「すみません……ごほっ」
体調が最悪で頭もガンガンと痛い中、なんとかバイト先に休みの連絡をした俺は、力尽きるようにスマホを持つ手を布団の上に落とした。
昨日はバイトが休みだったから株の情報収集に時間を費やしていたら、暗くなるにつれて寒気がしてきた。
単純に寒いのかと思ったけれど、頭痛もしてきておかしいと思い体温を測ってみたら、三十九度を超えていたんだ。
市販の薬を飲んだり、体を温めたりと自分でできる対策は取ったけれど、朝になっても具合はよくならなくて……仕方なく学校を休んで病院へ行ったら、インフルエンザA型だと診断された。
「くそっ……バイト休むことになるなんて。幸樹、覚えてろよ?」
どう考えてもウイルスをうつしたのは幸樹だ。
俺は力なく悪態をつき、朦朧とした意識の中考える。
とにかく熱だけでも早く下がってもらわなくては。この状態じゃあまともに株の情報処理もできない。
バイトができないだけでなく、株の売り買いもできないとなるとまともな生活をするための金が稼げなくなる。
そんなことになったら、ここを出て家に帰らなきゃならなくなる。それだけはまっぴらごめんだ!
「あー……気持ち悪ぃ」
色々と考えたけれど、身体だけでなく頭もまともに働かない。
とにかく少しでも楽になるようにと目を閉じていると、処方してもらった薬が効いてきたのかいつの間にか眠っていた。
熱くて目を覚ましたときには、部屋はかなり暗くなっていた。
窓の外を見るとまだうっすら明るかったので、十八時くらいだろうか。
時間を確かめようとスマホに手を伸ばし、体のだるさを実感する。
寝る前よりはよくなっている気もするけれど、「あー」と唸るように声を出すとかすれて喉が痛んだ。
やっぱり、そこまでよくはなってないかもしれない。
時間を確認すると、思った通り十八時を少し過ぎたくらいだった。
薬を飲むためになにか食べないとな、と思いつつ、なかなか動き出せない。
病院の帰りに飲み物や食べれそうなものはいくつか買ってきていたけれど、レトルトのおかゆをパックから出すというだけですら面倒だと思ってしまう。
食べるものを持ってきてくれる人がいるだけでも、実家にいたときは助かっていたんだなと実感した。
水分補給は枕元にペットボトルを置くだけで、食事もそれこそレトルトのおかゆをそのまま椀に移しただけって状態で出されていたけれど、起き上がるのすら辛い状況ではそれだけでも有難いと思う。
クズな両親だけれど、まったく世話をしてくれなかったわけじゃなかったんだな、なんて感謝しそうになり、慌てて否定する。
いやいやいやいや!
普通の親ならもう少し気遣うとかしてくれるはずだ。
しかも中学生くらいになってからならあまり構わないのもわかるけれど、小学校低学年……いや、それより前から同じような感じだった。
冷静に考えればやっぱりクズな両親だってわかるのに、感謝までしそうになるなんて……。
「身体だけじゃなく心も弱ってるってことか?」
かすれた声でつぶやいて、喉がカラカラなんだと理解した。
水分補給しないと、と枕元に置いておいたペットボトルを一口飲むと、喉の内側に刺すような痛みが走る。
痛みに一瞬ふた口目をためらうけれど、乾いた砂に水が吸い込まれていくように、俺の乾燥した喉も水分を吸収しているようだった。
痛みと引き換えにもう何口か水分補給していると、ピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴る。
誰かに会う気力がなくて無視したけれど、もう一度呼び鈴が鳴って今度は人の声も聞こえてきた。
「三ツ橋、起きてるかー?」
聞き覚えのある男性の声。多分、担任の先生だ。
先生は俺が一人暮らししていることは知っているから、心配して様子を見に来てくれたってところだろう。
さすがに今度は無視するわけにもいかず、俺は何とか起き上がって這うように玄関へ向かった。
耳から外れかけているマスクをつけ直し、ドアノブを支えにちゃんと立ち上がる。一応ドアスコープから相手を軽く確認してカギを開けた。
「先生? どうし――」
ドアを開きながら「どうしました?」って要件を尋ねようとしたけれど、その場に先生以外の人がいることに気づき声を失う。
先生の後ろに立っていたから、ドアスコープでは見えなかったらしい。
少し気まずそうに顔を出しているその人は、朝霞さんだった。
「大丈夫か三ツ橋……って、大丈夫なわけないか。ほら、差し入れだ」
俺の戸惑いに気づかず、先生はコンビニの袋を差し出してくる。
ヨーグルトとかゼリーがいくつか入っていて、正直有難いと思った。
おかゆを皿に移すことすら億劫だと思っていた身としては、開けてすぐ食べれるものは助かる。
今日の夕飯はこれだけにして、あとは薬を飲んで寝るか、と考えながら有難く受け取った。
