「五乃舎に入りました近衛大将大伴時国が娘、織衣にございます。好きなものは真っ正直な心、嫌いなものは──偉そうな見目麗しの無精ひげにございます」
「……」
一瞬、しんと場が静まり返る。しかし、「偉そうな見目麗しの無精ひげ」が誰であるか思い当たると、皆が桧扇《ひおうぎ》で口元を隠した。顔をしかめている姫もいれば、笑いを懸命に堪えている姫もいる。
同時に、自分の好きなものと嫌いなものを順に答えていくことが話題として確定した。それぞれの姫の人となりを知る初手としては悪くないだろう。
咲子がおかしそうに笑う。
「確かに織姫は、正直ではっきりとした性質のよう。皆はいかがか? 珠姫はどうじゃ?」
「はい……。ええと、東宮さまを、その、『偉そうな無精ひげ』とは……。そのように言ってしまってもよろしいのかどうか」
不安げに感想を述べたのは、四乃舎の姫である。咲子に促され、彼女はそのまま話し始めた。
「四乃舎の大納言橘義和が娘、珠緒《たまお》にございます。織姫さまのたくましい物言いはうらやましい限り。私は頼もしい方が好きにございますれば。あと、嫌いなことはこれといって特に……」
珠緒はどこか幼さが残る面持ちで、ふわふわとした口調で話す。自分とは真逆とも思える頼りない雰囲気が心もとなく織衣は感じる。彼女の言葉から察するに、物事を自分の意思ではっきりさせるのは苦手そうである。
今も、他の姫君の反応が気になるらしく、ちらちらと視線を泳がしている。
すると、三乃舎の姫が「まあ、珠姫さまはお優しい方ですね」と珠緒の話を引き継ぎつつ、皆に向かって一礼した。
「神祇伯は阿部清玄の娘、幸にございます。このような場で、皆さまと出会えたこと嬉しく存じます。私は愛情こそ信ずるべきものと思っております」
言って幸はにこりと笑った。珠緒がことりと首をかしげる。
「では幸姫さま、お嫌いなものは?」
「……そうですね。束縛、でしょうか」
その場にいた姫君たちは少なからず頷く。およそ貴族の娘として生まれ、本当の意味での自由などないことは皆どこかで痛いほど分かっている。だからこそ幸の言葉は重みがあった。
阿部家は古くから神に仕える家柄で、国の祭祀全般を担っている。南の地にある護国神を祀る大社の維持も阿部家の仕事であり、そこへ出向く巫女の多くが阿部家ゆかりの姫君だ。
大社の巫女は未婚の女性がなるのが習わしで、一人の帝の御代に一人の巫女が就く。つまり、大社の巫女になったら最後、結婚は諦めなければならない。
そんな幸の言葉には咲子も大いにうなずき、気遣うような表情を見せる。
「阿部家の重きお役目は、主上をはじめ我ら宮家もよく分かっておる。今の大社の巫女が大病を患い、急きょ代わりを立てねばならなくなったと聞いた。そのような大変な時期に、よく来てくれた。惟人さまに代わり、礼を言う」
「もったいないことでございます」
幸が静かに笑う。その笑みは、決して華美なものではないが、引き込まれるような魅力がある。
清廉、とは彼女のためにある言葉だと織衣は思った。
「さあ、私の話はこのくらいで、」
幸が千菊を見る。
「菊姫さまは華やかなものがお好きなように思いますが、いかがでしょう?」
「……そうですね」
幸の投げかけを受け止めつつ千菊は首を傾げた。彼女の口から何が飛び出すかと、織衣をはじめ他の姫君も興味津々である。
すると、
「好きなものは地位と権力、嫌いなものは身の程知らず、」
言って千菊は悪びれる様子もなく勝気な笑みを口元に浮かべる。その偉そうな物言いに、珠緒などは呆気に取られている。しかし、千菊はかまうことなく「ちなみに──」と付け加えた。
「どうでもいいものは、無精ひげにございます。皆さま、無精ひげをどのようにお考えですか?」
織衣が発した言葉を利用して、千菊はそれとなく話題を変えてきた。
(うまい。流れが変わった)
織衣は感心する。
話題が変わることは良くあることだ。話をしていく中で、結果として変わる訳だから、これは別に失礼に当たらない。千菊は、それをまさに自然とやってのけた。
この姫君は、その名のとおり千の菊花を束ねた華やかさに加え、隙のない利発さを感じる。
咲子が、「おや」と声を上げた。
「織姫だけでなく、菊姫までも無精ひげに何やら思うところがある様子。おかしいの、ここに集まったは妃候補ではなかったか?」
咲子が千菊の話を皆に振り返した。こちらもうまい。次は咲子が答える番だったのに、それがうやむやになって、新たな話題がこちらに戻って来る形となった。
千菊はつんっと知らぬ顔を決め込んでいるが、幸や珠緒は戸惑った顔を見せている。そして、自然と視線が織衣に集まる。そもそも東宮を「無精ひげ」などと呼んだのはおまえだろうと言わんばかりの圧だ。
(まるで、放った矢が戻ってきたような気分だわ)
