どうして僕が嫌われたか

はっきり言って、人前に立つのは得意じゃないんだよな。どんくらい得意じゃないかっていうと、保育園の劇芝居で木の役を率先してやったくらいだ。な?だいぶ控えめなんだ、僕は…。
でも、生徒会役員になるためには昼休み中の放送で演説をしなきゃならないし、皆の登下校を見守りながら挨拶活動をしなきゃならないんだ。ーーーこれが、すごく疲れるんだ。明日使うはずだったエネルギーをその日のうちに使い果たすみたいな、そんな日々。疲れて身体が物理的に動かない時ってあるだろ?そんなときさ、隣から「伸びとんな〜」なんて言ってくる声が今はいないんだ。だからもっと疲れるっていうか、虚しいっていうか。生徒会選挙期間はずっとずっとゾンビみたいに過ごしてたんだ。
他の立候補者たちはみんな人当たりが良くてさ、こんなこと思いたくなかったけど、僕みたいなのが生徒会に立候補するなんて場違いだったんじゃないかって思っていたんだけど。

生徒会副会長になるのはそこまで難しくなかったんだ。
これに関しては理由がはっきりしてて、単純に他の立候補者たちが学校のヒーローに相応しくなかったってだけの話なんだな。どういうことかっていうと、

「内申欲しいから」
「推薦されたんだよね〜」
「親がやっとけって。どうせ落ちんのにさ〜」
「会長が好きで……近づけるかなって」

そういう理由の立候補者が多かったんだ。
不純だよな、生徒会は学校を正しく導く存在なのに、まるで自分の利益だけを考えてるじゃないか。そんなのヒーローとしてどうかと思う。
だから立候補者たちの情報を集めて、中学時代にクラスを学級崩壊させて教師辞めさせたとか、浮気してたとか、女子のリコーダー盗んでたとか、そういう事実を少し膨らませてウイルスみたいに散布してみたんだ。そしたらなぜか教師なんかが慌てて、「お前たち、噂話なんて信じるな」って。緊急事態宣言みたいだったな、あれ。

そんなこんなで、立候補者の半数以上が辞退したり演説日に来なかったりしたんだ。
だから消去法で僕が副会長になった。

僕は普段から目立つわけじゃない。太陽の逆光を浴びながらニカッて笑うのも似合わないだろうし、サッカーボールを片手に「ヘディングの練習付きおうてや〜」なんて気さくに人に話しかけられるタイプでもない。でも、そんな僕でも生徒会役員になれたんだ。それがさ、ほんとうに…どうしようもなく嬉しかったんだな。蓮が好きなヒーローに近づけた気がしてたまんなかった。だから思い切って、久々に蓮に話しかけに行ったんだよ。廊下の端っこに後ろ姿が見えた瞬間に、僕の足が自然と速くなった。ーーーでも、嫌われてる身分で話しかけるのが怖くてさ、周辺を3往復くらいしたんだ、恥ずかしいよな。
3往復目で気づいたんだけど、蓮は誰かと話してたんだ。相手が分からなかったから角度を変えて見てみたらーーーそれが、落ちた立候補者だったんだよ。中学生のときに問題児やってたあいつだったんだよ。
蓮はそいつの肩に手を置いて、真剣な表情で何かを言っているんだ。だから必死に耳を傾けたら、

「俺はお前に票入れたで。演説いちばんよかったやん」

って。
それを耳にした時は…なんて言ったらいいのかな。もうさ、言葉にできないんだ。
ただすごく苦しくてさ、頭の中なんてごちゃごちゃしてて昨日の夕飯すら思い出せないくらいなんだよ。午後の授業中なんて、涙が出そうになるのを必死にこらえてたんだ。でも泣きはしなかったよ、学校のヒーローになったんだからな。蓮が好きなヒーローは、傷ついたくらいで泣きやしないだろ?

