片づけを他の女房たちに任せ、織衣は遠野と三乃舎の女房とともに自分の部屋へ移った。体調が悪いということになっているので、御簾は下げたままである。
「で、頼みというのは?」
開口一番、織衣は単刀直入に三乃舎の女房に尋ねる。彼女は、ほんの少しためらいを見せてから意を決した顔で織衣を真っ直ぐ見返した。
「実は今日の午後、東宮さまが三乃舎にお渡りになられます。その時に、織姫さまに同席していただきたいのです」
「は?」
「無茶なお願いをしていることは重々承知しております」
言って女房は頭を床に擦りつけた。傍らで聞いていた遠野が目をつり上げる。
「東宮さまが三乃舎にお渡りになさるのであれば、そのお相手は幸姫さまがなされるが道理というもの。我が姫を同席させ、何をさせようとお考えで?」
「昨日の四乃舎での一件は、三乃舎からも見えておりました」
女房が強ばる声を絞りだし、必死に訴える。
「東宮さまは、気難しく恐ろしい御方です。ですが、織姫さまの元には何度も足をお運びなされていらっしゃいます。どうか東宮さまと幸姫さまの間に入ってくださいませ」
「織姫さまに、東宮さまと幸姫さまの仲を取り成せと申されますか」
「そのようなことは決して──! ただ、織姫さまに同席していただき、東宮さまのお怒りを受けることなく終わらせたいのです」
「よくもまあ、そんな都合の良いことを──!」
「遠野、」
織衣は遠野をたしなめて黙らせる。そして彼女は、三乃舎の女房に真剣な眼差しを向けた。
「一つ確認したい。幸姫さまは、このことをご存知かしら?」
「はい。今朝ほどご相談させていただきました。ただ、織姫さまにご迷惑はかけられないとおっしゃられ──。まずは織姫さまにお願いしてみようとここに来たのは、私の独断でございます」
「そう……」
同席そのものがおかしいのに、女房の話だとそこへの幸の言及はない。つまり、迷惑がかからなければ頼んでもいいと幸自身も考えていることになる。
「では、私が同席すると言えば、幸姫さまも納得されるのかしら?」
「はい。きっと安心なさるかと思います」
「……」
普通はそこで安心をしたりはしないものだ、という突っ込みはやめた。ただ、相手があの傍若無人な東宮なだけに女房の心配も分かる。
(どうしようかしら……)
惟人と幸が二人で過ごす機会に横槍を入れるのだ。いくら三乃舎からの申し出があったとしても不自然だ。それならいっそ、もっとありえない状況を作ってしまった方がいいかもしれない。
悩むことしばし、織衣の頭に妙案が浮かんだ。
「そうだわ。ねえ、同席するにあたり、お願いがあるのだけれど」
「なんなりと」
「食事を用意してもらえるかしら」
「は、」
女房が呆けた顔になる。しかし織衣はお腹をぐうっと鳴らしつつ女房に迫った。
「朝餉を捨てられ、食いっぱぐれているの。ご馳走になりに来たと言って同席するわ。幸姫さまへも、その方が説明を通しやすいでしょう」
「あ、ありがとうございます! 必ずお食事を用意します!」
三乃舎の女房が再び床に頭をこすりつけた。
よし。食事問題、ひとまず解決。
ぐっと握りこぶしを作って遠野を見ると、遠野が呆れた顔でこちらをにらんでいた。
午後、三乃舎から件《くだん》の女房が迎えに来た。午前中よりも表情が穏やかになっていることから、幸への説明もうまくいったらしい。
織衣は、紅の単に蘇芳や萌木の五衣を重ね、花紋の小袿を羽織った姿である。ずっと楽な格好で過ごしていたので、久しぶりのきちんとした格好はなんだか肩が凝った。
「食事はゆっくりした格好でしたかったわ」
同行する遠野に小声でぼやく。遠野がげんなりとため息をついた。
「何を悠長なことをおっしゃっておいでやら。東宮さまのお渡りに、別の殿舎の姫君が同席するなど聞いたことがございません」
「大丈夫よ。私は食事だけに専念するから」
「余計に聞いたことがありませぬっ」
ま、そうかもしれないが。でも、こうでもしないと幸は女房の提案を受け入れないだろうし、こちらも食事にありつけない。それに自分がいれば、惟人の意地悪な矛先が幸に向かうこともない。なぜなら、彼の狙いは「五つの姫への嫌がらせ」なのだから。
