ゴールデンウィークが明けた。放課後。僕は、教室を出ようとしていたある人物を呼び止めた。
「ちょっといい?」
そして一緒に屋上にやってきた。
「ねぇ」
僕はまっすぐ見る。
「なんで、美羽を嵌めたの?」
一瞬。東雲真希…委員長は驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにじとりと僕を見つめる。
「やっぱり……未遂でしたか」
そして、ぽつり。
「残念」
きちんと縛られていた長い髪をほどき、肩に流す。
「風見くん、白雪さんとデートするって、すごく嬉しそうにはしゃいでたんですよ。なのにある日からひどく落ち込んでた」
委員長は遠くを見るように目を細めた。
「爽やかな王子様みたいな風見くんと、誰にでも優しいお姫様みたいな白雪さんなら……お似合いだと思ってました。私には、風見くんは眩しすぎるから」
少しだけ笑う。
「だから、彼が幸せならって……そう思ってた」
その瞬間。委員長の瞳が、鋭く僕を射抜いた。
「……なのに」
ぎろり。
「なんですか、あの女。思わせぶりな態度をして。風見くんをひどく傷つけて」
唇を噛む。
「許せなかった」
そして、吐き出すように言った。
「だから、痛い目を見ればいいと思ったんです」
「それは……」
言葉が詰まる。
「白雪さんのこと、好きなんですよね?」
委員長は、自嘲するように笑った。
「私もそうです。風見くんのこと、ずっと好きなんです。こんな引っ込み思案な私にも、優しくしてくれた。だから……」
ぎゅっと拳を握る。
「むかつくんですよ。あなたも、そうでしょう?」
委員長の問いに、僕は黙る。
「白雪さんが変な男に取られそうになったら、無性に腹が立ったでしょう?」
「……うん」
それは、否定できない。美羽が誰かに取られるなんて、考えたくもない。知らない男に笑いかけているだけで、胸の奥がざわつく。
「私も同じ気持ちだったんです」
委員長は、どこか寂しそうに笑った。
「自分のものにならないなら……せめて、素敵な人と一緒になってほしいって、思いませんか?」
その問いに、僕はすぐには答えられなかった。――分からない。だけど。委員長の言葉を聞いて、ひとつだけはっきりした。
「……違う」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
「僕は、そうは思わない」
委員長が、目を見開いた。
「美羽が僕のものにならなくても、誰か別の人と幸せになってほしいなんて……僕には、到底思えない」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「僕は、美羽に僕を選んでほしい。僕と一緒にいたいって、自分の意思で思ってほしい」
僕は、委員長を見つめる。僕だって、美羽を自分のものにしたい。誰にも触れてほしくない。誰にも笑いかけてほしくない。できることなら、危険なんて全部僕が遠ざけて、美羽が僕のそばから一歩も出ないようにしてしまいたい。美羽の世界を、僕だけで埋め尽くしてしまえたら――なんて。そんなことを考えてしまうくらい、美羽が好きだ。
「好きだから、そばにいてほしい。僕だけを見てほしい。……それは、これからも変わらないと思う」
一度、ゆっくり息を吐く。
「でも、それを美羽に無理やり押しつけるのは違う」
僕が欲しいのは、美羽を閉じ込めた結果じゃない。
「美羽自身が、僕と一緒にいたいって思ってくれることだから」
だから。
「……僕は、美羽の気持ちまで勝手に決めたくない」
僕は、まっすぐ委員長を見つめた。
「だから――あんたと一緒にしないで」
その瞬間だった。
「東雲さん」
鈴の音のような声が響いた。振り返る。そこには、美羽が立っていた。僕の愛おしい人。
「ごめんね?」
美羽は、ふわりと笑った。
「私、むっくんが好きなんだ」
「……え?」
委員長が固まる。
「だから、風見くんのことはお友達としか思ってないの」
「でも……デート……」
「ああ」
美羽は首を傾げる。
「そういえば、デートの日にドタキャンされたんだ。だから、そもそも私のこと、好きじゃないんじゃないかな?」
「え……?」
委員長が目をパチパチさせる。
「う、嘘……」
「ほんとだよ」
美羽はあっさり答えた。しばらく黙っていた委員長は俯いた。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
「ひどいことしたわ」
