嫉妬していた相手に向けられた敵意は、きっと俺が思うよりキツかったと思う。
それに、初めてキレた顔を見た。
この間の逆光の時でさえ、きっとあんな顔はしていなかっただろうと思う。
怒りは体のエネルギーを沢山奪うから、余計に心配だった。
西宮は堪えて、抑えてくれていたから、発散もできていないし。
「思ったこと全部吐け」
「……やだ」
「やだあ??」
受け止めてやろうと思ったのに。
拒否られて若干のショックを受けていたら、西宮が俺の松葉杖を回収する。
何をする気だと折れた足を浮かせたまま見ていたら、そのままお姫様抱っこをされて叫んだ。
「うわあああお前こええええよ!」
「黙ってください」
「……厳しい王子様だな」
仕方なく大人しくしていると運ばれた先はソファで、この距離なら歩けたのに、と思っていたら、折れていない方の足に西宮が寄ってきて、強制的に膝枕をさせられたから笑った。
「言えばしてやるのに」
「……はい」
大人しい西宮の頭を撫でると、その手が掴まれて、握られる。
だから反対の手でまた頭を撫でてやると、西宮は満足気に息を吐いていた。
「……俺、本気で骨を折ってやろうと思いました」
「……そっか」
静かに話始めた西宮の頭を、変わらず柔く撫で続ける。
その調子で全部吐けよ、という気持ちを込めて。
お前はいつもデカくて重い気持ちを抱えているからな、と思いながら。
「先輩がこんなに毎日大変な思いをして、不便な生活で、痛い思いもしてるのに。自分勝手な気持ちだけ押し付けて、思い付いた嫌がらせも幼稚で、本当に腹が立ちました」
「……うん」
握られた方の手に力が込められて、親指でその手の甲も撫でてやる。
本当は抱き締めてやりたいけれど、きっと俺の足に配慮しているのだろうなと思った。
どこまでも俺想いな優しい奴だと思う。
キレたのだって自分が盗撮されたからではなく、俺を想ってのことだと知って、少し泣きそうになった。
こんなに想ってもらえていることが、本当に奇跡みたいなことだと俺はよく知っているから。
「でも、先輩の立場を悪くするような行いはしたくないです。先輩を、困らせることもしたくない」
「うん」
「でも……すみません」
「いーよ、全部吐けって」
頭を柔く叩くと、西宮は寝返りをうって、俺の腹に顔を埋める。
吐息で暑くて、けれど濡れる感触がして、西宮が泣いているのだと気付いた。
困ったやつだなと思う。
全部吐いて、泣き喚けばいいのに。
全部抱えて、堪えるからしんどいんだぞ。
「俺のために怒ってくれてありがとう。俺もお前を武器にされて不快だったよ。ぼやけてて画像は全然使い物にならないだろうなとは思ったけど。誰にも渡す気はないって言葉も嬉しかったぞ、王子様」
「ぐす」
「ははは」
西宮が鼻をすする音で返事をするから笑う。
人の服をタオル代わりにしやがってと言うと、西宮の体が揺れていて、笑っているのだと分かった。
感情が忙しい奴だなと思うけれど、そうやって笑ってくれている方が断然いい。
「先輩」
「うん」
「折れてない方の足も折っちゃいましょうか」
「……は?」
「先輩はかっこよくて、隙あらば人を恋に落とすので。もう出歩けないようにしちゃいましょう」
「いやいや」
「そしたら俺が朝から晩までお世話します。ずっと傍で、頭の先から足の先まで、お世話します」
「……それは老後頼むわ」
「ふふっ、はい」
突然物騒なことを言い始めるからビビった。
けれど俺の返答に満足したらしい西宮が離れていく。
盛大に鼻水をかんだ後、戻ってきた西宮の顔はスッキリとしていた。
だから腕を伸ばして、要求する。
「西宮、風呂入ろ」
「えっ」
「風呂だけだぞ。変なことしたら噛むぞ」
「っはい!」
ようやくいつものキラキラとした西宮の笑顔が見えて、安心する。
