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「いい感じですね。それじゃあ、レイアウトはこっちの方向で進めましょう。あとは、オプションの付帯率が少し落ちているのが気になるところですので……」
売り場でフロア長と打ち合わせを終えた後は、実際に店頭へ立つ販売スタッフへのヒアリングを行う。改善点を明確に伝えるのはもちろんのこと、それだけで終わらせない。日頃から自社商品を熱心に売ってくれている感謝と、現場の苦労を労う言葉を必ず添える。
スタッフのモチベーションを引き出し、気持ちよく働いてもらうこと……それこそが、全国をラウンドする上で私が大切にしているポリシーだった。
「由倉さんみたいに本社から来られた方に、そうやって労っていただけるなんて……本当に嬉しいですよ。しかもこんな美人さんがねぇ」
「いえいえ、そんなそんな」
胸元の名札を照れくさそうに弄りながら、目の前のおじさんが目尻を下げた。売り場に立つスタッフの多くは、パートナー会社から派遣されているスタッフさんだ。今こうして向き合っている方も、おそらくそうなのだろう。
五十代半ばほどに見える背の高い男性で、真面目で穏やかな人柄が滲み出ている。年下の私の指示や提案に対しても嫌な顔一つせず、終始真摯に耳を傾けてくれた。
(あ、そうだ。このおじさん、函館の地元の方なら……ついでに聞いちゃおうかな)
「あの……本当に仕事とはまったく関係ないことなんですけど、どこかおすすめの居酒屋ってあったりしますか?」
尋ねた瞬間、おじさんは目を丸くし、「居酒屋かい?」と素朴な訛りのあるイントネーションで聞き返してきた。きっと、こんな若い女性ひとりで居酒屋なんて……と、驚いているのだろう。
私は前のめりになって、「はい、ぜひ教えてほしいです!」と強く主張した。
「そっか、今日は函館に泊まっていくのかい?」
「あ、はい!」
「どのあたりさ泊まるの?」
「ええと、函館駅のすぐ近くにあるホテルです」
「駅前かい。うーんとねぇ……」
おじさんはチノパンのポケットからスマホを取り出すと、地図アプリを開いて自身のおすすめリストを見せてくれた。
「女性がひとりでも入れそうなのはここと、ここと……」
親切に指さしてくれた画面を覗き込む。だけど……その画面に映し出されていたのは、残念ながら私の求めているジャンルではなかった。
上品な海鮮バルや、最近オープンしたばかりの綺麗な大衆居酒屋は求めていない。私が求めているのは、使い込まれたカウンターと煙に燻された壁、そして店先にぽつんと灯る赤ちょうちん。
地元の人々に長年愛されてきた、あの年季の入った渋い空気感なのだ。
(うーん……居酒屋は自力で探すか……あ、そうだ! それならラーメンも聞いちゃおう!)
「ありがとうございます! あと……もしよかったら、おすすめのラーメン屋さんも教えていただけませんか?」
「ラーメンかい? ああ、それならもう、絶対ここ一択だね!」
おじさんは即答で、自信たっぷりに一つの店舗を見せてくれた。
画面に表示された写真を見る限り、透き通ったスープが美しい王道のシンプルな塩ラーメンだ。派手さはないものの、口コミの評価はすこぶる高い。
名前は『麵処・きたの』というらしい。
(うわぁ……見るからに美味しそう。レビューを読む限り、地元のファンに長年愛されてる名店っぽい。よし、今夜の〆の塩ラーメンはここに決定!)
「やっぱり函館といえば塩ラーメンですもんね。すごく美味しそうです! 素敵なお店を教えてくださってありがとうございます。絶対に寄っていきますね!」
おじさんは「役に立ったならよかったよ」と嬉しそうに目尻を下げ、スマホをチノパンのポケットへ戻した。ちょうどやり取りを終えたそのタイミングで、新作プリンターの展示台前に年配の男性が立ち止まる。
(あ、お客様だ……!)
すかさず売り場の顔へと顔つきを変えたおじさんに向けて、私は小さく「それじゃあ、失礼しますね」と会釈をして声をかけた。おじさんも短く頷き返し、すぐにお客様のもとへ柔らかい笑顔で駆け寄っていく。
邪魔にならないよう滑らかにその場を離れ、私は店舗を出て車へと戻った。