「ありがとうございます。……あの、なんで朝霞さんが?」
立っているだけでも辛いから、あまり長く話さず帰ってほしいとは思うものの、どうしても気になるため聞く。
よりにもよって、苦手としている女子に住んでいる場所を知られるとは。
連れてきた先生を恨みたい気分で問うと、真っ先に声を上げたのは先生ではなく朝霞さんだった。
「あ、ごめんね。私、どうしても心配で……無理を言ってついてきたの」
「同級生とはいえ個人情報だしな、躊躇ったんだが……『家は近いみたいだから、今後も三ツ橋くんのサポートができる』と言われてな」
朝霞さんの言葉に先生がつけ足すように話す。
「サポートって、そんなのべつに……」
「いるだろ? 特に今みたいな状態じゃあ」
いらない、と言おうとしたのに、先生に正論を突かれ「うぐっ」と唸る。
確かに、食べるものを用意してもらえるだけでも助かると考えたばかりだ。
それに、今後長期休みとなったら先生は来てくれないだろう。夏休みは大丈夫だったけれど、冬休みは今回みたいに風邪をひいて動けなくなることもあるかもしれない。
先生の言う通り、他に気にかけてくれる人がいるだけでも助かることは多いかもしれない。
でも、それなら幸樹とか、他の友だちに頼むことだってできる。
別に朝霞さんじゃなくてもいいはずだ。
そう思って不満を顔に出していたけれど、先生は気にした様子もなく「とにかく」と強めの口調で話し出した。
「俺も毎日様子を見に来ることはできないからな、他にお前を気にかけてくれる人がいるってだけでも安心できるんだ……でないと、お前の両親へ連絡せざるを得なくなる」
最後の言葉に、熱で朦朧としている頭が冷えた。
それだけは何としても止めて欲しい。
連絡されたら、親は仕方なく面倒を見に来るだろう。
でも、確実に文句を言う。
わざわざアパートに来る手間が前よりも増えたとか、家を出て独り立ちしたのにまだ面倒を掛けるのかとか。
しかも、治ったら今度は看病代とか移動費とか言って絶対金をむしり取るに決まっている。
俺の両親はそういう人間なんだ。
だからこそ、親への連絡だけは避けたい。
「先生、親には……」
「安心しろ、まだ伝えてない。だから、たまに藤原が様子を見に来るくらいは受け入れろ」
別に家の中にまで入れろってわけじゃないからな、と言う先生。本当に、今のように玄関先で会って話すだけのつもりで言ってるんだろう。
「まあ、それなら……」
両親への連絡と引き換えにと言うならば、確かにたまに同級生が訪ねてくるくらいの方がいい。
玄関先で顔見て少し話して終わりなら、それほど時間のロスにもならないだろうし。
でも、朝霞さんはそれでいいんだろうかと彼女に視線を向ける。
するとニッコリと笑顔が返ってきた。
さんざん無視してきたっていうのに、よくこんな笑顔を俺に向けられるな、と逆に呆れる。
同時に、俺は今までなにをしてたんだろうと力が抜けていった。
なんだかどっと疲れた気がして肩を落とすと、先生が話を切り上げる。
「とにかくそういうわけだから。まず今日はこれ食って薬飲んで休め。熱が下がったら、一度学校の方に連絡してくれよ」
言い終えると、軽く片手を上げて先生は去って行ってしまった。
朝霞さんも一度だけ俺にペコリと頭を下げると、先生の後を追うように歩いていく。
少しだけ二人の背中を見送った俺は、これでよかったのか? と疑問に思いつつドアを閉める。
でも、また頭が痛くなってきたのでものを考えることを放棄した。
とにかく先生の言う通り、ゼリーでも食べて薬飲んで寝よう。
後のことは、後で考えることにした。
体調が最悪で頭もガンガンと痛い中、なんとかバイト先に休みの連絡をした俺は、力尽きるようにスマホを持つ手を布団の上に落とした。
昨日はバイトが休みだったから株の情報収集に時間を費やしていたら、暗くなるにつれて寒気がしてきた。
単純に寒いのかと思ったけれど、頭痛もしてきておかしいと思い体温を測ってみたら、三十九度を超えていたんだ。
市販の薬を飲んだり、体を温めたりと自分でできる対策は取ったけれど、朝になっても具合はよくならなくて……仕方なく学校を休んで病院へ行ったら、インフルエンザA型だと診断された。
「くそっ……バイト休むことになるなんて。幸樹、覚えてろよ?」
どう考えてもウイルスをうつしたのは幸樹だ。
俺は力なく悪態をつき、朦朧とした意識の中考える。
とにかく熱だけでも早く下がってもらわなくては。この状態じゃあまともに株の情報処理もできない。
バイトができないだけでなく、株の売り買いもできないとなるとまともな生活をするための金が稼げなくなる。
そんなことになったら、ここを出て家に帰らなきゃならなくなる。それだけはまっぴらごめんだ!
