美羽が去ってから、丸一日が経った。僕は、何も手につかなかった。机の上に置かれたヘッドホンを見る。――美羽は、今頃何をしているんだろう。盗聴器。もう、使わないほうがいいよな。美羽には、美羽の世界がある。僕がそれを覗き見る資格なんて――。
「……最後に」
一度だけ。本当に、これで最後。そう自分に言い聞かせて、ヘッドホンを耳に当てた。
「やめて! やめてください!」
「えー、いいじゃん。聞いてるよ? 俺たちと遊びたいって」
「そうだよ。直接言ってくれればいいのに」
「言ってないです!」
――美羽?椅子を蹴るように立ち上がった。慌ててパソコンを開く。位置情報を確認する。
「……移動してる?」
美羽の位置が、学校でも自宅でもない場所を示している。しかも、かなりの速度で移動している。
「車……?」
まさか。誰かに連れ去られた?頭の中が真っ白になる。僕はスマホと位置情報を連動させ、家を飛び出した。自転車に飛び乗り、ペダルを踏み込む。急げ急げ。ただ、美羽のところへ。そして――。たどり着いた場所を見上げる。
「……ここ」
進藤玲央。チャラクソ御曹司の別荘だ。
「……ふざけるな」
どうやって中に入る?そう考えていると、ちょうどスーツ姿の男が一人、建物の外へ出てきた。僕は迷わず近づく。そして、足をかける。
「うわっ!」
よろめいた男の首元に、ひやりとしたものを当てた。
「……これ、貸して」
「ひっ……!」
拘束具の鍵。昨日、美羽から外したあと、なぜか捨てられずに持ってきていた。
「は、はい……!」
「スーツ、脱いで」
「は、はい!」
男は震えながら上着を脱いだ。僕は自分の服を渡し、スーツを奪う。ネクタイを締め直す。……よし。これなら。僕は何食わぬ顔で玄関へ向かい、チャイムを押した。
ピンポーン。
「はーい。どちらさま――って、いい男!」
パーティードレス姿の女性たちが顔を出す。
「玲央さんに、急いで来いと言われたんですが。どちらにいますか?」
「あー、玲央?」
「なんか今、お取り込み中じゃない?」
「気に入った子から連絡が来たーって、張り切ってたよ」
「……連絡?」
「たぶん、VIPルーム」
女性が指を差す。僕は礼もそこそこに走り出した。
「あ、ちょっとー!」
「ねえ、私と遊んでよ」
「私ともー!」
――誰がお前らと。そんなことより。美羽。
「……そこか」
廊下の奥。一際大きな扉。僕は勢いよく開けた。
「美羽!」
――静寂。目に飛び込んできたのは。ベッドに大の字になって倒れているチャラクソ御曹司。そして。その横でスタンガンを握りしめている美羽だった。
「……あ」
美羽が、こちらを見る。
「むっくん」
「…………」
何だ、これ。僕が助けに来たんじゃないのか?
「美羽……大丈夫か?」
「うん」
美羽は何事もなかったかのように頷く。そして。僕を見て、目を細めた。
「それ、かっこいいね」
「……え?」
「スーツ」
自分の格好を見下ろす。
「……勝手に拝借した」
「ふふ」
美羽は笑った。ピンク色のワンピース。ショルダーバッグ。そして、そのバッグについている――ナマケモノのキーホルダー。
「……」
盗聴器。美羽は、絶対に気づいている。それなのに。どうして、まだ持っているんだ?
