ヒメの出張ひとり酒



 * * *


 すすきのから駅前のホテルへと戻る夜道。ふと、魅力的な看板が目に飛び込んできた。

(〆パフェか……)

 札幌では、〆にパフェを食べる文化が定着していると聞いたことがある。デザートは別物……満腹だとはいえ、心惹かれる。

(というわけで……誘惑に負けて入ってしまった……)

 気がつくと私は、洗練された雑居ビルの七階にある、間接照明が心地よい落ち着いたバルの中にいた。大通りの街並みが望めるガラス張りの窓際席へと通されると、吸い寄せられるように看板メニューのシャインマスカットパフェを注文してしまっていた。

「あれ? 由倉さん?」

 静かな店内に、突然私を呼ぶ声が背後から聞こえた。ドキッと肩を跳ねさせながら首だけを振り向くと、そこにはどこか見覚えのある男性が立っていた。

(この人、確か……)

「戸柱……君?」

 札幌支店で会った、一個下の後輩。さっき見たときはキリッとした仕事モードの表情だったけれど……仕事帰りの今は、すっかり雰囲気が柔らかく、リラックスした優しい顔つきをしている。

「名前、覚えてくれたんですね……光栄です」

 店内に他にも空席があるにもかかわらず、戸柱君はあえて私のすぐ隣の席へと腰を下ろした。お水を運んできた店員さんに、慣れた様子で「シャインマスカットのパフェを一つ」と注文を通す。

(あ、私と一緒だ……)

「と、戸柱君も〆パフェ?」
「あ、いや……僕、お酒飲めないので。甘いものが好きで……特にここのパフェがお気に入りです」

(甘党男子かぁ……呑兵衛の私とはまさに正反対だ……)

「お待たせいたしました。シャインマスカットのパフェです」

 学生バイトらしき可愛らしい店員さんが、みずみずしさの結晶のような眩しいパフェを運んできてくれた。グラスの底にはサクサクのコーンフレーク、その上にはふんわりとしたホイップクリームと滑らかなアイス、さらに小さなシフォンケーキが覗いている。そして頂点には、これでもかと言わんばかりに大粒のシャインマスカットが乗せられており、まるで美しく飾り付けられたクリスマスツリーのような華やかさだった。

「うわ、すごい豪華……」
「その様子だと、由倉さんはひとり酒でもしてきたみたいですね」
「え、わかります?」
「顔がほんのり赤いので。あ、話しかけちゃってすいません。どうぞどうぞ」

 戸柱君に軽く一礼し、まずは先手必勝とばかりにマスカットを一粒パクリと口に含んだ。弾ける皮の中からジュワッとあふれ出す爽やかな甘みと芳醇な香り……これはもう贅沢という言葉以外見当たらない。

(ジンギスカンの濃さが、一気に消えていく感じがするな)

 さすがミルク王国の北海道。アイスクリームの濃厚さと舌触りの滑らかさが、普段食べているものとはまるで次元が違う。これが噂の〆パフェか……全国で大流行するのも納得だと、ひとり深く頷く。
 ふと隣に目をやってみると、戸柱君も黙々と自分のパフェと向き合っていた。

「……由倉さん、僕ユリナさんから、いろいろ聞いちゃいました」
「え、いろいろ?」
「はい……その、由倉さんがブログを書いてる本当の理由とか……」

 どこか切り出しづらそうに、でも真剣に伝えたいというように。戸柱君はスプーンを動かしていた手を止め、一直線に私へと顔を向けた。

「ああ……真司郎のこと、聞いたのね。あのブログを引き継いでやってるのも、ユリナから聞いたってわけか」
「……そうです。僕、お酒飲めないですけど……一度ブログを拝見してから、すっかりハマってしまって」
「珍しいわね。下戸の人が見てくれてるなんて」
「下戸だからこそ、楽しそうにひとり酒を満喫している姿が羨ましくて……」

(それで、ついつい見てしまうのか……私としては、有難い限りだけど)

「あの……由倉さん」

 戸柱君は最後のマスカットを口に運ぶと、意を決したようにスプーンを静かにテーブルへと置いた。

「何……かしら?」
「実は僕……来月から本社に戻ることになったんです」
「え? 東京に?」
「はい。だから……由倉さんの応援、近くでできるなって……そう思って……」

 語尾に向かってだんだん声が小さくなっていき、戸柱君は慌ててスプーンを握り直した。残りのパフェを勢いよく食べ始めると、耳から頬にかけて一気に真っ赤に染まっていく。お酒の赤さとは違う、純粋で素直な赤面だ。

(ちょっと、可愛いところがあるんだ……)

「……ありがとう、戸柱君。来月から、よろしくね」

 戸柱君は込み上げる恥ずかしさを誤魔化すように、一心不乱にスプーンを動かしている。思わず、笑いそうになってしまった。私も自分のペースで、スプーンを動かす。

(東京に戻るのが、楽しみになってきたな……)

 日々の仕事も、各地で出会う絶品グルメも、そして真司郎から引き継いだ大切な夢であるブログの成長も……そのどれもが、紛れもない私自身の人生だ。亡き真司郎の思い出を胸に抱きながら、この世界を思い切り楽しんで生きていこうと、静かに心に誓う。
 そしてユリナに言われた通り、いつまでも過去の幻影に囚われて立ち止まったままになる必要もないのだと、素直に思い直すことができた。

 ――たくさんの美味しい出会いと温かい人情に触れたこの北海道出張は……私に、小さくも確かな一歩と大きな成長をもたらしてくれたのだった。


〈了〉