どうして僕が嫌われたか?

幼馴染の蓮とは長い付き合いで、幼稚園のうさぎ組の時からずっと一緒だったんだ。保育士さんもよく「ふたりはよくつるむわね〜」なんて言ってたくらいだったんだ。蓮は昔から運動が得意で、公園に遠足に行ったときなんかはすごかった。何がすごかったかっていうとーーーあいつ面白いんだ、フリズビーを僕が投げると一目散に走って戻ってくるんだよ。多分、前世は犬だ。とにかく本当に面白くてさ。ーーーある日、ちょっとイタズラして木の枝めがけて投げたんだ。そしたら思いの外高いところで取れなくなっちゃって、保育士さんはそれに気づいて僕を怒ろうとした。そのとき蓮がさ、「オレ怒られ慣れとるから!見とき見とき!」なんて言って前に出たんだ。僕のせいだったのに、蓮は代わりに怒られた。そのあとに「な?ちゃんと見本になったやろ〜」って。

あの日からずっと、僕の視界には蓮しかいないんだ。

小学生になると勉強が必要になってくるだろ?1日の半分くらい席について教科書読んだり黒板写したりして。僕的には、それだけしてれば内容なんて頭に入ってくるんだ。でも、蓮はどうやら勉強が苦手みたいでさ、テスト返却のたびに「かーちゃんにケツ叩かれるわ! あれマジで痛いねんって〜。善一郎もやってみ〜」なんて言っててさ、面白いよな。
でも、国語の時間に「ごんだぬき」を音読して泣いてたんだ。周りはそんな蓮を見て笑ってたけどーーーどこに笑う要素あるんだ?蓮が悲しんでるんだから、笑うなんておかしくないか?
そうだ、このとき僕ははじめて"殺意"ってのを学んだんだよな。
道徳の時間なんかに「喜怒哀楽」なんて先生が言ってたんだけどさ、あれひとつ足りないよな。
「殺」がさ。
あれ、入れ忘れたんかな?

中学生になるとさ、蓮のやつサッカー部に入り始めたんだ。元々小学生の頃からチームに入ってたんだけど。新品のスパイクを僕に一番に見せに来て「これな、チラシに載っとったやつ!一番高いやつ選んでん!」とか言ってた。でもさ、僕的にはサッカー部は反対だったんだ。顧問なんかが声を荒げて蓮に怒鳴り散らかしてたとき、僕の中で何かが生まれたんだよな。うまく言葉にできないんだけどさ、例えるなら心臓の奥でマグマがドロドロって煮え立つ感じ。僕はこの現象を勝手に「殺意全マシマシ」って呼んでる。

「憎悪増し、復讐カラメ、アンガーマネジメント抜きでお願いしまーす!」
本気で、そう注文したくなるときがあるんだよな。

そんなこんなで、今はもう高校生だ。
入学してからもずっとふたりで一緒に学校行っててさ。困ったことに蓮はたまにアラームかけ忘れることがあるんだ。一回それで待ち合わせに来ないことがあってさ、あの時はめちゃくちゃ焦った。寝坊してるだけならいいんだけど、事故ったんじゃないかとか、近所の番犬にまたちょっかい出して噛まれたんじゃないかとか考えてさ。あと何個か考えてた気がする。僕って焦るとそうなんだよな。蓮の家を訪ねたら、蓮ママが「ごめんねえ!寝坊よあの子、今呼ぶわね!」なんて謝ってきてさ。正直、あの時は生きた心地しなかったな。ーーーそんなことがあったから、次の日からは毎日スタ連で起こすようになったんだ。僕の朝のルーティンってやつなんだ。最近流行ってるよな、ルーティン動画。僕の場合は朝起きて、蓮にスタ連して、顔洗って歯磨いて制服着てたまに朝ごはん食べて蓮と合流する。いつもそんなかんじなんだ。

でもさ、最近すごく困ってるっていうか…悩んでることがあるんだ。僕ってあんまし悩むことないんだけど、眠れないくらい苦しいことがあってさ。

実は、蓮に嫌われてるかもしれないんだ。

話しかけても無視されるっていうか、そもそも視界に入れてくれないっていうか。今日も朝のスタ連をしたんだけど既読がつかなくて。こんなの初めてだったんだ、ほんとうに。僕のルーティンって蓮ありきだったんだなって思い知った。
通学路でいつも合流する場所で待ってても来なくてさ、思い切って蓮の家に行ったら蓮ママが「あら?もう出たわよ」なんて言って。僕は頭が真っ白になったんだ。本当だよ、本当の本当にーーーもう何も考えられないくらいに、白一色になったんだ。

それからは記憶がトんでてさ、その日の数学の小テストは真っ白で出しちゃって先生に心配されたんだ。皆の前で「善一郎、白紙だが?」なんて言われちゃってさ。すごく恥ずかしかったな。
でもこのことがあったから少し頭が現実に引き戻されたっていうか。
一旦冷静になって蓮に嫌われた理由を考えてみたんだけど…ひとつさ、もしかしたらっていうのがあるんだ。

蓮と、蓮の彼女を別れさせたことかもしれない。

蓮は、彼女ができてから僕を蚊帳の外にし始めたから。
僕と蓮は長い付き合いで、言い方は古いけどズッ友ってやつなのに。そんな僕を蓮はいない存在みたいに扱った。
そんなことをするなんて、人の心がないと思わないか?
こんな薄情な真似をする奴はロクな大人にならないだろうし。更生しなきゃいけない。

