先輩、好きになってもいいですか。

「先輩先輩先輩!」
「はいはい」
約束通り訪れた夏祭りは、想像以上の賑わいを見せていて。
隣で大興奮しながら俺の袖を引く西宮を、呆れながらも可愛いなと思いながら見守る。
西宮は夏祭りに来るのが初めてらしい。
いつ開催されているかも知らなかったと言っていて、そういやメッセージアプリすら入れ方が分からなかったもんな、と思う。
西宮は交流を断っていたとかではなく、単純にいろんなことのやり方を知らないだけなのだろうなという感じがした。
人に否定も拒否もできない性格のように、人に聞いたり、自ら関わり合っていく方法を知らないだけのような、そんな印象。
まあ、なんだっていいさ、と思う。
こいつのことは俺が満たすと決めたのだ。
ならばなんだって、俺と経験していこう。
「や・ら・な・い!!」
「ええっ!」
そうは思ったものの。
こんな人目の多い場所で、一つのボトルに刺さった二つのストローが絡み合いハートを描いている飲み物を、左右から二人で一緒に飲みましょう!なんて提案は想定していなかったにも程がある。
なんだって叶えてやりたいさ。
お前の望むことならなんだって。
でもこれだけはナイ。
いや他にもナイものはあるかもしれないが、とりあえず今はこれだけはナイ。
「一人で飲め」
「やです!」
「はああ?」
「先輩も汗かいたでしょう!飲みましょうよ!」
「別々に飲みゃいいだろ!」
「一緒がいいんです!」
頑固モード発動中だ、これは。
散歩中、突如もう一歩も動かなくなった犬のように、西宮は俺にボトルを差し出しながらごねている。
周りの人に配慮して声はほぼ囁きに近いやり取りだったが、それでも西宮の手にあるボトルと、そのボトルを差し出しながらごねている西宮と、明らか拒否している俺の姿を見て、すれ違う人は察してくすくすと笑って、通り過ぎていく。
なんの地獄だ、これは。
俺は西宮を睨むけれど、西宮は俺をおやつをおねだりする犬さながらの目で見てきていて。
「ああもうっ」
こうなったら西宮は絶対折れないと分かっているから、覚悟を決めて、腹を括って、片方のストローに噛み付く。
「先輩っ!」
それを見た西宮は嬉しそうに笑って、直ぐにもう片方のストローに引き寄せられるかと思いきや、カメラを取り出して俺にレンズを向けてくるから、横尻を引っぱたく。
「いたあっ」
けれど西宮は諦めず、眉間にシワを寄せた俺をしっかりと撮影した後、ようやくストローに口を付けて、その姿も自撮りしながら吸っているから、呆れながら俺も吸う。
けれど噛み付いたせいで潰れたストローからはなかなかジュースが入ってこず、それを察した西宮に最後はボトルごと寄越されたから、最初からそうしろ!と頭も小突いた。
夏祭り参加早々に、夏祭りとあまり関係ないところで疲弊していて最早帰りたい。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、俺の手を引いていく西宮はずっと楽しそうに笑っていて、悔しいが正直とても可愛かった。

「先輩のお家って金魚可ですか?」
「ペット可みたいに聞くなよ。金魚って結構長生きらしいしなぁ。俺来年から就活だし、ちょっと厳しいかもな」
「あ……そっか、そうですね」
寂し気な西宮の声が聞こえて、そういやこいつは年下なんだったなと思う。
中学や高校と違って、そこまで上下関係を感じるイベントもないから、日頃先輩と呼ばれていながらもあまり実感をしていなかった。
「大丈夫。傍に居る」
「……はい」
外だし、急だしであまり深くは話せなかったけれど、西宮の手を引いて、目を合わせて言えば、ちょっと泣きそうな顔で頷くから胸が痛む。
俺が三ヶ月後を怯えているように、西宮も、先を行く俺に怯えているのかもしれないな、と思ったから。
大丈夫、だなんて。
根拠も、確証も、何もない言葉だけれど、今の俺にはこれしか持ち合わせがない。
ちゃんとお前を想っている。
大勢の人が行き交う場所で、ハートのストローに噛み付いて、同じボトルから甘ったるいジュースを共に飲み上げるほどにはちゃんと、俺もお前に狂っていて、ちゃんとお前を想っている。
「行こう。金魚は落ち着いたら要検討」
「……へへ、はいっ」
金魚すくいの範囲から離れて、そのまま、人混みの中で指先を絡める。
周囲にざわつかれてもな、と直ぐに離したものの、明らかご機嫌になる西宮にほっとした。
俺は西宮の悲しい顔より、お散歩が楽しくて仕方がない時の犬みたいな、キラキラとした顔をしている西宮が好きだ。
それからぶどう飴に齧り付く西宮を眺めたり、チョコバナナやきゅうりの一本漬け、フランクフルトなどのやけに長く齧るタイプの食べ物を勧めてくる西宮の意図に気付いて尻を思い切り摘み上げたり、いか焼きを長く咀嚼している俺をずっとにこにこ眺めてくる西宮を、呆れながらこちらも眺めたりして過ごした。
「先輩っ、あのわたあめ買って帰りませんか!」
「でっかいな。いいけど」
「わあい」
西宮が指したのは大きな袋にパンパンに入ったわたあめで、俺の許可を取ると颯爽とえらく可愛いキャラクターが描かれた袋を選んで買っていた。
「先輩、持ちますか?」
「……なんで持ちたがると思ったんだ」
「えへ。可愛いので」
それは。
袋が可愛いから持たせたいのか。
俺……が、可愛いから持たせたいのか。
俺が持つと、可愛い……から持たせたいのか。
どれか分からなかったけれど、聞けば墓穴なのは分かっていたからとりあえず拒否した。
西宮は西宮で俺の拒否を気にせずご機嫌にその袋を持っていて、見れば確かに可愛いなと思う。
袋も、それを嬉しそうに持つ西宮も、成人近い男が可愛いキャラを携えているという図も、全部気が抜けるほどに可愛い。
「……そろそろ帰るか」
「はいっ!」
最後、屋台の並ぶ通りを撮影した西宮は、また笑顔で俺を撮って、それから、俺の部屋に揃って帰った。

「やっ、めろ」
「先輩……甘い」
「んっ」
わたあめはちゃんと、その日のうちに二人で全部食べた。
このキスの甘さは、暫く忘れられそうにない。