俺にとって風呂は汚れを落とす場所で、だからなんとなく、洗っているところを見られるのも、洗われるのも、気恥ずかしくて。
それが理由でこれまで一緒に風呂に入るのは拒否していたけれど、今日は解禁しようと思えたから誘った。
西宮にまたお姫様抱っこされて叫んで、辿り着いた風呂ではふやけるほどの時間をかけて丁寧に洗われて。
変に疲れたけれど、西宮がずっとご機嫌だったからまあいいかと思う。
それに言い付け通り、西宮は変なことをしてこなくて偉かった。
その分、ベッドでしつこくされたのは叱ったけれど。
それから眠る前には、西宮の言葉を思い返した。
俺の大切な恋人だと言ってくれた西宮の言葉を、何度も何度も思い返しては、記憶の中に丁寧に仕舞った。
「っなんだ」
食堂に居たら突然叫ぶ声がして、驚いて振り返る。
既にザワザワと騒がしくなっている中心に、見覚えのある顔が居て余計に驚いた。
しかも、しっかりとこちらを見ている。
「そこの奴!見ろっ!」
叫んでいる女性はこの間一緒に階段から滑り落ちた人で、そこの奴、と指を差されているのは俺の隣に座る西宮だった。
西宮は静かに立ち上がると、彼女が掲げるスマホを見に行く。
俺は更に横に居た島田と顔を見合わせて、立ち上がると松葉杖をつきながら歩み寄った。
震えている手で彼女が見せていたのは、西宮が俺を抱きしめている画像で。
この間の廊下で撮られたのだと分かって、あの時まだ居たのか、と理解した。
「とりあえず出よう。目立ち過ぎてる」
「……」
俺が言えば、彼女は泣きそうな顔で、何か言いたそうにしたけれどそのまま食堂を出ていく。
スマホで動画を撮ろうとしていた人には、島田が「ビビったねー!でも撮影はやめとこうぜ、なっ」と明るく伝えに行ってくれていた。
隣に立つ西宮は、見れば静かにキレた顔をしている。
無表情で、鋭い目付きをしていて、どこか冷気すら感じた。
「西宮、落ち着け」
そう言えば、こちらを見た西宮の目の鋭さが少しマシになって、俺の言葉がちゃんと届くことに安心する。
怒るとそんな顔をするんだなと思ったけれど、今回はちょっと特殊かもしれない。
島田を見れば、行ってこい、という顔をしていて、俺は軽く頷いて見せた。
飲み会でも乱闘が始まれば即いなして、お店や周囲の人へのフォローも欠かさない奴だ。
この場は島田に任せておけば大丈夫だろうと思って、俺は西宮を促して食堂を出る。
彼女は、外にいた。
すっかり寒くなった外で、恐らく寒さが原因ではない様子で小さく震えていて、痛ましいなと思う。
あんな方法しか思い付けなかったことに。
あんな方法では誰も、自分自身も幸せにならないと、気付けなかったことに。
「ばら撒くって言ったっけ?」
俺が言えば、肩をビクつかせてこちらを見る彼女。
半歩前に出て俺を庇おうとする西宮は、俺がその腕を掴んで抑えた。
「……はい。先輩に嫌がらせを、していたので」
なるほどな、と思う。
男同士だからそう見えたのだろうか。
それとも自分のアピールが受け入れられなくて、当てつけなのだろうか。
どちらにせよいい気はしない。
だからハッキリと告げる。
「こいつは俺の恋人。あんな所でくっついてたのはごめん。でもあれは嫌がらせじゃない、完全合意。そもそも俺から引き寄せたし」
「な……」
言えば彼女は驚いて、西宮の顔を見ている。
西宮は何か言いたげに腕を反応させていたけれど、俺が強く握って止めた。
「人の気を引きたいならあんなやり方じゃなくて、誠意を持って直接アピールする方がいい。それから拒否されたら、素直に引き下がる方がいい。あんなの周りだけじゃなくて自分が一番傷付くだろ」
「……」
誠意を持って、直接。
西宮はそうやって俺にぶつかってきていた。
そういう西宮を、俺は好きになった。
これは俺だけに効くやり方かもしれないが、大勢を嫌な意味で巻き込むような彼女のやり方はもう繰り返して欲しくなかった。