三乃舎に到着し、織衣はすぐに幸の待つ部屋へと案内された。今日の幸は、白に薄紫の藤紋様が描かれた小袿を羽織っている。彼女は織衣の姿を認めると、ふわりと笑った。
「織姫さま、お待ちしておりました。さあ、食事は用意させましたゆえ、こちらへ」
「ありがとうございます」
豪華な膳が幸の向かいに用意されており、織衣はそこに座った。上座は惟人のために空けてある。
「急ごしらえですので、満足な物を用意はできませんでした。ご容赦ください」
「いえ、私の方こそ厚かましいお願いを。食べる物がなく困っておりましたのでありがたいです」
素直にお礼を述べると、傍らに侍る女房たちにくすくすと笑われた。しかし、そんな女房たちを幸が厳しい目でにらむ。
慌てて畏まる女房たちを確認してから、幸があらためて織衣に頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。笑うなど、失礼な真似を」
「私は気にしておりませぬ。こうして食事にありつけたのですから」
そう答えれば、自然とお互いの口から笑いが漏れた。
同時に、四乃舎の女房たちとの違いをあらためて感じる。あちらの女房たちは、もっと好き勝手に振る舞っているようだった。
すると、廊下の外がざわついて、女房の一人が現れた。
「失礼いたします。東宮さまがお着きあそばされました」
「お通しして」
幸と織衣は居ずまいを正し、両手を着いて低頭する。静かな足音ともに、惟人が部屋に入ってきたのが分かった。
次の瞬間、
「……なぜ、おまえがいる。織衣?」
不機嫌な声が降りかかった。
当然と言えば、当然の反応である。しかし、織衣としては、ちょっと「してやったり」な気分になる。
織衣は顔を上げると、にっこり笑った。
「たまたま、食事をご馳走になりに来ました」
「たまたま……だと?」
「はい」
しれっと織衣が答えると、惟人が「そんなわけがないだろう」という顔をする。素知らぬ顔で織衣がそっぽを向けば、そこへ幸がやんわりと割って入った。
「申し訳ございません。私がお招きいたしました。東宮さまのお渡りは初めてでございますので、何かと心もとなく、織姫さまをお頼りした次第です」
惟人がぴくりと片眉を上げた。しかし彼は、それ以上何も言わず、どかりと上座に座った。
「で、頼みというのは?」
開口一番、織衣は単刀直入に三乃舎の女房に尋ねる。彼女は、ほんの少しためらいを見せてから意を決した顔で織衣を真っ直ぐ見返した。
「実は今日の午後、東宮さまが三乃舎にお渡りになられます。その時に、織姫さまに同席していただきたいのです」
「は?」
「無茶なお願いをしていることは重々承知しております」
言って女房は頭を床に擦りつけた。傍らで聞いていた遠野が目をつり上げる。
「東宮さまが三乃舎にお渡りになさるのであれば、そのお相手は幸姫さまがなされるが道理というもの。我が姫を同席させ、何をさせようとお考えで?」
「昨日の四乃舎での一件は、三乃舎からも見えておりました」
女房が強ばる声を絞りだし、必死に訴える。
「東宮さまは、気難しく恐ろしい御方です。ですが、織姫さまの元には何度も足をお運びなされていらっしゃいます。どうか東宮さまと幸姫さまの間に入ってくださいませ」
「織姫さまに、東宮さまと幸姫さまの仲を取り成せと申されますか」
「そのようなことは決して──! ただ、織姫さまに同席していただき、東宮さまのお怒りを受けることなく終わらせたいのです」
「よくもまあ、そんな都合の良いことを──!」
「遠野、」
織衣は遠野をたしなめて黙らせる。そして彼女は、三乃舎の女房に真剣な眼差しを向けた。
「一つ確認したい。幸姫さまは、このことをご存知かしら?」
「はい。今朝ほどご相談させていただきました。ただ、織姫さまにご迷惑はかけられないとおっしゃられ──。まずは織姫さまにお願いしてみようとここに来たのは、私の独断でございます」
「そう……」
同席そのものがおかしいのに、女房の話だとそこへの幸の言及はない。つまり、迷惑がかからなければ頼んでもいいと幸自身も考えていることになる。
「では、私が同席すると言えば、幸姫さまも納得されるのかしら?」
「はい。きっと安心なさるかと思います」
「……」
普通はそこで安心をしたりはしないものだ、という突っ込みはやめた。ただ、相手があの傍若無人な東宮なだけに女房の心配も分かる。
