「災難だったなあ」
「後処理任せてすまん」
「いやいや全然いいよ、お疲れ」
翌日、西宮に見守られながら大学まで辿り着いた俺は、島田に引き渡された後食堂でくつろいでいた。
西宮は遅刻ギリギリまで俺の傍に居て、メソメソしながら講義を受けに行っていた。
足はふとした時に痛くなるけれど、ギプスのおかげでかなり固定されているから案外平気だった。
それよりも困るのは、松葉杖までついて、明らかに骨折しています!という見た目をしているせいで、人の視線をとても集めて少し居心地が悪いことくらい。
「昨日の子から連絡先渡されてるけど、連絡する?」
「いや……いいよ。この姿見たら余計心配するだろ」
「まあそうか。でも一応渡しとくな」
そう言って差し出されたのは、ピンク色の付箋。
そこに書かれた文字は小さく華奢で、そういや女性だったなと思い出した。
「マジで心臓止まるかと思った」
「はは、西宮も同じこと言ってた」
「そらそうだろ、かなり落ちたもんな」
「一瞬であんまり分からなかった」
「こえええ」
島田と軽く話しながら、手元の付箋を弄ぶ。
手書きだし捨てるに捨てにくいなぁと思っていたら、気を付けろよと島田に言われて、首を傾げた。
「何ですか、これ」
「あー?」
西宮と島田に見守られながら過ごした一日は、無事何事もなく終えられたけれど妙に疲れていて。
ソファに倒れ込みながら西宮を見ると、その手に持っているのは見覚えのあるピンク色の付箋だった。
「ああ、昨日の子の連絡先だって」
「なっ、れ、連絡したんですか!?」
「してねぇよ」
「ああ……よかった……」
その場でふらついている西宮に手を伸ばすと、素直に寄ってくるから可愛い。
しゃがみこんで俺と視線を合わせた西宮の頭を撫でると気持ちよさそうに微笑んでいて、ほんとに犬みたいだと、もう何回目か忘れたが思う。
「心配した?」
「……しました」
「ふふん」
西宮が大変可愛い。
もっと強く撫でると、ちょっと拗ねた顔をするから笑った。
こんなにも可愛いお前以外に、わざわざ興味を持つ訳がないのに。
「ん」
「……へへ」
キスを求めると、嬉しそうに与えてくれるから心が満たされる。
俺からも唇を押し付けて、何度か重ね合わせて、西宮が持ったままだった付箋を回収した。
「手書きだし外で捨てにくかっただけだよ。個人情報も載ってるしな」
「……優しいですね」
「思ってないだろ」
「……思ってますよ。嫉妬も、してますけど」
「素直」
手を握ると、柔く握り返される。
西宮の嫉妬は心地がよくて不思議だった。
わざに嫉妬させたいとは、思わないけれど。
「俺は西宮が好きだよ」
「……はい、俺も先輩が好きです」
「ん。なあ、甘やかして、西宮」
「へ、」
「俺を甘やかせるのなんか、お前だけだろ」
「……はいっ!」
目をキラキラさせ始めた西宮に笑って、その首に柔く抱き付く。
俺を抱え上げた西宮はそのまま俺を寝室へ、かと思いきや浴室へ連れて行くから大暴れした。
「あっ、こらっ、暴れないでください!」
「ばか!今のは寝室に行く流れだろ!」
「寝室!?いいんですかっ!?」
「あ」
そのつもり、だったけれど、自ら墓穴を掘り散らかした俺はたっぷりと、徹底的に甘やかされて、ちょっと悔しかった。
まあ西宮が悲しい顔じゃなくて、キラキラとした顔で傍に居てくれるならなんだっていい。
風呂の手伝いは、しっかりと拒否したけれど。
「先輩っ」
「……」
「先輩っ!」
聞き慣れない声がして、最初はスルーしたけれど、まだ呼んでいるから振り返る。
見ればそこに居たのは、どこか見覚えのある顔の女性で。
「あの、先輩、この間はありがとうございました!」
「この間……ああ、階段の」
「はい!あの、その足私のせいですよね、本当にすみません」
「いや……寧ろこちらこそすみません、いきなり抱えたりして」
帰ってから西宮が執拗に俺の胸元を擦ってくるから、何かと思えばファンデーションが付いていたみたいで。
てことはきっと、あの女性のメイクが一部取れてしまっただろうなと気になっていた。
それに知らない男に急に抱き寄せられたら誰だってビビるし不快だろう。
心配をかけまいと連絡は取らなかったけれど、直接会えたならと頭を下げると、慌てて駆け寄られて、止められた。
「そんな、先輩のお陰で私は傷一つ無かったです。荷物を任せてくれた教授も謝っていました。治療費は私に、って」
「ああ……いや、まあ」
