不平等な世界に咲く花は

 平等なんて存在しない。
 人は生まれた瞬間から不平等だ。
 親の人格や職種で子ども時代の良し悪しは決まるし、男女差別なんていつの時代になったって完全にはなくならない。
 それなら最初から平等であるべきとか言わずに、公平公正であれって言った方がマシだ。

 食パンにスライスチーズとハムを挟んだだけの朝食にかぶりつきながら、俺・三ツ橋真宙(みつはしまひろ)は読んでいたネットニュースの感想を心の中で愚痴る。
 もぐもぐと咀嚼して飲み込み、でも、と思う。

「死だけは平等に訪れるかな?」

 何かの本かアニメで見たことがある言葉を口にしてみる。
 それでも疑問形なのは、死に方自体はやっぱり平等じゃないからだ。
 自然に死ぬのが一番かもしれないけれど、事故や事件に巻き込まれて不慮の死になることもあるし、病気で若くして死ぬこともある。他には、この世に絶望して自分で死を選ぶこともあるな。
 やっぱり死も平等じゃないんじゃないか? なんて考えてから、ふと自分は何を考えているんだろうって正気に戻った。

 残りのパンを牛乳で流し込んだ俺は、スマホの電源を消して立ち上がる。
 今は朝の株のチェックと、夜間ニュースの見落としがないか確認していたところだった。そのニュースに紛れていた平等を掲げるデモのニュースを目にして、つい読んで考え事をしてしまった。

「ったく、時間無駄にした」

 自業自得だけれど、金にならないことは1分1秒でもしたくないと常々思っている俺にとっては、この思考時間も無駄なことだ。
 切り替えて、さっと皿とグラスを洗うとすぐにカバンを手に取る。
 俺以外誰もいない、六畳一間の安アパートのドアをしっかり施錠し、学校へ向かった。

***

 最近引っ越したアパートは、実家に比べると学校までの距離が長い。しかも本来なら電車と徒歩で行くべきところを、節約のために自転車で通っているから早めに家を出なきゃならない。
 スーパーが近いところだけが利点かもしれないなと思いながら、朝からそこそこ重い運動となる距離を自転車で進んだ。
 学校について教室へ入ると、真っ先に友人の桂幸樹(かつらこうき)が声をかけてくる。

「真宙、はよー。今日もチャリかっ飛ばしてきたん?」
「はよ。つーか当たり前なこと聞くなよ。俺がどこから来てるかわかってんだろ?」

 幸樹は俺が実家を出てアパート暮らしをしていることを知っている数少ない友人だ。ちょっと女好きで軽いところはあるけれど、その分他人の大事な部分とか複雑な事情とかにはあまり突っ込んでこないから気楽でいい。
 学校でつるんだり、たまに外で遊んだりするのにはちょうどいいくらいの関係だ。

「どうせ引っ越すなら学校に近い場所にすればよかったんじゃねぇの? バイト先だって学校からの方が近いんだろ?」
「そうだけどさ……金額とか、他にも条件がよかったんだよ」

 自分の席にカバンを置きながらため息を吐く。幸樹の言うことはもっともだけれど、俺にも色々と事情があるんだ。
 家賃はもちろんだけど、実家からある程度離れているとか、両親の生活圏にできる限り重ならないところとか。
 その辺は濁したからか、幸樹は突っ込んで聞いてこない。代わりにニヤッと笑って話を別の方へと向ける。

「なんにせよ、一人暮らしはいいよなー。彼女とか連れ込み放題じゃん!」
「お前と一緒にすんなよ。大体、彼女なんて作ってる暇ないっての」

 なんの話をしていても大体女の話になる幸樹は、俺の住む場所についての話もそっちへ向けていく。
 ブレないと言うかなんというか……わかりやすくていいけれど、今はただ脱力する。
 バイトや投資に関する情報収集だけでも時間が足りないって思うのに、女子を気遣ってその時間を削らなきゃならないとか冗談じゃない。
 うんざりした顔を隠しもせず返すと、幸樹の笑みに哀れみのような情が浮き出てきた。

「お前、見栄えいいし結構モテるのに……残念なタイプだよな」
「残念で結構。マジでそれどころじゃないんだよ」
「もったいない! このクラスでもお前のこといいなって思ってる女子何人かいるんだぜ?」

 あの子とかその子とか、と幸樹が名前を上げた女子は確かによく俺に話しかけてくる子たちだ。
 中には単純に気が合いそうってだけの女子の名前もあったから、幸樹は完全に恋愛脳に侵されていると思う。

「あと、そうそう。藤原さんもお前のこと気になってるっぽいぞ?」
「は? 藤原さんって、藤原朝霞さんか? 授業以外で話したことないぞ?」

 最後に思いもよらない名前が出てきて軽く驚く。
 このクラスに藤原は二人いて、朝霞さんの他は男子だから、藤原“さん”って呼ぶ場合は女子の朝霞さんってことになる。
 でもほとんどのクラスメイトは“さん”と“くん”だけだと区別しづらいってことで、名前呼びしている。俺もそうだし。
 幸樹は仲のいい女子以外は名前呼びしないっていう変なポリシーがあるとかで藤原さん呼びだけれど。

 朝霞さんは他の女子よりちょっとお嬢様っぽい雰囲気がある大人しい子だ。友だちがいないわけじゃないみたいだけど、一人で本を読んでいることが多い。
 そんな大人しい女子となんて、接する機会がなければ話すこともなくて、好意を持たれる理由が思いつかない。

「話したことなくても見た目が好みとか理由は色々あるだろ? たまにお前のことジッと見てるときあるし、気になってるのは確実だと思うぜ?」

 幸樹の言葉にそうだったのか? と驚きに近い疑問を持つけれど、例え事実だとしても彼女とかいらない俺にとってはやっぱり関係ないことだと思考を切り替える。

「そうだとしても、会話もしない相手のことに気を配ってる暇は俺にはないんだよ」
「つまんねーなー」

 幸樹の意見を切り捨ててスマホを手に取った俺に、幸樹はまだなにか言いたそうにしていた。けれど丁度話題にしていた朝霞さんが教室に入ってきたこともあって、この話は終わりとなる。
 そのままスマホの電源を入れて朝の情報収集の続きを始めた俺に、幸樹は愛想を尽かしたようにため息を吐き他の友だちの所に行ってしまう。けどまあ、スマホを見るのを止めたらまた話しかけてくるんだろう。

 他の人の前だと失礼になるような行動だけれど、幸樹は俺がなんのためにバイトや投資で金を稼いでいるのかを知っているから、こういう失礼も仕方ないことって流してくれる。
 まあ、高校生の身でアパートの家賃から生活費全般。スマホの使用料金に実家への仕送りもあるって聞けば、さすがに無理して稼ぐ必要はないんじゃ……なんて誰も言わないだろう。
 詳しい事情までは話してないけれど、なにか察してくれているみたいだしな。

 そういうところは本当に助かってる、と思いながらスマホの画面を流し読みしていると、ふと見られているような気がして後ろを見る。
 でも、後ろには友だちと会話しているクラスメイトや、いつものように一人で読書している朝霞さんしかいない。クラスメイトは話している相手の顔しか見ていないし、朝霞さんも長い睫毛を伏せて本に視線を落としている。俺を見ている人はいない。
 気のせいかと思いながら、朝霞さんが焦げ茶の長い髪を耳にかけるのを見届けて、俺は前を向きまたスマホに視線を戻した。