そう言って、委員長が歩き出す。その途中。ポケットから何かを取り出した。僕は思わず身構える。けれど。
「これ」
差し出されたのは、小さな袋だった。
「シークレットナマケモノ」
美羽が目を丸くする。
「お詫び」
そう言って、委員長はそれを美羽に渡した。
「……ありがとう」
美羽が微笑む。委員長はそれ以上何も言わず、そのまま去っていった。静かになった屋上。僕は、美羽を見る。
「……あの」
「うん?」
「僕……」
一度、言葉を飲み込む。
「やっぱり、美羽が好きです」
「知ってるよ」
美羽が笑う。
「僕の気持ちは、依存だって言ったけど……僕は、これを愛だと思いたい」
美羽は何も言わず、僕を見る。
「確かに、閉じ込めてしまいたいくらい大好きだし、俺のところに、ずっといてほしいって思う。でも、それを美羽に押しつけちゃいけないって分かった」
少しだけ美羽が笑う。
「だから……美羽が僕といたいって思ってくれるようになんでもする。美羽の好きなクロワッサンも、アップルパイも、なんでも作る」
「ふふ」
「ラテアートも勉強するしそれから……」
まだ何か言おうとして。僕は、真剣な顔で美羽を見る。
「もし来世で、美羽が―デュビアになっても、俺は愛すと思う」
「…え?」
美羽の目が点になる。
「だから美羽がデュビアになったとしても、俺が大切に世話する。生活環境整えて、野菜もちゃんとあげる。快適な生活が送れるようにする。毎日、俺の手のひらに乗せて散歩も――」
「ふふっ」
美羽の肩が震えた。
「……ふふふ」
そして。
「あはははは!」
声を上げて笑った。こんな美羽を、初めて見た。目尻に涙まで浮かべて。お腹を抱えて。心の底から楽しそうに。
「もう、なにそれ……!」
僕は、ぽかんとする。
「だって……」
美羽は涙を拭いながら、まだ笑っている。
「あれ冗談なのに」
また笑う。その笑顔を見ていると。胸の奥が、じんわりと温かくなる。僕が守りたかったもの。僕がずっと欲しかったもの。――この笑顔だ。
「むっくん、まずはね」
美羽が、僕を見て一歩、近づいてくる。
「今の私を、ちゃんと尊重して。精一杯、愛して?」
ぎゅっと。美羽が僕に抱きついた。驚いている僕の唇に。柔らかなものが触れる。ほんの一瞬。甘くて。優しい羽のように軽いキス。離れて目が合った美羽が、この世のものとは思えないほど美しかった。
「ちょっといい?」
そして一緒に屋上にやってきた。
「ねぇ」
僕はまっすぐ見る。
「なんで、美羽を嵌めたの?」
一瞬。東雲真希…委員長は驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにじとりと僕を見つめる。
「やっぱり……未遂でしたか」
そして、ぽつり。
「残念」
きちんと縛られていた長い髪をほどき、肩に流す。
「風見くん、白雪さんとデートするって、すごく嬉しそうにはしゃいでたんですよ。なのにある日からひどく落ち込んでた」
委員長は遠くを見るように目を細めた。
「爽やかな王子様みたいな風見くんと、誰にでも優しいお姫様みたいな白雪さんなら……お似合いだと思ってました。私には、風見くんは眩しすぎるから」
少しだけ笑う。
「だから、彼が幸せならって……そう思ってた」
その瞬間。委員長の瞳が、鋭く僕を射抜いた。
「……なのに」
ぎろり。
「なんですか、あの女。思わせぶりな態度をして。風見くんをひどく傷つけて」
唇を噛む。
「許せなかった」
そして、吐き出すように言った。
「だから、痛い目を見ればいいと思ったんです」
「それは……」
言葉が詰まる。
「白雪さんのこと、好きなんですよね?」
委員長は、自嘲するように笑った。
「私もそうです。風見くんのこと、ずっと好きなんです。こんな引っ込み思案な私にも、優しくしてくれた。だから……」
ぎゅっと拳を握る。
「むかつくんですよ。あなたも、そうでしょう?」
委員長の問いに、僕は黙る。
「白雪さんが変な男に取られそうになったら、無性に腹が立ったでしょう?」
「……うん」
それは、否定できない。美羽が誰かに取られるなんて、考えたくもない。知らない男に笑いかけているだけで、胸の奥がざわつく。
「私も同じ気持ちだったんです」
委員長は、どこか寂しそうに笑った。
「自分のものにならないなら……せめて、素敵な人と一緒になってほしいって、思いませんか?」
その問いに、僕はすぐには答えられなかった。――分からない。だけど。委員長の言葉を聞いて、ひとつだけはっきりした。
「……違う」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