たまに単発のバイトをするくらいの俺としては、費用を持ってもらえるのは有難いけれど、悩ましい。
これ以上この人とあまり関わるのもなという気持ちがあったから。
最近よく嫉妬をする西宮に、もう心配はかけたくなかった。
「連絡先を渡してもらうようにお願いしたんですけど、貰えましたか?」
「ああ、はい。でも失くしてしまって」
「そうでしたか、じゃあ今交換しませんか」
「あー、と」
思ったよりグイグイこられて、参ったな、と思う。
例えメッセージアプリでも、連絡先を交換するのはなるべく避けたかった。
西宮が悲しむだろうし、俺自身もあまり気が進まない。
俺のせいで西宮を悲しませるのはやっぱり嫌だと思う。
それに費用だって、大学内の保険とかあるはずだよなぁとか思っていたら、松葉杖を持つ手に触れられて、ぎょっとした。
「先輩、私からもお礼がしたいです」
先程よりも甘い声がする。
甘い香りもして、その上目遣いに、色々と察した。
「あー……結構です。俺が勝手にやっただけなので」
「でもっ」
「恋人を待たせてるので、失礼します」
「……え」
本当はトイレに行きたかったんだけどな。
どこまでも付いてこようとする西宮を島田に任せて、俺は一人でトイレに来ている途中だった。
別の階のトイレに行くか迷って、別棟の方へと向かう。
階段を使うのは少し不安だったから。
いつも傍で支えてくれている西宮や島田の存在の有難みを改めて感じた。
トイレくらい一人で行けると思っていたけれど、付いてきてもらえばよかったな。
「先輩!」
「……西宮」
若干の後悔をしていたら、まさに思い描いていた声がして振り返る。
俺に向かって一直線に走ってきた西宮は、そのまま俺に飛び付こうとして、寸前で踏み止まっていた。
「っと、先輩骨折中でした」
「そうだな。骨折してなくても飛び付いてこなくていいぞ」
「ひどいっ」
しょげている西宮に笑って、松葉杖から手先だけ離すと指先を曲げて手招きする。
素直に寄ってきた西宮の服の裾を掴んでもっと引き寄せると、よろけてぶつかってくる西宮の香りを感じて、息を吐いた。
俺の好きな声、俺の好きな香り。
鼻に残ったあの甘い香りを消すように深呼吸すれば、大人しくしていた西宮が少し動いた。
「……先輩」
「ん」
「さっきの人、この間の人ですよね」
「なんだ見てたのか」
驚いて顔を上げると、西宮は思っていたよりも感情の読めない顔をしている。
また不安にさせたかと思って口を開くと、俺が何か言う前に抱き締められた。
「信じてます、大丈夫です」
「……西宮」
「でも……触れられていたように見えて」
「ああ」
手を握られた時か、と思って、松葉杖をついたままで届く範囲の脇腹を柔く叩く。
察して離れた西宮の顔を見ると、垂れ下がった尻尾が見えそうなくらいしょげた顔をしていて笑った。
「お礼がしたいって手を握られたけど、断ったよ。恋人を待たせてるとも言った」
「……」
「ごめんな。最初そんな下心のある感じじゃなくて油断した」
「……いえ」
俺を責めることじゃない、けれど嫉妬もしている。
そんな感じかなと思って服を掴む。
西宮はまた少しだけ俺に寄って、俺が先程握られた手を握った。
「今度からトイレの付き添いも頼む。ごめん」
「……はい、あの、」
「ん?」
「俺こそごめんなさい、最近、その……嫉妬してばかりで」
しょげている理由はそっちにもあったか、と納得する。
全然いいのに。
嫉妬されて嫌だなんて思ったことは、西宮に関しては一度もない。
「好きな人からの嫉妬なんて、嬉しい以外の何ものでもないだろ」
「……先輩」
「でも嫌な思いをさせてごめんとは思ってる。西宮はモヤモヤするよな」
「……いえ、はい、いいえ」
「ははは」
入り乱れた感情を素直に吐く西宮が眩しいなと思う。
それから人の居ない廊下でよかったなと思う。
誰がどう見てもきっと、ただイチャついている場面でしかないと思ったから。
「俺、西宮の声で呼ばれるのが好き。西宮の体温も、西宮の香りも、西宮の手も好き」
「へ」
「他の人を知ったって、やっぱ西宮が好きだなって再認識するだけだよ」
島田ですらそうだし、とは言わなかったけれど、でも本当にそう思っている。
何を知ったって、西宮を思い出す。
俺の基準は西宮で、俺の最高値はいつだって西宮だった。
「先輩……好きです」
「うん」
「……大好きです」
「ん。俺もだよ」
ようやく笑った西宮に俺も笑う。
てことでトイレ行ってもいいか、と言うと、慌てて誘導されてもっと笑った。
