先輩、好きになってもいいですか。

「ぜんばい」
「はいはい」
西宮が風邪を引いた。
腹出して寝てるからだ、と軽く笑ってやったが、西宮は熱のせいかいつも以上にメソメソとしている。
「ぜんばいいい」
「はいはい、居るよ」
「花火大会……ごめんなさい……先輩」
「いいって、来週もあるし、来年だってあるだろ」
「うううう」
そう、今日は行こうと約束していた花火大会当日。
いつも俺より先に起きて俺の寝顔を見つめている西宮が、今朝は俺が起きてもまだ眠っていて。
珍しいがそんな日もあるか、と先にベッドを抜け出して、洗濯やらを済ませても尚寝ているから、そろそろ水分取った方がいいんじゃないか、と寝室へ戻ると、赤い顔をして、荒い息を吐きている西宮を見つけたのだ。
「病院行くぞ」
「うううう」
「はいはい、しんどいな」
熱からくる涙をぽろぽろ零しながら、俺の手を熱い手で握る西宮を空いている方の手で撫でる。
先輩移っちゃう、と最初はそっぽを向いていたのに、熱が上がるごとに心細くなったのか俺を離さなくなった西宮は、弱っていて可哀想だと思うものの、正直ぐっとくるものがあった。
「ほら、上だけ着替えろ。汗かいてるだろ」
「ばい」
「ははは」
鼻も詰まって苦しそうで、へろへろで可哀想なのに可愛い。
一回離せ、と西宮の手を解いて、着替えを持ってくると西宮はもぞもぞと上を脱ごうとする。
けれど途中で諦めて、また倒れこもうとするからそのまま俺が引っこ抜いた。
「いやん……」
「ばーか」
首まで赤くして、熱が上がっている最中で、余程辛いだろうにふざけるから笑う。
西宮は変に律儀で、自分の洗濯は自分ですると言って聞かないから、着替えが無くなるたびに自宅へと洗濯をしに帰っていて。
今日がちょうどその日で、花火を見に行く前に一度帰る予定だった西宮の服は替えがなくて、だから、俺の服を着せていて。
「ぜんばい……」
「ん?」
「いばだげでぼ……ばながどぼれば……」
「……お前実は元気か?」
「べへ」
今だけでも、鼻が通れば。
つまり、俺の服の匂いを嗅ぎたい、的なことを言っていて。
じとりと見れば、変な笑い声で笑っているから軽く頭を叩いてベッドに寝かせてやる。
「タクシー呼ぶから来るまで寝てろ」
「ばい……ずびばぜ……」
「いーよ、むしろ俺と居る時で良かったよ」
熱い頭を撫でてやると、西宮は目を閉じて静かに涙を零す。
弱ってんなぁ、とそのまま少し撫でて、俺はスマホを取りにリビングへ戻った。

病院へ行った結果、ただの風邪ですね、とお医者様のお墨付きをもらった西宮は、病院に着く頃には熱が上がり切って少し落ち着きを取り戻していて。
それでもぼうっと辛そうにしているから、なるべく傍で支えて、連れ歩いて、薬を貰って、またタクシーで帰って。
手洗いうがいも一人でできるほどに安定していたけれど、ベッドに寝かせるとまた俺を離さなくなった西宮はやっぱり弱っていて、赤い顔をしていた。
「薬飲もうな。水取ってくる」
小さく頷いた西宮を撫でて、水を取って戻ると西宮は目を閉じていて。
足音で俺に気付いた西宮は、柔く目を開けて、俺を真っ直ぐに見る。
その姿が、夕日をたっぷりと浴びていたせいかやけに美しくて、ああ、撮るなら今だな、と思った。
俺は西宮ほどはカメラにハマっていなくて、だから二人でカメラ旅に出よう、と決めた時以外は特に持ち歩いていなくて。
だから多分、今直ぐカメラを取りに戻っても、西宮みたいには素早く撮ることができないから、少し悔やむ。
代わりに俺の記憶へ強く残しておくことにした。
西宮の熱い手の平とか、辛くて零す涙とか、外ではしっかり両の足で立ちながら、それでもタクシーに乗ると俺の手を掴んで離さなかった西宮の弱り方とか。
そういうものと一緒に、全部大切に覚えておく。
本当に俺が傍に居る時で良かったと思う。
西宮はきっと、この弱った姿を隠してしまう気がしたから。
「ちょっと起き上がれるか」
西宮はまた小さく頷いて、俺が支えると上体を起こす。
今日は朝から何も食べていないし、と、とりあえずあったバナナを剥いて差し出すと、西宮はゆっくりとした動きで食べて、それから辛そうに、押し込むように飲み込む。
今回の風邪は鼻が一番辛いのかと思いきや、喉が一番痛いようで唾液すら辛そうにしているから見ているだけでも心配だった。
それでもしっかりバナナを一本食べ切った西宮は、薬の錠剤を手の平に乗せてやると、そのまま全部一気に口へと放り込んで、渡した水で全て飲み込んだ。
案外ワイルドな飲み方だな、と思いながらペットボトルを回収すると、ゆっくりと横になった西宮がまた俺の手を握ってきて。
俺も握り返しながら、また空いた方の手で頭を撫でてやる。
「消化のいいもの買ってくるな。食べたいのあるか?」
おでこに張り付いた髪を払ってやると、西宮はゆっくりと瞬きをした後、小さな声で「ぷりん」と要求して。
普段から甘いものを常用しているイメージはないけれど、うどん屋でパフェを軽く平らげていた通り、意外と甘いものが好きなのかもしれないと思った。
「分かった、寝とけよ。なんかあったら直ぐ連絡すること」
西宮のスマホを枕元に置いて、柔く頷く西宮を撫でてから寝室を出る。
薬が効けば少しは楽になるだろう。
俺は頭の中でプリンを唱えながら、戻ったばかりの部屋を抜け出した。