(どうしようかしら……)
惟人と幸が二人で過ごす機会に横槍を入れるのだ。いくら三乃舎からの申し出があったとしても不自然だ。それならいっそ、もっとありえない状況を作ってしまった方がいいかもしれない。
悩むことしばし、織衣の頭に妙案が浮かんだ。
「そうだわ。ねえ、同席するにあたり、お願いがあるのだけれど」
「なんなりと」
「食事を用意してもらえるかしら」
「は、」
女房が呆けた顔になる。しかし織衣はお腹をぐうっと鳴らしつつ女房に迫った。
「朝餉を捨てられ、食いっぱぐれているの。ご馳走になりに来たと言って同席するわ。幸姫さまへも、その方が説明を通しやすいでしょう」
「あ、ありがとうございます! 必ずお食事を用意します!」
三乃舎の女房が再び床に頭をこすりつけた。
よし。食事問題、ひとまず解決。
ぐっと握りこぶしを作って遠野を見ると、遠野が呆れた顔でこちらをにらんでいた。
午後、三乃舎から件《くだん》の女房が迎えに来た。午前中よりも表情が穏やかになっていることから、幸への説明もうまくいったらしい。
織衣は、紅の単に蘇芳や萌木の五衣を重ね、花紋の小袿を羽織った姿である。ずっと楽な格好で過ごしていたので、久しぶりのきちんとした格好はなんだか肩が凝った。
「食事はゆっくりした格好でしたかったわ」
同行する遠野に小声でぼやく。遠野がげんなりとため息をついた。
「何を悠長なことをおっしゃっておいでやら。東宮さまのお渡りに、別の殿舎の姫君が同席するなど聞いたことがございません」
「大丈夫よ。私は食事だけに専念するから」
「余計に聞いたことがありませぬっ」
ま、そうかもしれないが。でも、こうでもしないと幸は女房の提案を受け入れないだろうし、こちらも食事にありつけない。それに自分がいれば、惟人の意地悪な矛先が幸に向かうこともない。なぜなら、彼の狙いは「五つの姫への嫌がらせ」なのだから。
三乃舎に到着し、織衣はすぐに幸の待つ部屋へと案内された。今日の幸は、白に薄紫の藤紋様が描かれた小袿を羽織っている。彼女は織衣の姿を認めると、ふわりと笑った。
「織姫さま、お待ちしておりました。さあ、食事は用意させましたゆえ、こちらへ」
「ありがとうございます」
豪華な膳が幸の向かいに用意されており、織衣はそこに座った。上座は惟人のために空けてある。
「急ごしらえですので、満足な物を用意はできませんでした。ご容赦ください」
「いえ、私の方こそ厚かましいお願いを。食べる物がなく困っておりましたのでありがたいです」
素直にお礼を述べると、傍らに侍る女房たちにくすくすと笑われた。しかし、そんな女房たちを幸が厳しい目でにらむ。
慌てて畏まる女房たちを確認してから、幸があらためて織衣に頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。笑うなど、失礼な真似を」
「私は気にしておりませぬ。こうして食事にありつけたのですから」
そう答えれば、自然とお互いの口から笑いが漏れた。
同時に、四乃舎の女房たちとの違いをあらためて感じる。あちらの女房たちは、もっと好き勝手に振る舞っているようだった。
すると、廊下の外がざわついて、女房の一人が現れた。
「失礼いたします。東宮さまがお着きあそばされました」
「お通しして」
幸と織衣は居ずまいを正し、両手を着いて低頭する。静かな足音ともに、惟人が部屋に入ってきたのが分かった。
次の瞬間、
「……なぜ、おまえがいる。織衣?」
不機嫌な声が降りかかった。
当然と言えば、当然の反応である。しかし、織衣としては、ちょっと「してやったり」な気分になる。
織衣は顔を上げると、にっこり笑った。
「たまたま、食事をご馳走になりに来ました」
「たまたま……だと?」
「はい」
しれっと織衣が答えると、惟人が「そんなわけがないだろう」という顔をする。素知らぬ顔で織衣がそっぽを向けば、そこへ幸がやんわりと割って入った。
「申し訳ございません。私がお招きいたしました。東宮さまのお渡りは初めてでございますので、何かと心もとなく、織姫さまをお頼りした次第です」
惟人がぴくりと片眉を上げた。しかし彼は、それ以上何も言わず、どかりと上座に座った。

