カーテンの隙間から差し込む光が、やけに眩しかった。
「……ん……」
美羽がゆっくりと瞼を開く。まだ眠そうに何度か瞬きをして、それから周囲を見回した。見慣れない部屋ではない。ここが僕の家だと気づいたらしい。けれど――。
「……むっくん?」
美羽の声が震えた。僕は、少し離れた場所に座っていた。
「おはよう、美羽」
「……おはよう?」
美羽は首を傾げる。そして、自分の手元へ視線を落とした。じゃらり。拘束具が小さく鳴る。その音を聞いた瞬間、美羽の表情が固まった。
「……ねぇ、むっくん」
綺麗な瞳が、まっすぐ僕を見る。
「どうして、こんなことするの?」
「大好きだからだよ?」
僕は迷いなく答えた。
「だから、ずっとずっとずっと見守ってきたんだ。俺は現世でも、来世でも美羽を愛する。美羽しか目に入らないんだよ」
今まで美羽にちょっかいをかけてきた先輩も。ずっと付きまとっていたコンビニのバイトも。僕が美羽から遠ざけてきた。
「助けてきたんだよ」
真っ直ぐに告げる。じゃらり。拘束具がまた鳴った。美羽は、何も言わない。……どんな顔をしているんだろう。怖いかな。僕のことが嫌いになったのかな。胸がざわつく。でも――そんなはずない。そんなこと、あるわけがない。だって。今まで僕がしてきたことは、全部全部、美羽のためだったんだから。
「僕は美羽のことが大切なんだ。大好きなんだ。誰にも負けないよ」
そう言って、そっと白い頬に手を伸ばす。その瞬間。美羽の肩が、びくっと揺れた。伸ばした手が止まる。そして、美羽が僕を見つめる。ガラス玉のような。人形の瞳のような。ひどく冷え切った目だった。
「……それ、愛じゃないよ」
「え?」
「むっくんのは、依存」
その言葉に、僕は固まった。伸ばしかけた手が震える。依存?
違う。そんなものじゃない。僕の美羽に対する、この神聖な想いが。こんなにも大切に思っている気持ちが。依存なわけがない。
「違う……違う、違う違う!」
声が震える。
「僕は美羽を愛してるんだ!心から!」
美羽は何も言わない。ただ、冷たい目で僕を見つめている。
「むっくん」
静かな声だった。
「依存っていうのはね、自分の感情や行動の軸が、私に全部乗っている状態なの」
「……」
「私がいないと、自分を保てない状態」
胸がざわつく。
「そして、自分が安心することを、私の自由より優先してしまう状態」
違う。違う違う。僕は何よりも、美羽が大切なんだ。自分なんかより、美羽のほうが大切だ。なのに。
「僕が……美羽より自分の感情を優先しているって、言いたいの?」
「そうだよ」
美羽は即答する。
「だって、むっくん」
拘束具に目を落とす。
「自分の支えを、私に全部預けてるでしょ?」
「……それは……」
言葉が出てこない。
「それは愛じゃ……ないの?」
僕は俯いた。
「僕は美羽が大好きで、大切で……傷ついてほしくなくて。だから……ここにいれば安全で」
声が震える。
「外は危険で。だから、美羽が傷ついて。美羽のいない世界になったら……僕は……」
そこで言葉が止まる。頭を抱える。
「こんな世界、どうでもよくて……」
――これは愛じゃないのか?そう思った瞬間、美羽が深いため息をついた。
「……それだよ」
「え?」
「それ。それが重いんだよ」
美羽は困ったように眉を下げた。
「私が、むっくんの人生まで背負わされてるみたいじゃん」
「……」
「私にとって、負担が大きすぎない?」
胸を抉られたようだった。
「むっくんってさ」
美羽が静かに問いかける。
「私のこと、本当に好き?」
「好きだよ」
即答だった。
「だから、美羽がいないなんて耐えられない」
そして、僕は必死に言葉を重ねた。
「だから、ここに閉じ込めて……僕が守ってあげるんだよ」
美羽は、しばらく僕を見つめていた。そして――。
「私の、どこが好きなの?」
こてん、と首を傾げる。ふわりと揺れる髪。長い睫毛。雪のように白い肌。
「そんなの、全部だよ」
本当に、全部。頭からつま先まで。存在そのものが、好きでたまらない。
「じゃあ」
美羽が続ける。
「私の、どんな顔が好き?」
「え?」
「怒った顔?」
少しだけ眉を寄せる。