「お世話になりました……」
「まだ治ってねぇよ」
「へへ……」
病院から帰ってそのまま寝続けた西宮は、そろそろ一回起きてちゃんと飯食え、と起こすと、辛さの最大値は越えていそうな顔をしていた。
俺が作ったお粥を食べながら、「鼻が詰まって味が分からない……また作ってください……うう」とメソメソはしていたけれど。
薬を飲んだ後はもう寝ろ、と言ったけれど、西宮は絶対嫌です!と風呂へ向かった。
それから機織りでもするのかと疑うレベルで「覗かないでくださいっ」と言って、一人で浴室へ入っていってしまう。
俺は万一倒れでもしたらと、洗ってやると申し出たけれど、それは治ってからがいいと言われた。
逆じゃないか?と首を傾げたけれどスルーされたので、風邪が治ったら引っぱたこうと思う。
念の為何か大きな音がしないか気にかけながら、西宮が夜中に目が覚めても大丈夫なように水分やゼリーを寝室へ用意しておく。
やがて風呂から出た西宮はもうすっかり眠そうな顔をしていて、髪は俺が乾かした。
気持ちよさそうにゆらゆら揺れる西宮が可愛くて、西宮にもし何かが起きて、生涯の介抱が必要になったとしても面倒を見られる自信があるなと思う。
それって、一種のプロポーズみたいだ、とも思った。
そんな俺の思考を知らない西宮は、いつもと乾かし方が違うからか髪がとてもふわふわになっていて、より犬感が増していた。
「じゃあ俺も風呂入ってくる。寝てろよ」
「はい」
微笑む西宮の頭を撫でて、頬を撫でて、タオルケットを掛けてから、寝室を出る。
それから急ぎシャワーを済ませて、俺はソファで眠りについた。

「ぐえっ」
「っぐす」
「……は!?」
突如押し潰される夢を見て、本当に苦しくて目が覚めて、そうしたら腹の上に、西宮が頭を乗せていて。
何故かその状態で泣いてるから、飛び起きた。
「どうした!」
「先輩、居なくて、ぐすっ」
「あ〜〜、泣くな泣くな、悪かった、居るから大丈夫だぞ、よーしよし」
「うええええ」
寝て覚めた時、俺が傍に居なくて不安になったらしい。
熱のせいで身も心も弱っている西宮を撫でて、寝室まで連れ戻す。
それから俺も一緒になってベッドに入った。
「一人の方が寝やすいかと思ったんだ。もう居るから大丈夫、安心して寝ような」
「は、い……」
西宮はほぼ寝ながら泣いていたのかもしれない。
ベッドに入って、俺が頭を一撫ですればもう半分寝ていて、それからすぐに寝息を立て始める。
西宮は弱るとこうなるんだなぁと思いながら、俺も直ぐに眠りに就いた。

「多大なるご迷惑を……」
「いや、かわ……」
「皮……??」
起きて早々、ベッドの上で土下座している西宮に、咄嗟に可愛かったぞと言いかけて止まる。
西宮は不思議そうな顔でこちらを見ていて、とりあえずその頭を撫でた。
昨日は心配になるほど熱かったけれど、今日は少し熱いな、くらいまで落ち着いている。
「飯食って薬飲もうな」
「はい……」
「弱ったお前も愛してるぞ」
「っえ」
せっかく熱が下がったのに、元気のない西宮に言うと、即目をキラキラさせている。
可愛いとは言いにくいのに、愛してるとは言いやすいのは何故なのだろうか。
そのまま照れが限界突破したのか、ぱたんと倒れていく西宮を置いて、俺はうどんを作りにキッチンへ向かった。

「あーんしてくださいっ」
「お前昨日は自分で食ってただろ!」
「あーんじゃないと元気が出ないです!」
「はあああ?」
結局うどんは短く切って、レンゲで掬って食わせるスタイルに落ち着いた。
既に元気そうに見えるがまだ熱はしっかりとあって、早く治す為にもどんどん食わせる。
西宮は終始ニコニコとご機嫌だった。
次から金取るぞ、と言えば、おいくらですか!と返してくるところはいつも通りだった。
それから薬を飲んでもう一度眠る西宮の傍で、俺は新たな無水カレーのレシピを調べる。
西宮が復活したら作ってやるつもりだった。
そろそろスパイスから作るのもありだなと思っていたらメッセージを受信して、開けば島田が彼女と一緒に浴衣姿で写っている写真が送られてきていて。
その場でスマホのカメラを起動して、ベッドに並ぶ俺と西宮の足先を撮影して送り返すと、『生々しい!!』と返事が来たので鼻で笑った。
西宮は風邪で寝ているだけで、俺はその傍で介抱をしているだけだ。
何も生々しくねぇよ、と思いながらついでに西宮にも送っておくと、目を覚ました後スマホを見た西宮がホーム画面にもロック画面にもその画像を登録しようとしていたから暴れて止めた。
最終的に俺とのトーク画面の背景にすることで落ち着いたが、それはそれでどうなんだ。