だから、二人を別れさせた。
全部蓮のためだ。

少し入り組んだ話になりそうだから整理して考えようかな。
まず、今は高校1年生で10月の秋だろ?
蓮から「善一郎! 彼女できた! 知っとる?同クラの優子ちゃん!」っていう通知が来たのが8月23日。
「聞いてや! 今日な、優子ちゃんと手ぇ繋いでん!」って、帰り道に言っていたのが8月30日。
「悪い!今日から優子ちゃんと帰るわ」って、僕と帰らなくなりはじめたのが9月3日。
「あー、その日な、優子ちゃんと映画観に行くねん」って、僕からの勉強会の誘いを断ったのが9月5日。
「優子ちゃん、めっちゃ可愛いし勉強もできんねん。やばいやろ? 今日な、放課後教えてもらうねん! めっちゃ楽しみやわ!」って、僕の話を遮って喋り始めたのが9月10日。

蓮よりも足が速くてサッカーの上手い和田くんに、僕から話しかけてみたのが9月11日。
和田くんが優子さんにアタックし始めたのが9月12日。
和田くんが優子さんと一線を越えたのが9月14日の体育祭の日。
和田くんは案外手を出すのが早いタイプなんだな。足の速さと相まって。

9月14日を境に蓮と優子さんは気まずい空気感になったらしい。
9月16日に優子さんは蓮をフって、和田くんと付き合うことになった。

ーーーそして9月20日、僕は蓮に呼び出された。
放課後に呼ばれたから、やっと今日から一緒に帰れると思ってワクワクしてたんだ。そんな矢先、向けられたのは「喜怒哀楽殺」の「怒」の部分だったんだ。

昔から僕、蓮の口から出た言葉はなんでも覚えてるんだけどさ、この時は頭に入ってこなかったんだよ。ただもう、ほんとうにびっくりして何がなんだか分からなくなってさ。今だって思い出すだけで泣きたくなるんだ、なぜか。

ーーーお前が和田になんか言うたんやろ!
ーーー優子ちゃんを寝取らせたん、お前やろ! お前がそそのかしたんやろ!
ーーー全部知っとる。全部聞いた!

蓮は今にも泣きそうになりながら、真っ赤な充血した目で僕を見て、表情筋ぴくぴく震えさせて、最後に言ったんだ。

「……もう二度と、俺の前に顔見せんな」

って、言ったんだ。

その言葉が、ほんとうに頭から離れないんだ。
通学路で足をくじいた時だって離れなかった。
僕なんかと違って、蓮には友達がたくさんいる。いろんな人と関わってるうちに小耳に挟んだんだろうな。僕が優子さんに和田くんをけしかけたこと。蓮は情報通だもんな。

それはそれとして、なんで蓮が僕を嫌うのかが本当にわからなくて困っているんだ。
僕は正しいことをしたはずなのに。
蓮のためにしたことなのに。
なんでなんでなんでなんで??
食事中も、勉強中も、お風呂のお湯の中でも考えた。翌る日も翌る日も。それでもわからないんだから、僕は間違いなく馬鹿野郎だ。馬鹿だから分からないんだ。
こうやって数日間ずっと悩んで悩んで悩み続けてるんだけど、少し気付き始めてることがあるんだ。それは、今回の件について僕は後悔してないってことなんだ。
なんでかっていうとね、これは僕が自分で考えたことだからだ。蓮のためにって、自分で選択して行動した結果なんだ。
「蓮のために優子さんと別れさせなきゃ」って思って行動しただけ。コンビニスイーツが食べたいから買いに行くのと同じ。主体性を持って行動するのが大事だって先生も言ってたから、僕は間違ってないはず………

ーーーあああ、馬鹿!
その結果、蓮に嫌われちゃったんだろ。しっかりしろ、きっと僕は何かが間違っているんだ。間違った人間だから蓮に嫌われた。そうに違いない。

蓮のことが好きだ。ほんとうに好きなんだ、ママやパパよりも好きなんだ。そんなに好きな人のことなのに、僕は何も分かっていない。こんなに長い時間一緒にいるのに何も理解できてないってことはーーーきっと僕は何かが欠けているんだ。何かが足りないんだ。

だから、僕は人間としてもっと成長しなきゃいけない。人間力をもっと上げよう、そうしよう。
そうしたら、蓮とまた普通に話せる日が来るかもしれないから。


ーーー10月5日、火曜日の朝。
8時10分のホームルームは皆眠そうだった。教師の話もロクに聞いてない。

「もうじき生徒会選挙が始まるが…立候補者はいるか?」

担任の言葉に、僕は思わず手を挙げた。
正直自分でもびっくりだ、なんで挙げてんのかなって思ったけどすぐ納得した。
だって、生徒会は正しく学校を導く存在だもんな。
蓮は昔からスーパーヒーローとか、特撮とかが好きなんだ。スーパーライダーなんかに憧れてたし、クラスのいじめっ子なんかには立ち向かってたよな。イジワルででっかいデブっちょの田中にも、怯まずキックしてたもんな。
生徒会もヒーローとそう変わらないと思ったから、咄嗟に手を挙げてたんだ。蓮がヒーロー好きなら僕がそうなればいいし、正しいヒーロー像を目指していくことで僕だって成長できるんじゃないか?こんなのチャンスでしかないじゃないか!

クラス中の目が突き刺さる。
でも僕は怯まず手を挙げ続けた。
まっすぐ腕を伸ばして、頭との角度は90度。

「善一郎、やりたいのか。」

担任の言葉に頷く。
やれるかどうかじゃなくて、やるだけだからな。