「後処理任せてすまん」
「いやいや全然いいよ、お疲れ」
翌日、西宮に見守られながら大学まで辿り着いた俺は、島田に引き渡された後食堂でくつろいでいた。
西宮は遅刻ギリギリまで俺の傍に居て、メソメソしながら講義を受けに行っていた。
足はふとした時に痛くなるけれど、ギプスのおかげでかなり固定されているから案外平気だった。
それよりも困るのは、松葉杖までついて、明らかに骨折しています!という見た目をしているせいで、人の視線をとても集めて少し居心地が悪いことくらい。
「昨日の子から連絡先渡されてるけど、連絡する?」
「いや……いいよ。この姿見たら余計心配するだろ」
「まあそうか。でも一応渡しとくな」
そう言って差し出されたのは、ピンク色の付箋。
そこに書かれた文字は小さく華奢で、そういや女性だったなと思い出した。
「マジで心臓止まるかと思った」
「はは、西宮も同じこと言ってた」
「そらそうだろ、かなり落ちたもんな」
「一瞬であんまり分からなかった」
「こえええ」
島田と軽く話しながら、手元の付箋を弄ぶ。
手書きだし捨てるに捨てにくいなぁと思っていたら、気を付けろよと島田に言われて、首を傾げた。
「何ですか、これ」
「あー?」
西宮と島田に見守られながら過ごした一日は、無事何事もなく終えられたけれど妙に疲れていて。
ソファに倒れ込みながら西宮を見ると、その手に持っているのは見覚えのあるピンク色の付箋だった。
「ああ、昨日の子の連絡先だって」
「なっ、れ、連絡したんですか!?」
「してねぇよ」
「ああ……よかった……」
その場でふらついている西宮に手を伸ばすと、素直に寄ってくるから可愛い。
しゃがみこんで俺と視線を合わせた西宮の頭を撫でると気持ちよさそうに微笑んでいて、ほんとに犬みたいだと、もう何回目か忘れたが思う。
「心配した?」
「……しました」
「ふふん」
西宮が大変可愛い。
もっと強く撫でると、ちょっと拗ねた顔をするから笑った。
こんなにも可愛いお前以外に、わざわざ興味を持つ訳がないのに。
「ん」
「……へへ」
キスを求めると、嬉しそうに与えてくれるから心が満たされる。
俺からも唇を押し付けて、何度か重ね合わせて、西宮が持ったままだった付箋を回収した。
「手書きだし外で捨てにくかっただけだよ。個人情報も載ってるしな」
「……優しいですね」
「思ってないだろ」
「……思ってますよ。嫉妬も、してますけど」
「素直」
手を握ると、柔く握り返される。
西宮の嫉妬は心地がよくて不思議だった。
わざに嫉妬させたいとは、思わないけれど。
「俺は西宮が好きだよ」
「……はい、俺も先輩が好きです」
「ん。なあ、甘やかして、西宮」
「へ、」
「俺を甘やかせるのなんか、お前だけだろ」
「……はいっ!」
目をキラキラさせ始めた西宮に笑って、その首に柔く抱き付く。
俺を抱え上げた西宮はそのまま俺を寝室へ、かと思いきや浴室へ連れて行くから大暴れした。
「あっ、こらっ、暴れないでください!」
「ばか!今のは寝室に行く流れだろ!」
「寝室!?いいんですかっ!?」
「あ」
そのつもり、だったけれど、自ら墓穴を掘り散らかした俺はたっぷりと、徹底的に甘やかされて、ちょっと悔しかった。
まあ西宮が悲しい顔じゃなくて、キラキラとした顔で傍に居てくれるならなんだっていい。
風呂の手伝いは、しっかりと拒否したけれど。
「先輩っ」
「……」
「先輩っ!」
聞き慣れない声がして、最初はスルーしたけれど、まだ呼んでいるから振り返る。
見ればそこに居たのは、どこか見覚えのある顔の女性で。
「あの、先輩、この間はありがとうございました!」
「この間……ああ、階段の」
「はい!あの、その足私のせいですよね、本当にすみません」
「いや……寧ろこちらこそすみません、いきなり抱えたりして」
帰ってから西宮が執拗に俺の胸元を擦ってくるから、何かと思えばファンデーションが付いていたみたいで。
てことはきっと、あの女性のメイクが一部取れてしまっただろうなと気になっていた。
それに知らない男に急に抱き寄せられたら誰だってビビるし不快だろう。
心配をかけまいと連絡は取らなかったけれど、直接会えたならと頭を下げると、慌てて駆け寄られて、止められた。
「そんな、先輩のお陰で私は傷一つ無かったです。荷物を任せてくれた教授も謝っていました。治療費は私に、って」
「ああ……いや、まあ」
たまに単発のバイトをするくらいの俺としては、費用を持ってもらえるのは有難いけれど、悩ましい。