「それより、どうしてここに?」
「なんかね」
美羽は首を傾げる。
「私が、彼にメールを送ったって言われたの」
「……メール?」
「でも、私、そんなメールしてないんだよね」
スマホを取り出す。
「だから、変だなーって思って」
僕は画面を覗き込む。確かに。
「でも……どうして美羽は外に出てたんだ?」
美羽は、けろっと答えた。
「シークレットナマケモノを譲ってくれるっていう人がいてさ」
「……」
「会いに行く途中だったの」
「また、そんな危ないこと……!」
思わず声が出た。
「見ず知らずの人に会うって、どういうことなんだよ!」
「でも、女の子だったよ?」
「それだけじゃ、信用できないだろ!」
「文面も普通だったし、載せてた写真も女の子だったよ?」
「なりすましかもしれないだろ」
すると美羽は、手に持ったスタンガンを見せる、
「ふふ。だから、これ持ってきた」
そして。ナマケモノのキーホルダーを、ちょん、と指でつつく。
「それも」
言葉が出ない。
「ちゃんと用心してたんだよ…それに」
美羽が僕を見る。
「ほら」
こてん、と首を傾げた。
「ちゃんと来てくれた。ありがとう、むっくん」
ふわり。いつもの笑顔。その笑顔を見た瞬間。張り詰めていたものが、全部ほどけていく。……ずるい。そんな顔をされたら。怒れないじゃないか。
「……さて」
僕はベッドで伸びているチャラクソ御曹司を見る。
「とりあえず、こいつは痛い目を見たほうがいいよな」
「それもそうだね」
美羽がスタンガンを持ち直す。
「無理やりされそうになったし。最悪」
「本当に最悪だよ」
僕はチャラクソ御曹司を睨む。
「今度、新しいスタンガンをプレゼントする」
「え?」
「もっと性能高いやつ」
美羽が目を丸くする。そして。
「……ふふ」
嬉しそうに笑った。
「うん」
その笑顔に、僕も少しだけ笑う。――でも。僕はまだ、終わらせるつもりはなかった。スマホを取り出す。チャラクソ御曹司のスマホ。そこに残っていたデータを確認する。不自然なメール。美羽になりすましたアカウント。そして、美羽を呼び出した人物とのやり取り。
「……なるほど」
全部、繋がった。僕は必要なデータを保存した。これで、もう美羽に近づけさせないように、二度と同じことを繰り返させないよう、はっきりと思い知らせる。ただの脅しじゃない。次に美羽に近づけば、自分が失うものがある。それを理解させる。「二度と白雪美羽に近づくな。次は殺す」というメッセージとともに本人の醜態を送りつけた。スマホを閉じる。
「帰ろう、美羽」
「うん」
美羽が僕の隣に並び、ようやく一息ついた。
「……最後に」
一度だけ。本当に、これで最後。そう自分に言い聞かせて、ヘッドホンを耳に当てた。
「やめて! やめてください!」
「えー、いいじゃん。聞いてるよ? 俺たちと遊びたいって」
「そうだよ。直接言ってくれればいいのに」
「言ってないです!」
――美羽?椅子を蹴るように立ち上がった。慌ててパソコンを開く。位置情報を確認する。
「……移動してる?」
美羽の位置が、学校でも自宅でもない場所を示している。しかも、かなりの速度で移動している。
「車……?」
まさか。誰かに連れ去られた?頭の中が真っ白になる。僕はスマホと位置情報を連動させ、家を飛び出した。自転車に飛び乗り、ペダルを踏み込む。急げ急げ。ただ、美羽のところへ。そして――。たどり着いた場所を見上げる。
「……ここ」
進藤玲央。チャラクソ御曹司の別荘だ。
「……ふざけるな」
どうやって中に入る?そう考えていると、ちょうどスーツ姿の男が一人、建物の外へ出てきた。僕は迷わず近づく。そして、足をかける。
「うわっ!」
よろめいた男の首元に、ひやりとしたものを当てた。
「……これ、貸して」
「ひっ……!」
拘束具の鍵。昨日、美羽から外したあと、なぜか捨てられずに持ってきていた。
「は、はい……!」
「スーツ、脱いで」
「は、はい!」
男は震えながら上着を脱いだ。僕は自分の服を渡し、スーツを奪う。ネクタイを締め直す。……よし。これなら。僕は何食わぬ顔で玄関へ向かい、チャイムを押した。
ピンポーン。
「はーい。どちらさま――って、いい男!」
パーティードレス姿の女性たちが顔を出す。
「玲央さんに、急いで来いと言われたんですが。どちらにいますか?」
「あー、玲央?」
「なんか今、お取り込み中じゃない?」
「気に入った子から連絡が来たーって、張り切ってたよ」
「……連絡?」
「たぶん、VIPルーム」
女性が指を差す。僕は礼もそこそこに走り出した。
「あ、ちょっとー!」
「ねえ、私と遊んでよ」
「私ともー!」
――誰がお前らと。そんなことより。美羽。
「……そこか」
廊下の奥。一際大きな扉。僕は勢いよく開けた。
「美羽!」
――静寂。目に飛び込んできたのは。ベッドに大の字になって倒れているチャラクソ御曹司。そして。その横でスタンガンを握りしめている美羽だった。
「……あ」
美羽が、こちらを見る。
「むっくん」
「…………」
何だ、これ。僕が助けに来たんじゃないのか?