今回は島田が上手く収めてくれたけれど、動画を撮られてネットにあげられていれば、一生付き纏う汚点になっていたとも思うから。
「……先輩はかっこいいです。好きになる気持ちもよく分かります。あんな守り方をされたら誰だって好きになると思います。でも、先輩は俺の大切な恋人です。あなたにも、他の人にも、渡す気はありません。先輩は諦めてください、お願いします」
「……」
俺に腕を握られながら、西宮は深く頭を下げる。
キレて飛びかからないかと心配していたけれど、冷静な対応どころか頭まで下げた姿には驚いた。
言われた彼女は、声も上げずに泣いている。
悔しさというより、自分の行いを恥じてのように見えた。
そうであればいいな、とも、思った。
「本当は……嫌がらせじゃないって、分かってました。見えた先輩がとても穏やかで、優しい顔をしていたから。初めて出会った時も、お二人が凄く信頼し合っているのが分かって、だから、その感情を私に向けてほしいって、思ってしまいました。ご迷惑をおかけしてすみません、もうしません。画像も消します」
俺からも西宮からも言われたことが響いたのか、彼女は深く頭を下げて、その場で画像を消した証拠を見せてくる。
写っていたのは西宮のぼやけた後ろ姿だし、あれなら万が一クラウドにあげられて画像が残っていたとしても、西宮だと断定するのは難しいだろうと思う。
けれど、本当に消してくれているならそれが何よりだとも思った。
半歩前にいる西宮も顔を上げる。
握った腕の強ばりはもう解かれていた。
「君にも素敵な人が見つかるといいな」
「……はい」
もう一度頭を下げて去る彼女を見送って、西宮を見る。
その目に鋭さはなかったけれど、少し疲れた顔をしていた。
「……お疲れ。帰ったらちゃんと話そう。とりあえず飯は庭で食うか」
「……はい」
島田に終わったことを連絡すると、荷物と買った軽食を持ってきてくれる。
礼を言えば食堂は直ぐに落ち着いたことと、労いの言葉を貰った。
「島田もフォローありがとう」
「いいんだよ、俺は二人のこと応援してるんだからな」
「……ありがとうございます」
島田の言葉を聞いた西宮が少し驚いたようにお礼を言っているから、そういや西宮は島田のこの言葉を聞いたのは初めてか、と思う。
それから今日、島田の想いが伝わったのは良かったなと思った。
傷付けようとしてくる人に出会ったダメージを、癒すには十分過ぎるほどの効果があると思ったから。
「頼もしい味方だよな」
俺が言えば、珍しく島田まで少し照れた顔をしているから笑った。
俺たちは、大丈夫。
「……先輩」
「よしよし、よく頑張った」
帰って早々に抱き付いてきた西宮を、なんとか手洗いうがいまで済まさせて抱き締める。
あの後三人ともそれぞれちゃんと講義を受けて、ちゃんと帰った。
本日偉過ぎた西宮を撫で回すと、もっと撫でろとばかりに頭を寄せてくるからお望み通り激しく撫でる。
「先輩も……疲れましたよね」
「まあ。でも俺より西宮だよ」
あんな大勢の前で、指を差されて叫ばれた。
連日嫉妬していた相手に向けられた敵意は、きっと俺が思うよりキツかったと思う。
それに、初めてキレた顔を見た。
この間の逆光の時でさえ、きっとあんな顔はしていなかっただろうと思う。
怒りは体のエネルギーを沢山奪うから、余計に心配だった。
西宮は堪えて、抑えてくれていたから、発散もできていないし。
「思ったこと全部吐け」
「……やだ」
「やだあ??」
受け止めてやろうと思ったのに。
拒否られて若干のショックを受けていたら、西宮が俺の松葉杖を回収する。
何をする気だと折れた足を浮かせたまま見ていたら、そのままお姫様抱っこをされて叫んだ。
「うわあああお前こええええよ!」
「黙ってください」
「……厳しい王子様だな」