「泣いてる顔?」
目を伏せる。
「それとも……笑ってる顔?」
「それは……」
迷うことなんてない。
「笑ってる顔だよ」
美羽が、じっと僕を見る。
「美羽が笑ってると、僕は幸せな気持ちになるから」
そして、思い出す。親戚中をたらい回しにされて。学校ではいじめられて。誰にも助けてもらえなかった、小学生の僕に。美羽が手を差し伸べてくれた、あの日。あの日から。僕の世界には、美羽だけがいた。
「……それさ」
美羽がぽつりと言った。
「ちょっと可愛い私に、優しくされたからでしょ?」
「え?」
「むっくんは、私じゃなくてもよかったんだよ」
「違う!」
思わず声が大きくなる。
「少し可愛くて、優しくしてくれる子なら……誰でもよかったんじゃない?」
「違う、違うよ!」
「違わないよ」
美羽は、拘束具を見た。じゃらり、と金属音が響く。
「ねぇ、むっくん」
美羽が僕を見る。
「私のことが好きなら……私の自由も尊重するべきだよね?」
「……」
その言葉が、胸に突き刺さった。大好きな人の笑顔を守りたい。僕がずっと願っていたこと。――笑顔?ふと、顔を上げる。僕は今、何をしている?美羽はカフェで甘いものを食べるのが好きだ。買い物だって好き。服を選んで、試着して。気に入ったものを見つけたら、嬉しそうに笑う。友達と話すのも好き。ゲームセンターだって。学校だって。外の世界だって。なのに。僕がここに閉じ込めたら。美羽は、笑えるのか?……笑えない。僕が守りたかったはずの笑顔を。僕自身が奪っている。ここにいれば、安全だ。誰も美羽を傷つけない。僕の目の届かないところへ行くこともない。僕は安心できる。――安心?その言葉に、胸がざわついた。僕が欲しかったのは、本当に美羽の幸せなのか。それとも。美羽がここにいてくれれば、僕が安心できるからなのか。僕の瞳にだけ、美羽が映っていれば。誰にも奪われる心配がなければ。僕は、安心できる。それは――。美羽の気持ちを、一つも尊重していないということじゃないのか。美羽を信じていないということじゃないのか。美羽が何を望むのかより。美羽がどう感じるのかより。僕が不安にならないことを優先している。
「……僕は……」
声が、震えた。
「美羽を守りたかったんじゃなくて……」
その先の言葉が出てこない。ただ、胸の奥に浮かんだ一つの考えから、もう目を逸らせなかった。――僕は、美羽を失うのが怖かっただけなんじゃないか。
「……ん……」
美羽がゆっくりと瞼を開く。まだ眠そうに何度か瞬きをして、それから周囲を見回した。見慣れない部屋ではない。ここが僕の家だと気づいたらしい。けれど――。
「……むっくん?」
美羽の声が震えた。僕は、少し離れた場所に座っていた。
「おはよう、美羽」
「……おはよう?」
美羽は首を傾げる。そして、自分の手元へ視線を落とした。じゃらり。拘束具が小さく鳴る。その音を聞いた瞬間、美羽の表情が固まった。
「……ねぇ、むっくん」
綺麗な瞳が、まっすぐ僕を見る。
「どうして、こんなことするの?」
「大好きだからだよ?」
僕は迷いなく答えた。
「だから、ずっとずっとずっと見守ってきたんだ。俺は現世でも、来世でも美羽を愛する。美羽しか目に入らないんだよ」
今まで美羽にちょっかいをかけてきた先輩も。ずっと付きまとっていたコンビニのバイトも。僕が美羽から遠ざけてきた。
「助けてきたんだよ」
真っ直ぐに告げる。じゃらり。拘束具がまた鳴った。美羽は、何も言わない。……どんな顔をしているんだろう。怖いかな。僕のことが嫌いになったのかな。胸がざわつく。でも――そんなはずない。そんなこと、あるわけがない。だって。今まで僕がしてきたことは、全部全部、美羽のためだったんだから。
「僕は美羽のことが大切なんだ。大好きなんだ。誰にも負けないよ」
そう言って、そっと白い頬に手を伸ばす。その瞬間。美羽の肩が、びくっと揺れた。伸ばした手が止まる。そして、美羽が僕を見つめる。ガラス玉のような。人形の瞳のような。ひどく冷え切った目だった。
「……それ、愛じゃないよ」
「え?」
「むっくんのは、依存」
その言葉に、僕は固まった。伸ばしかけた手が震える。依存?