それに、ひとつ捕捉しておきたいことがあるんだよ。
僕は決して、他の立候補者たちを恨んでたわけじゃないんだ。
中学時代とかの不祥事だってさ、過去によくないことをしちゃうだなんて、誰にだってあるだろ。
でもさ。不純で不道徳な過去を、僕に気づかれる場所に置いといたのがよくなかったんだ。
僕なんかに気づかれているようじゃ、いずれ学校中が気づいちゃうだろ。「学校のヒーローが、実は昔こんなことをしてました!」なんてさ。学校の皆に信頼されなくなっちゃうだろ?
蓮が昔好きだった"スーパーライダー"も、そんなヘマはしなかった。

『俺はお前に票入れたで。演説いちばんよかったやん』

……………。
あれって……悪夢ではないんだよな?現実なんだよな?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!
蓮!君の好きなヒーローと違うじゃないか!

そんなこと考えてるうちに、いつのまに夜中の1時になってて…答えなんて出やしなかった。そろそろ寝なきゃいけないことは分かってるんだけど、考えは止まらないんだ。
涙だって止まらないんだ。

その日から、蓮に話しかけようなんて思わなくなったんだよな。前まではさ、嫌われてるかもしれないって思いつつも話しかけたい気持ちがあったっていうか。見かけるたびにそわそわしてたんだよ。けどさ、今は全くないんだ。廊下で蓮を見かけてもすぐ角に引っ込んだりバレないうちに引き返したりしてさ。なんでかわかんないけど、そうしちゃうんだ。
でもずっと蓮のいない日常ってのも限界が来た。心にぽっかり穴が空いたーーーなんて生優しいもんじゃないんだ。僕の体から心ってやつが、丸ごと消えたみたいな感じなんだ。
それがすごくやるせなくなって、近くに蓮を感じたくなってさ。でも近づくなんてできないだろ、だから遠くから見てるしかないんだ。ほら、ネットで売ってるだろ、顕微鏡ーーーじゃない、双眼鏡だ。双眼鏡で蓮を見るんだよ。そうしてるとさ、ほんの少しだけ心があったかくなるんだ。だから時間がある時なんかはよく見てる。蓮は昼休みになるといつも体育館に行くから、バレーとかバスケとかしてる姿を観てるんだ。ギャラリーの窓にカーテンがあるからさ、くるまって……うん……こんな感じで、見つからないように工夫して観てるんだ。
今もほら、蓮のやつバスケに夢中だよ。あ!シュート決めた!なんであんな遠くから球が入るんだよ。ほんとうにすごいな、蓮は。金髪も似合ってる。3日前に染めたんだもんな。なんで染めたの?って聞けないのがもどかしいよな。髪型も今風のマッシュヘアっぽくしてさ、蓮は昔から流行りには敏感だよな。いくらでも観てられるよ、金髪の蓮。かっこいいな、死ぬほど似合ってるな。金髪って金色だろ。お天道様じゃんか。元々太陽みたいに眩しいのに、これ以上眩しくなるなんてほんとうに容赦がないやつだよな。
あっ!いまの見た?観た?あいつな、汗かいてくると前髪をこう…かっ!てあげるんだよ。100均のヘアピンで止めてさ、汗でベタつかないようにしてるんだって。あれ、ちょっと待って。蓮のやつ、すこし毛穴が開いてないか?目の下にもうっすらクマがある。寝れてないのかな、大丈夫かな。

ていうか、双眼鏡で太陽みちゃいけないよな。
小学生の時、理科の授業でルーペを使ったことがあるんだけどさ、そのときに先生が「眩しすぎて目が焼けちゃうから、絶対に太陽に向けてはいけませんよ」とか言ってたよな。
ーーーたしかに。目が焼けそうだよ。蓮が眩しくてしかたないよ。でもさ、閉じるなんてできないんだよな。なんなら網膜が焼けようが眼球の水分が蒸発しようがずっとずっと見ていたいんだよな。僕が失明したとしたら蓮のせいだけど、いいよ。だって蓮が僕を失明させるんだから、いいよ。
ほんとうに蓮はすごいやつだ。何したっていいんだから。