仕方なく大人しくしていると運ばれた先はソファで、この距離なら歩けたのに、と思っていたら、折れていない方の足に西宮が寄ってきて、強制的に膝枕をさせられたから笑った。
「言えばしてやるのに」
「……はい」
大人しい西宮の頭を撫でると、その手が掴まれて、握られる。
だから反対の手でまた頭を撫でてやると、西宮は満足気に息を吐いていた。
「……俺、本気で骨を折ってやろうと思いました」
「……そっか」
静かに話始めた西宮の頭を、変わらず柔く撫で続ける。
その調子で全部吐けよ、という気持ちを込めて。
お前はいつもデカくて重い気持ちを抱えているからな、と思いながら。
「先輩がこんなに毎日大変な思いをして、不便な生活で、痛い思いもしてるのに。自分勝手な気持ちだけ押し付けて、思い付いた嫌がらせも幼稚で、本当に腹が立ちました」
「……うん」
握られた方の手に力が込められて、親指でその手の甲も撫でてやる。
本当は抱き締めてやりたいけれど、きっと俺の足に配慮しているのだろうなと思った。
どこまでも俺想いな優しい奴だと思う。
キレたのだって自分が盗撮されたからではなく、俺を想ってのことだと知って、少し泣きそうになった。
こんなに想ってもらえていることが、本当に奇跡みたいなことだと俺はよく知っているから。
「でも、先輩の立場を悪くするような行いはしたくないです。先輩を、困らせることもしたくない」
「うん」
「でも……すみません」
「いーよ、全部吐けって」
頭を柔く叩くと、西宮は寝返りをうって、俺の腹に顔を埋める。
吐息で暑くて、けれど濡れる感触がして、西宮が泣いているのだと気付いた。
困ったやつだなと思う。
全部吐いて、泣き喚けばいいのに。
全部抱えて、堪えるからしんどいんだぞ。
「俺のために怒ってくれてありがとう。俺もお前を武器にされて不快だったよ。ぼやけてて画像は全然使い物にならないだろうなとは思ったけど。誰にも渡す気はないって言葉も嬉しかったぞ、王子様」
「ぐす」
「ははは」
西宮が鼻をすする音で返事をするから笑う。
人の服をタオル代わりにしやがってと言うと、西宮の体が揺れていて、笑っているのだと分かった。
感情が忙しい奴だなと思うけれど、そうやって笑ってくれている方が断然いい。
「先輩」
「うん」
「折れてない方の足も折っちゃいましょうか」
「……は?」
「先輩はかっこよくて、隙あらば人を恋に落とすので。もう出歩けないようにしちゃいましょう」
「いやいや」
「そしたら俺が朝から晩までお世話します。ずっと傍で、頭の先から足の先まで、お世話します」
「……それは老後頼むわ」
「ふふっ、はい」
突然物騒なことを言い始めるからビビった。
けれど俺の返答に満足したらしい西宮が離れていく。
盛大に鼻水をかんだ後、戻ってきた西宮の顔はスッキリとしていた。
だから腕を伸ばして、要求する。
「西宮、風呂入ろ」
「えっ」
「風呂だけだぞ。変なことしたら噛むぞ」
「っはい!」
ようやくいつものキラキラとした西宮の笑顔が見えて、安心する。
俺にとって風呂は汚れを落とす場所で、だからなんとなく、洗っているところを見られるのも、洗われるのも、気恥ずかしくて。
それが理由でこれまで一緒に風呂に入るのは拒否していたけれど、今日は解禁しようと思えたから誘った。
西宮にまたお姫様抱っこされて叫んで、辿り着いた風呂ではふやけるほどの時間をかけて丁寧に洗われて。
変に疲れたけれど、西宮がずっとご機嫌だったからまあいいかと思う。
それに言い付け通り、西宮は変なことをしてこなくて偉かった。
その分、ベッドでしつこくされたのは叱ったけれど。
それから眠る前には、西宮の言葉を思い返した。
俺の大切な恋人だと言ってくれた西宮の言葉を、何度も何度も思い返しては、記憶の中に丁寧に仕舞った。