違う。そんなものじゃない。僕の美羽に対する、この神聖な想いが。こんなにも大切に思っている気持ちが。依存なわけがない。
「違う……違う、違う違う!」
声が震える。
「僕は美羽を愛してるんだ!心から!」
美羽は何も言わない。ただ、冷たい目で僕を見つめている。
「むっくん」
静かな声だった。
「依存っていうのはね、自分の感情や行動の軸が、私に全部乗っている状態なの」
「……」
「私がいないと、自分を保てない状態」
胸がざわつく。
「そして、自分が安心することを、私の自由より優先してしまう状態」
違う。違う違う。僕は何よりも、美羽が大切なんだ。自分なんかより、美羽のほうが大切だ。なのに。
「僕が……美羽より自分の感情を優先しているって、言いたいの?」
「そうだよ」
美羽は即答する。
「だって、むっくん」
拘束具に目を落とす。
「自分の支えを、私に全部預けてるでしょ?」
「……それは……」
言葉が出てこない。
「それは愛じゃ……ないの?」
僕は俯いた。
「僕は美羽が大好きで、大切で……傷ついてほしくなくて。だから……ここにいれば安全で」
声が震える。
「外は危険で。だから、美羽が傷ついて。美羽のいない世界になったら……僕は……」
そこで言葉が止まる。頭を抱える。
「こんな世界、どうでもよくて……」
――これは愛じゃないのか?そう思った瞬間、美羽が深いため息をついた。
「……それだよ」
「え?」
「それ。それが重いんだよ」
美羽は困ったように眉を下げた。
「私が、むっくんの人生まで背負わされてるみたいじゃん」
「……」
「私にとって、負担が大きすぎない?」
胸を抉られたようだった。
「むっくんってさ」
美羽が静かに問いかける。
「私のこと、本当に好き?」
「好きだよ」
即答だった。
「だから、美羽がいないなんて耐えられない」
そして、僕は必死に言葉を重ねた。
「だから、ここに閉じ込めて……僕が守ってあげるんだよ」
美羽は、しばらく僕を見つめていた。そして――。
「私の、どこが好きなの?」
こてん、と首を傾げる。ふわりと揺れる髪。長い睫毛。雪のように白い肌。
「そんなの、全部だよ」
本当に、全部。頭からつま先まで。存在そのものが、好きでたまらない。
「じゃあ」
美羽が続ける。
「私の、どんな顔が好き?」
「え?」
「怒った顔?」
少しだけ眉を寄せる。
「泣いてる顔?」
目を伏せる。
「それとも……笑ってる顔?」
「それは……」
迷うことなんてない。
「笑ってる顔だよ」
美羽が、じっと僕を見る。
「美羽が笑ってると、僕は幸せな気持ちになるから」
そして、思い出す。親戚中をたらい回しにされて。学校ではいじめられて。誰にも助けてもらえなかった、小学生の僕に。美羽が手を差し伸べてくれた、あの日。あの日から。僕の世界には、美羽だけがいた。
「……それさ」
美羽がぽつりと言った。
「ちょっと可愛い私に、優しくされたからでしょ?」
「え?」
「むっくんは、私じゃなくてもよかったんだよ」
「違う!」
思わず声が大きくなる。
「少し可愛くて、優しくしてくれる子なら……誰でもよかったんじゃない?」
「違う、違うよ!」
「違わないよ」
美羽は、拘束具を見た。じゃらり、と金属音が響く。
「ねぇ、むっくん」
美羽が僕を見る。
「私のことが好きなら……私の自由も尊重するべきだよね?」
「……」
その言葉が、胸に突き刺さった。大好きな人の笑顔を守りたい。僕がずっと願っていたこと。――笑顔?ふと、顔を上げる。僕は今、何をしている?美羽はカフェで甘いものを食べるのが好きだ。買い物だって好き。服を選んで、試着して。気に入ったものを見つけたら、嬉しそうに笑う。友達と話すのも好き。ゲームセンターだって。学校だって。外の世界だって。なのに。僕がここに閉じ込めたら。美羽は、笑えるのか?……笑えない。僕が守りたかったはずの笑顔を。僕自身が奪っている。ここにいれば、安全だ。誰も美羽を傷つけない。僕の目の届かないところへ行くこともない。僕は安心できる。――安心?その言葉に、胸がざわついた。僕が欲しかったのは、本当に美羽の幸せなのか。それとも。美羽がここにいてくれれば、僕が安心できるからなのか。僕の瞳にだけ、美羽が映っていれば。誰にも奪われる心配がなければ。僕は、安心できる。それは――。美羽の気持ちを、一つも尊重していないということじゃないのか。美羽を信じていないということじゃないのか。美羽が何を望むのかより。美羽がどう感じるのかより。僕が不安にならないことを優先している。
「……僕は……」
声が、震えた。
「美羽を守りたかったんじゃなくて……」
その先の言葉が出てこない。ただ、胸の奥に浮かんだ一つの考えから、もう目を逸らせなかった。――僕は、美羽を失うのが怖かっただけなんじゃないか。