「あー……気持ち悪ぃ」
色々と考えたけれど、身体だけでなく頭もまともに働かない。
とにかく少しでも楽になるようにと目を閉じていると、処方してもらった薬が効いてきたのかいつの間にか眠っていた。
熱くて目を覚ましたときには、部屋はかなり暗くなっていた。
窓の外を見るとまだうっすら明るかったので、十八時くらいだろうか。
時間を確かめようとスマホに手を伸ばし、体のだるさを実感する。
寝る前よりはよくなっている気もするけれど、「あー」と唸るように声を出すとかすれて喉が痛んだ。
やっぱり、そこまでよくはなってないかもしれない。
時間を確認すると、思った通り十八時を少し過ぎたくらいだった。
薬を飲むためになにか食べないとな、と思いつつ、なかなか動き出せない。
病院の帰りに飲み物や食べれそうなものはいくつか買ってきていたけれど、レトルトのおかゆをパックから出すというだけですら面倒だと思ってしまう。
食べるものを持ってきてくれる人がいるだけでも、実家にいたときは助かっていたんだなと実感した。
水分補給は枕元にペットボトルを置くだけで、食事もそれこそレトルトのおかゆをそのまま椀に移しただけって状態で出されていたけれど、起き上がるのすら辛い状況ではそれだけでも有難いと思う。
クズな両親だけれど、まったく世話をしてくれなかったわけじゃなかったんだな、なんて感謝しそうになり、慌てて否定する。
いやいやいやいや!
普通の親ならもう少し気遣うとかしてくれるはずだ。
しかも中学生くらいになってからならあまり構わないのもわかるけれど、小学校低学年……いや、それより前から同じような感じだった。
冷静に考えればやっぱりクズな両親だってわかるのに、感謝までしそうになるなんて……。
「身体だけじゃなく心も弱ってるってことか?」
かすれた声でつぶやいて、喉がカラカラなんだと理解した。
水分補給しないと、と枕元に置いておいたペットボトルを一口飲むと、喉の内側に刺すような痛みが走る。
痛みに一瞬ふた口目をためらうけれど、乾いた砂に水が吸い込まれていくように、俺の乾燥した喉も水分を吸収しているようだった。
痛みと引き換えにもう何口か水分補給していると、ピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴る。
誰かに会う気力がなくて無視したけれど、もう一度呼び鈴が鳴って今度は人の声も聞こえてきた。
「三ツ橋、起きてるかー?」
聞き覚えのある男性の声。多分、担任の先生だ。
先生は俺が一人暮らししていることは知っているから、心配して様子を見に来てくれたってところだろう。
さすがに今度は無視するわけにもいかず、俺は何とか起き上がって這うように玄関へ向かった。
耳から外れかけているマスクをつけ直し、ドアノブを支えにちゃんと立ち上がる。一応ドアスコープから相手を軽く確認してカギを開けた。
「先生? どうし――」
ドアを開きながら「どうしました?」って要件を尋ねようとしたけれど、その場に先生以外の人がいることに気づき声を失う。
先生の後ろに立っていたから、ドアスコープでは見えなかったらしい。
少し気まずそうに顔を出しているその人は、朝霞さんだった。
「大丈夫か三ツ橋……って、大丈夫なわけないか。ほら、差し入れだ」
俺の戸惑いに気づかず、先生はコンビニの袋を差し出してくる。
ヨーグルトとかゼリーがいくつか入っていて、正直有難いと思った。
おかゆを皿に移すことすら億劫だと思っていた身としては、開けてすぐ食べれるものは助かる。
今日の夕飯はこれだけにして、あとは薬を飲んで寝るか、と考えながら有難く受け取った。