「僕は、そうは思わない」
委員長が、目を見開いた。
「美羽が僕のものにならなくても、誰か別の人と幸せになってほしいなんて……僕には、到底思えない」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「僕は、美羽に僕を選んでほしい。僕と一緒にいたいって、自分の意思で思ってほしい」
僕は、委員長を見つめる。僕だって、美羽を自分のものにしたい。誰にも触れてほしくない。誰にも笑いかけてほしくない。できることなら、危険なんて全部僕が遠ざけて、美羽が僕のそばから一歩も出ないようにしてしまいたい。美羽の世界を、僕だけで埋め尽くしてしまえたら――なんて。そんなことを考えてしまうくらい、美羽が好きだ。
「好きだから、そばにいてほしい。僕だけを見てほしい。……それは、これからも変わらないと思う」
一度、ゆっくり息を吐く。
「でも、それを美羽に無理やり押しつけるのは違う」
僕が欲しいのは、美羽を閉じ込めた結果じゃない。
「美羽自身が、僕と一緒にいたいって思ってくれることだから」
だから。
「……僕は、美羽の気持ちまで勝手に決めたくない」
僕は、まっすぐ委員長を見つめた。
「だから――あんたと一緒にしないで」
その瞬間だった。
「東雲さん」
鈴の音のような声が響いた。振り返る。そこには、美羽が立っていた。僕の愛おしい人。
「ごめんね?」
美羽は、ふわりと笑った。
「私、むっくんが好きなんだ」
「……え?」
委員長が固まる。
「だから、風見くんのことはお友達としか思ってないの」
「でも……デート……」
「ああ」
美羽は首を傾げる。
「そういえば、デートの日にドタキャンされたんだ。だから、そもそも私のこと、好きじゃないんじゃないかな?」
「え……?」
委員長が目をパチパチさせる。
「う、嘘……」
「ほんとだよ」
美羽はあっさり答えた。しばらく黙っていた委員長は俯いた。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
「ひどいことしたわ」
そう言って、委員長が歩き出す。その途中。ポケットから何かを取り出した。僕は思わず身構える。けれど。
「これ」
差し出されたのは、小さな袋だった。
「シークレットナマケモノ」
美羽が目を丸くする。
「お詫び」
そう言って、委員長はそれを美羽に渡した。
「……ありがとう」
美羽が微笑む。委員長はそれ以上何も言わず、そのまま去っていった。静かになった屋上。僕は、美羽を見る。
「……あの」
「うん?」
「僕……」
一度、言葉を飲み込む。
「やっぱり、美羽が好きです」
「知ってるよ」
美羽が笑う。
「僕の気持ちは、依存だって言ったけど……僕は、これを愛だと思いたい」
美羽は何も言わず、僕を見る。
「確かに、閉じ込めてしまいたいくらい大好きだし、俺のところに、ずっといてほしいって思う。でも、それを美羽に押しつけちゃいけないって分かった」
少しだけ美羽が笑う。
「だから……美羽が僕といたいって思ってくれるようになんでもする。美羽の好きなクロワッサンも、アップルパイも、なんでも作る」
「ふふ」
「ラテアートも勉強するしそれから……」
まだ何か言おうとして。僕は、真剣な顔で美羽を見る。
「もし来世で、美羽が―デュビアになっても、俺は愛すと思う」
「…え?」
美羽の目が点になる。
「だから美羽がデュビアになったとしても、俺が大切に世話する。生活環境整えて、野菜もちゃんとあげる。快適な生活が送れるようにする。毎日、俺の手のひらに乗せて散歩も――」
「ふふっ」
美羽の肩が震えた。
「……ふふふ」
そして。
「あはははは!」
声を上げて笑った。こんな美羽を、初めて見た。目尻に涙まで浮かべて。お腹を抱えて。心の底から楽しそうに。
「もう、なにそれ……!」
僕は、ぽかんとする。
「だって……」
美羽は涙を拭いながら、まだ笑っている。
「あれ冗談なのに」
また笑う。その笑顔を見ていると。胸の奥が、じんわりと温かくなる。僕が守りたかったもの。僕がずっと欲しかったもの。――この笑顔だ。
「むっくん、まずはね」
美羽が、僕を見て一歩、近づいてくる。
「今の私を、ちゃんと尊重して。精一杯、愛して?」
ぎゅっと。美羽が僕に抱きついた。驚いている僕の唇に。柔らかなものが触れる。ほんの一瞬。甘くて。優しい羽のように軽いキス。離れて目が合った美羽が、この世のものとは思えないほど美しかった。