これ以上この人とあまり関わるのもなという気持ちがあったから。
最近よく嫉妬をする西宮に、もう心配はかけたくなかった。
「連絡先を渡してもらうようにお願いしたんですけど、貰えましたか?」
「ああ、はい。でも失くしてしまって」
「そうでしたか、じゃあ今交換しませんか」
「あー、と」
思ったよりグイグイこられて、参ったな、と思う。
例えメッセージアプリでも、連絡先を交換するのはなるべく避けたかった。
西宮が悲しむだろうし、俺自身もあまり気が進まない。
俺のせいで西宮を悲しませるのはやっぱり嫌だと思う。
それに費用だって、大学内の保険とかあるはずだよなぁとか思っていたら、松葉杖を持つ手に触れられて、ぎょっとした。
「先輩、私からもお礼がしたいです」
先程よりも甘い声がする。
甘い香りもして、その上目遣いに、色々と察した。
「あー……結構です。俺が勝手にやっただけなので」
「でもっ」
「恋人を待たせてるので、失礼します」
「……え」
本当はトイレに行きたかったんだけどな。
どこまでも付いてこようとする西宮を島田に任せて、俺は一人でトイレに来ている途中だった。
別の階のトイレに行くか迷って、別棟の方へと向かう。
階段を使うのは少し不安だったから。
いつも傍で支えてくれている西宮や島田の存在の有難みを改めて感じた。
トイレくらい一人で行けると思っていたけれど、付いてきてもらえばよかったな。
「先輩!」
「……西宮」
若干の後悔をしていたら、まさに思い描いていた声がして振り返る。
俺に向かって一直線に走ってきた西宮は、そのまま俺に飛び付こうとして、寸前で踏み止まっていた。
「っと、先輩骨折中でした」
「そうだな。骨折してなくても飛び付いてこなくていいぞ」
「ひどいっ」
しょげている西宮に笑って、松葉杖から手先だけ離すと指先を曲げて手招きする。
素直に寄ってきた西宮の服の裾を掴んでもっと引き寄せると、よろけてぶつかってくる西宮の香りを感じて、息を吐いた。
俺の好きな声、俺の好きな香り。
鼻に残ったあの甘い香りを消すように深呼吸すれば、大人しくしていた西宮が少し動いた。
「……先輩」
「ん」
「さっきの人、この間の人ですよね」
「なんだ見てたのか」
驚いて顔を上げると、西宮は思っていたよりも感情の読めない顔をしている。
また不安にさせたかと思って口を開くと、俺が何か言う前に抱き締められた。
「信じてます、大丈夫です」
「……西宮」
「でも……触れられていたように見えて」
「ああ」
手を握られた時か、と思って、松葉杖をついたままで届く範囲の脇腹を柔く叩く。
察して離れた西宮の顔を見ると、垂れ下がった尻尾が見えそうなくらいしょげた顔をしていて笑った。
「お礼がしたいって手を握られたけど、断ったよ。恋人を待たせてるとも言った」
「……」
「ごめんな。最初そんな下心のある感じじゃなくて油断した」
「……いえ」
俺を責めることじゃない、けれど嫉妬もしている。
そんな感じかなと思って服を掴む。
西宮はまた少しだけ俺に寄って、俺が先程握られた手を握った。
「今度からトイレの付き添いも頼む。ごめん」
「……はい、あの、」
「ん?」
「俺こそごめんなさい、最近、その……嫉妬してばかりで」
しょげている理由はそっちにもあったか、と納得する。
全然いいのに。
嫉妬されて嫌だなんて思ったことは、西宮に関しては一度もない。
「好きな人からの嫉妬なんて、嬉しい以外の何ものでもないだろ」
「……先輩」
「でも嫌な思いをさせてごめんとは思ってる。西宮はモヤモヤするよな」
「……いえ、はい、いいえ」
「ははは」
入り乱れた感情を素直に吐く西宮が眩しいなと思う。
それから人の居ない廊下でよかったなと思う。
誰がどう見てもきっと、ただイチャついている場面でしかないと思ったから。
「俺、西宮の声で呼ばれるのが好き。西宮の体温も、西宮の香りも、西宮の手も好き」
「へ」
「他の人を知ったって、やっぱ西宮が好きだなって再認識するだけだよ」
島田ですらそうだし、とは言わなかったけれど、でも本当にそう思っている。
何を知ったって、西宮を思い出す。
俺の基準は西宮で、俺の最高値はいつだって西宮だった。
「先輩……好きです」
「うん」
「……大好きです」
「ん。俺もだよ」
ようやく笑った西宮に俺も笑う。
てことでトイレ行ってもいいか、と言うと、慌てて誘導されてもっと笑った。