「ありがとうございます。……あの、なんで朝霞さんが?」
立っているだけでも辛いから、あまり長く話さず帰ってほしいとは思うものの、どうしても気になるため聞く。
よりにもよって、苦手としている女子に住んでいる場所を知られるとは。
連れてきた先生を恨みたい気分で問うと、真っ先に声を上げたのは先生ではなく朝霞さんだった。
「あ、ごめんね。私、どうしても心配で……無理を言ってついてきたの」
「同級生とはいえ個人情報だしな、躊躇ったんだが……『家は近いみたいだから、今後も三ツ橋くんのサポートができる』と言われてな」
朝霞さんの言葉に先生がつけ足すように話す。
「サポートって、そんなのべつに……」
「いるだろ? 特に今みたいな状態じゃあ」
いらない、と言おうとしたのに、先生に正論を突かれ「うぐっ」と唸る。
確かに、食べるものを用意してもらえるだけでも助かると考えたばかりだ。
それに、今後長期休みとなったら先生は来てくれないだろう。夏休みは大丈夫だったけれど、冬休みは今回みたいに風邪をひいて動けなくなることもあるかもしれない。
先生の言う通り、他に気にかけてくれる人がいるだけでも助かることは多いかもしれない。
でも、それなら幸樹とか、他の友だちに頼むことだってできる。
別に朝霞さんじゃなくてもいいはずだ。
そう思って不満を顔に出していたけれど、先生は気にした様子もなく「とにかく」と強めの口調で話し出した。
「俺も毎日様子を見に来ることはできないからな、他にお前を気にかけてくれる人がいるってだけでも安心できるんだ……でないと、お前の両親へ連絡せざるを得なくなる」
最後の言葉に、熱で朦朧としている頭が冷えた。
それだけは何としても止めて欲しい。
連絡されたら、親は仕方なく面倒を見に来るだろう。
でも、確実に文句を言う。
わざわざアパートに来る手間が前よりも増えたとか、家を出て独り立ちしたのにまだ面倒を掛けるのかとか。
しかも、治ったら今度は看病代とか移動費とか言って絶対金をむしり取るに決まっている。
俺の両親はそういう人間なんだ。
だからこそ、親への連絡だけは避けたい。
「先生、親には……」
「安心しろ、まだ伝えてない。だから、たまに藤原が様子を見に来るくらいは受け入れろ」
別に家の中にまで入れろってわけじゃないからな、と言う先生。本当に、今のように玄関先で会って話すだけのつもりで言ってるんだろう。
「まあ、それなら……」
両親への連絡と引き換えにと言うならば、確かにたまに同級生が訪ねてくるくらいの方がいい。
玄関先で顔見て少し話して終わりなら、それほど時間のロスにもならないだろうし。
でも、朝霞さんはそれでいいんだろうかと彼女に視線を向ける。
するとニッコリと笑顔が返ってきた。
さんざん無視してきたっていうのに、よくこんな笑顔を俺に向けられるな、と逆に呆れる。
同時に、俺は今までなにをしてたんだろうと力が抜けていった。
なんだかどっと疲れた気がして肩を落とすと、先生が話を切り上げる。
「とにかくそういうわけだから。まず今日はこれ食って薬飲んで休め。熱が下がったら、一度学校の方に連絡してくれよ」
言い終えると、軽く片手を上げて先生は去って行ってしまった。
朝霞さんも一度だけ俺にペコリと頭を下げると、先生の後を追うように歩いていく。
少しだけ二人の背中を見送った俺は、これでよかったのか? と疑問に思いつつドアを閉める。
でも、また頭が痛くなってきたのでものを考えることを放棄した。
とにかく先生の言う通り、ゼリーでも食べて薬飲んで寝よう。
後のことは、後で考えることにした。



