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札幌駅に到着すると、改札を出てすぐのコインロッカーにキャリーケースをサッと預け、迷わず支店へと向かった。札幌駅から大通駅までを快適に繋ぐ広々とした地下歩行空間をスムーズに歩き、支店が入るオフィスビルの最寄り出口から地上へと上がった。
(うぅ……ちょっと小腹が空いてきたけど……やっぱりお店に入って食べてるような時間はないよね……)
地上へ出た瞬間、どこからともなく香ばしい味噌ラーメンの芳醇なスープの匂いがふわりと漂ってきた。駅前のメインストリートには高層オフィスビルと魅力的な飲食店が隙間なく乱立していて、ここで働く会社員たちは毎日のランチ選びがさぞ楽しいだろうなと羨ましくなる。
気が緩むとすぐに暖簾をくぐってしまいそうなので、あえてそっちのほうは見ないようにしながら道を歩いた。
(ここか。札幌支店が入っているビルは……)
重厚感のある一階の受付で来訪の旨を伝えると、受付嬢の方が親切に内線を通してくれた。二十階にある支店のオフィスから、担当者がすぐにロビーまで迎えに降りてきてくれるらしい。
私はドクドクと少し早くなる胸の鼓動を落ち着かせるように、ロビーのフカフカなソファーに腰を下ろした。
「あ、ヒメ! 久しぶり!」
……私がこうして珍しく緊張しながらドキドキ待っていた理由は、同期である辻木ユリナと久しぶりに再会するからだった。ユリナは半年前の異動まで本社で一緒に働いていた親友だ。入社式で席が隣になって以来すぐに意気投合し、札幌へ異動になってしまった今でも、プライベートで頻繁に連絡を取り合う大切な存在だった。
「ユリナ、相変わらず元気そうだね」
「ヒメこそ……顔色も良さそうだし、元気そうで安心したわ」
「……まあね」
ユリナは……真司郎を突然失い、どん底にいた私を一番近くで見守り続けてくれた人だった。あの当時、精神的にボロボロだった私を、仕事面でもプライベートでも全身全霊で支えてくれたのだ。
すっかり前を向いて笑えるようになった私の表情を見て、心から安堵してくれたのだろう。
「ヒメ、昨日は函館の店舗を見てきてくれたんでしょ? 本当に助かったよ。ありがとうね」
「当然でしょ、それが私の仕事なんだから。各店舗の売り場づくりの課題や改善案は、後でしっかりデータにまとめて送るからね」
「さすが本社の敏腕ラウンダー。言うことがキリッとしてて頼もしいなぁ」
「もう、からかわないでよ。ユリナこそ、札幌支店で大活躍してるって本社でも噂になってるよ?」
ユリナは現在、札幌支店の販売促進課で課長を務めており、北海道エリア全体のプリンターの売上倍増に向けて日々奔走している。大学時代から長年付き合っている彼氏とは遠距離恋愛中だけれど、そちらも変わらず順調らしい。
悲劇に見舞われた私とは違って、公私ともに実に順風満帆な人生を歩んでいた。
「会議室取ってあるから、そこでミーティングしましょ。ウチのエリア、まだまだ課題が山積みでさ」
「了解。私でアドバイスできることがあれば、何でも力になるからね。ミーティングが終わったら、そのまま近くの家電量販店をいくつかラウンドしてくるわ」
……小さな会議室でのミーティングでは、販売の課題解決に向けた方向性をしっかり決めた後、気づけばお互いの近況報告へと花が咲いた。普段から頻繁に連絡を取り合っているとはいえ、こうして面と向かって顔を合わせて話せる時間が嬉しく、ついつい脱線してしまう。
それでも仕事はバシッと締め、実りある濃厚な時間となった。
「ヒメ、今日もひとり酒行くの?」
「……バレた?」
「それが生きがいだもんね。私もついていってあげたいけど、あいにく今夜は外せない先約があって……」
「いいのいいの。急な出張だったんだし、いつも連絡取り合ってるしね。今日はひとりで、札幌の夜を楽しむわ」
ユリナはノートパソコン画面のプレゼン資料を閉じると、手慣れた操作でグルメサイトを開いた。先ほどまで真剣な表情で数値と向き合っていたビジネスモードから一転、今はすっかりプライベートの柔らかな笑顔に戻っている。
「ここ、おすすめのお店よ。ジンギスカンなんだけど……このレトロで味のある内装、絶対にヒメの好みでしょ?」
(確かに……私が好きそうな雰囲気がある。ジンギスカンか……これは行ってみる価値がありそうだな……)
「ありがとう。今夜はここにするわ」
即決した私を見て満足したのか、ユリナは「よしっ」と上機嫌に小さく声を上げ、パタンとノートパソコンを閉じた。その晴れやかな表情につられて、私も思わずふふっと笑ってしまう。
互いに柔らかい視線を交わし合った次の瞬間……ユリナの表情が急に陰り、ぽつりと俯いた。
「ヒメ……」
「え、何? どうしたの?」
「……あのさ、ヒメ。そろそろ……次の恋、考えてみてもいいんじゃないかな」
(……もしかしてユリナ……ずっと気にしていたのかな……)
「もう、急にシリアスな顔になったと思ったら、そんなこと?」
「いつまでも止まったままじゃいられないでしょ? やっとこうして前を向いて笑えるようになってきたんだから、そろそろ新しい一歩を踏み出したって罰は当たらないよ」
ユリナはまるで我が子を心配して言い聞かせる母親のような、真剣で優しい眼差しで話している。大親友である私の未来を心から心配してくれているからこそ、絞り出してくれた言葉なのだと胸が熱くなる。
前向きに考えてみると、そう言葉を返そうとしたとき……勢いよく会議室のドアが開いた。
「ああ……使用中でしたか。これは失礼」
「戸柱君……ごめんね」
「こちらこそすいません。確認せず開けてしまいました」
スラッと背の高い、スーツを着たスタイルのいい男性。切れ長の涼しげな目元と引き締まったシャープな輪郭が、クールで知的な雰囲気を際立たせている。
予期せぬ来訪者に思わず固まってしまった私とバチッと目が合うと、戸柱君と呼ばれた男性は何か言いたそうにわずかに唇を動かした。
「あ、あの……ブログ、いつも見てます」
「……え?」
「それでは……お邪魔しました」
戸柱君はそれだけをぽつりと口にすると、静かにドアを閉めて去っていった。一体何が起きたのか頭の整理がつかないまま、私は助けを求めるようにユリナの顔を見つめた。
「ユリナ、ブログ教えた?」
「……ごめん。つい、成り行きで」
「いや、いいんだけどさ。私のこと、知ってるんだね……あの人」
ユリナから話を聞く限り、戸柱君は私たちの一個下の後輩で、一年前まで本社にいた営業マンらしい。私は、言われてみれば見かけたことがあるような、ないような……くらいの薄い記憶しかなかっただけに、向こうが私のことをしっかり認識してくれていた事実に驚きを隠せない。
(……っていうか、あの人……ちょっとかっこよかったかも……)
私の表情から感情を察したのか、ユリナはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、「ねぇ、アシストしてあげようか?」と耳元で囁いてくる。
空腹状態にブーストがかかっていることに気づいた私は、話を終わらせ次の行動に移すことにした。
「もういいよ。じゃあラウンド行ってくるね!」