昼休みにきっちりと蓮を堪能させてもらって、午後の授業は無事に乗り越えることができた。中学生のときは3年間ずっと蓮と同じクラスだったから、授業中もずっと観ていられたんだけど、高校からは別クラス。入学式のときにそれを知った時なんか、僕は神様を恨んだよ。だっておかしいんだ、入学式前日に近所の神社で、「蓮と同じクラスになりますように」って、あんなにお願いしたのに、別クラスにされたんだ。でもそんなとき、「あちゃ〜、クラス別やん。ま、帰りは一緒な!方向同じやし」って。蓮ってすごいよな、すぐに人を幸せにできるんだから。

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生徒会室の前でウロウロ往復して3回目になった。僕っていつもこうなんだ。緊張するとそわそわしちゃって、なかなか踏み出せない。
数日前に生徒会選挙の結果が公表されて新生徒会ができてーーー今日は初めての集会。帰りのホームルームを終えた10分後に、2階の生徒会室で集合の予定だ。あと5分後には約束の時間になる。中からは2、3年生の先輩たちの笑い声が聞こえてくるから、もう中に役員は集まっているんだと分かる。ーーー分かるんだけど、行けないんだ。人見知りを発動しちゃうんだ。こんなとき、蓮ならきっと何も考えず「失礼しま〜す」なんて入るんだろうな。
ーーー大丈夫、あと5分もあるんだ。この5分間生徒会室の前をウロウロして心の準備をすれば、きっと中に入れるはずだ。
ーーーああ、もう3分前だ。そろそろ入んなきゃいけない。大丈夫、約束の時間に遅刻しなければいいんだから、あと1分経ったら行こう。コンコンコンってドア叩いて「失礼します、善一郎です」って言えばいいだけじゃんか。そうそう、それだけなんだ。シュミレーションはちゃんとできてる、よし、あと一往復したらもう行こう。

………。
数秒後、僕はうずくまっていた。
僕っていつもこうなんだ。緊張してどうしようもなくなると、一旦しゃがみ込みたくなる。

「ん……?
君、ここで何してる。」

頭上から声がした。さっぱりした爽やかな声。見上げてみるとーーー長田先輩がいた。
長田先輩は去年に引き続き、この学校の生徒会長をやっている3年生だ。蓮と同じサッカー部で、なんと主将までやっているらしい。
「あん人サッカーうまいねん!よくトレーニング組ませてもろうとる!」なんて、以前蓮が言っていたな。
蓮が尊敬する人なんだから、僕も粗相がないようにしなきゃいけない。

「ん?君、もしかして善一郎くん?
ーーーどうした、入りずらい?」

そう言うと長田先輩は僕の手首を引っ張って立たせてくれた。

「はは、そんな緊張することないよ。生徒会って言っても、言わば学校の雑用係だし。」

そして当たり前のようにーーー自宅のドアを開けるくらいの気楽さで、生徒会室のドアを開けたのだ。

「善一郎君は副会長だからね、俺の隣席だ。
これから頼むよ」

生徒会室に入ってからは皆それぞれ自己紹介とか今年のスローガンとか、色々話し合いがされたんだけど……正直、長田先輩のことであたまがいっぱいだったから、半分くらいは頭に入ってこなかったんだ。書記係じゃなくてよかったって思ったよ。まともにできないだろうから…。

長田先輩はほんとうにすごい、すごいんだ。
だって、僕が部屋の前にうずくまっていただけで入りずらいっていうのを察したんだ。僕はただうずくまってただけなのに!
きっと、人の気持ちを察するのが得意な人なのかもしれない。もし…もし僕が長田先輩だったとしたら、蓮に嫌われるようなことはなかったんだろうな。だって、蓮の気持ちもわかるだろうから。

僕はこの人を見本にしようと思う。
長田先輩から吸収しながら、学校のヒーローを目指そう。

全部蓮のためだ。