「美羽……大丈夫か?」
「うん」
美羽は何事もなかったかのように頷く。そして。僕を見て、目を細めた。
「それ、かっこいいね」
「……え?」
「スーツ」
自分の格好を見下ろす。
「……勝手に拝借した」
「ふふ」
美羽は笑った。ピンク色のワンピース。ショルダーバッグ。そして、そのバッグについている――ナマケモノのキーホルダー。
「……」
盗聴器。美羽は、絶対に気づいている。それなのに。どうして、まだ持っているんだ?
「それより、どうしてここに?」
「なんかね」
美羽は首を傾げる。
「私が、彼にメールを送ったって言われたの」
「……メール?」
「でも、私、そんなメールしてないんだよね」
スマホを取り出す。
「だから、変だなーって思って」
僕は画面を覗き込む。確かに。
「でも……どうして美羽は外に出てたんだ?」
美羽は、けろっと答えた。
「シークレットナマケモノを譲ってくれるっていう人がいてさ」
「……」
「会いに行く途中だったの」
「また、そんな危ないこと……!」
思わず声が出た。
「見ず知らずの人に会うって、どういうことなんだよ!」
「でも、女の子だったよ?」
「それだけじゃ、信用できないだろ!」
「文面も普通だったし、載せてた写真も女の子だったよ?」
「なりすましかもしれないだろ」
すると美羽は、手に持ったスタンガンを見せる、
「ふふ。だから、これ持ってきた」
そして。ナマケモノのキーホルダーを、ちょん、と指でつつく。
「それも」
言葉が出ない。
「ちゃんと用心してたんだよ…それに」
美羽が僕を見る。
「ほら」
こてん、と首を傾げた。
「ちゃんと来てくれた。ありがとう、むっくん」
ふわり。いつもの笑顔。その笑顔を見た瞬間。張り詰めていたものが、全部ほどけていく。……ずるい。そんな顔をされたら。怒れないじゃないか。
「……さて」
僕はベッドで伸びているチャラクソ御曹司を見る。
「とりあえず、こいつは痛い目を見たほうがいいよな」
「それもそうだね」
美羽がスタンガンを持ち直す。
「無理やりされそうになったし。最悪」
「本当に最悪だよ」
僕はチャラクソ御曹司を睨む。
「今度、新しいスタンガンをプレゼントする」
「え?」
「もっと性能高いやつ」
美羽が目を丸くする。そして。
「……ふふ」
嬉しそうに笑った。
「うん」
その笑顔に、僕も少しだけ笑う。――でも。僕はまだ、終わらせるつもりはなかった。スマホを取り出す。チャラクソ御曹司のスマホ。そこに残っていたデータを確認する。不自然なメール。美羽になりすましたアカウント。そして、美羽を呼び出した人物とのやり取り。
「……なるほど」
全部、繋がった。僕は必要なデータを保存した。これで、もう美羽に近づけさせないように、二度と同じことを繰り返させないよう、はっきりと思い知らせる。ただの脅しじゃない。次に美羽に近づけば、自分が失うものがある。それを理解させる。「二度と白雪美羽に近づくな。次は殺す」というメッセージとともに本人の醜態を送りつけた。スマホを閉じる。
「帰ろう、美羽」
「うん」
美羽が僕の隣に並び、ようやく一息ついた。