話上手に反撃をくらい、さすがの織衣も苦笑した。
「……」
一瞬、しんと場が静まり返る。しかし、「偉そうな見目麗しの無精ひげ」が誰であるか思い当たると、皆が桧扇《ひおうぎ》で口元を隠した。顔をしかめている姫もいれば、笑いを懸命に堪えている姫もいる。
同時に、自分の好きなものと嫌いなものを順に答えていくことが話題として確定した。それぞれの姫の人となりを知る初手としては悪くないだろう。
咲子がおかしそうに笑う。
「確かに織姫は、正直ではっきりとした性質のよう。皆はいかがか? 珠姫はどうじゃ?」
「はい……。ええと、東宮さまを、その、『偉そうな無精ひげ』とは……。そのように言ってしまってもよろしいのかどうか」
不安げに感想を述べたのは、四乃舎の姫である。咲子に促され、彼女はそのまま話し始めた。
「四乃舎の大納言橘義和が娘、珠緒《たまお》にございます。織姫さまのたくましい物言いはうらやましい限り。私は頼もしい方が好きにございますれば。あと、嫌いなことはこれといって特に……」
珠緒はどこか幼さが残る面持ちで、ふわふわとした口調で話す。自分とは真逆とも思える頼りない雰囲気が心もとなく織衣は感じる。彼女の言葉から察するに、物事を自分の意思ではっきりさせるのは苦手そうである。
今も、他の姫君の反応が気になるらしく、ちらちらと視線を泳がしている。
すると、三乃舎の姫が「まあ、珠姫さまはお優しい方ですね」と珠緒の話を引き継ぎつつ、皆に向かって一礼した。
「神祇伯は阿部清玄の娘、幸にございます。このような場で、皆さまと出会えたこと嬉しく存じます。私は愛情こそ信ずるべきものと思っております」
言って幸はにこりと笑った。珠緒がことりと首をかしげる。
「では幸姫さま、お嫌いなものは?」
「……そうですね。束縛、でしょうか」
その場にいた姫君たちは少なからず頷く。およそ貴族の娘として生まれ、本当の意味での自由などないことは皆どこかで痛いほど分かっている。だからこそ幸の言葉は重みがあった。
阿部家は古くから神に仕える家柄で、国の祭祀全般を担っている。南の地にある護国神を祀る大社の維持も阿部家の仕事であり、そこへ出向く巫女の多くが阿部家ゆかりの姫君だ。
大社の巫女は未婚の女性がなるのが習わしで、一人の帝の御代に一人の巫女が就く。つまり、大社の巫女になったら最後、結婚は諦めなければならない。
そんな幸の言葉には咲子も大いにうなずき、気遣うような表情を見せる。
「阿部家の重きお役目は、主上をはじめ我ら宮家もよく分かっておる。今の大社の巫女が大病を患い、急きょ代わりを立てねばならなくなったと聞いた。そのような大変な時期に、よく来てくれた。惟人さまに代わり、礼を言う」
「もったいないことでございます」
幸が静かに笑う。その笑みは、決して華美なものではないが、引き込まれるような魅力がある。
清廉、とは彼女のためにある言葉だと織衣は思った。
「さあ、私の話はこのくらいで、」
幸が千菊を見る。
「菊姫さまは華やかなものがお好きなように思いますが、いかがでしょう?」
「……そうですね」
幸の投げかけを受け止めつつ千菊は首を傾げた。彼女の口から何が飛び出すかと、織衣をはじめ他の姫君も興味津々である。
すると、
「好きなものは地位と権力、嫌いなものは身の程知らず、」
言って千菊は悪びれる様子もなく勝気な笑みを口元に浮かべる。その偉そうな物言いに、珠緒などは呆気に取られている。しかし、千菊はかまうことなく「ちなみに──」と付け加えた。
「どうでもいいものは、無精ひげにございます。皆さま、無精ひげをどのようにお考えですか?」
織衣が発した言葉を利用して、千菊はそれとなく話題を変えてきた。
(うまい。流れが変わった)
織衣は感心する。
話題が変わることは良くあることだ。話をしていく中で、結果として変わる訳だから、これは別に失礼に当たらない。千菊は、それをまさに自然とやってのけた。
この姫君は、その名のとおり千の菊花を束ねた華やかさに加え、隙のない利発さを感じる。
咲子が、「おや」と声を上げた。
「織姫だけでなく、菊姫までも無精ひげに何やら思うところがある様子。おかしいの、ここに集まったは妃候補ではなかったか?」
咲子が千菊の話を皆に振り返した。こちらもうまい。次は咲子が答える番だったのに、それがうやむやになって、新たな話題がこちらに戻って来る形となった。
千菊はつんっと知らぬ顔を決め込んでいるが、幸や珠緒は戸惑った顔を見せている。そして、自然と視線が織衣に集まる。そもそも東宮を「無精ひげ」などと呼んだのはおまえだろうと言わんばかりの圧だ。
(まるで、放った矢が戻ってきたような気分だわ)
話上手に反撃をくらい、さすがの織衣も苦笑した。

