優しい美羽は、誰にだって可愛い笑顔を向ける。ほら。クソ爽やかモドキが勘違いして、口元を緩めている。
「白雪、なんか今日眠そうじゃん」
そう言って、美羽の頭に手を置いた。――おい。触るな。そんな汚い手で、美羽に触るな。その腕、折るぞ。
「へへ、わかる? ちょっと夜更かししちゃって。これから朝ごはん食べるんだ」
美羽が紙袋を見せる。
「マジか! 夜更かしもほどほどにな」
そう言って笑う、クソ爽やかモドキ。
「美羽はこれからご飯だから、邪魔しちゃ悪いよ? 向こうで話そう」
矢野が、ぐいっと風見の腕を引っ張った。――勘違いぶりっ子。今日だけは、ナイス。その隙に、美羽は自分の席へ向かう。そして僕は教室の隅にある席から、その姿を眺める。美羽は椅子に腰掛けると、紙袋からクロワッサンを取り出した。そして、こちらをちらりと見る。『いただきます』口だけが、そう動いた。律儀で可愛い。僕は机をトントン、と二回叩いた。クロワッサンを咥えたまま、美羽が首を傾げる。僕は口パクで、
『机の横』
と伝えた。美羽が不思議そうに机の横を覗き込む。次の瞬間――ぱあっと顔を輝かせた。そこには、彼女が大好きなパックのカフェオレ。クソ爽やかモドキに話しかけられていた隙に、しれっとぶら下げておいた。美羽は嬉しそうにストローを刺し、一口飲む。そして、
「むっくん、ありがとう」
ふわりと笑った。……可愛い。可愛すぎる。天使なのか?女神か?本当に、この世のものとは思えない。僕は軽く手を上げて応える。それだけで、胸の奥が満たされた。しばらくして、教室に人が集まる。美羽はぺろりとクロワッサンを食べ終えてご機嫌そうだ。よかった。
「あの、提出日今日までなので……お願いします」
誰にも届きそうにない小さな声で東雲真希(しののめ まき) が声をかける。やりたくないくせに委員長なんかやるからだ。だがその瞬間——
「東雲さん、おはよう。提出今日までだよね?これお願いします」
美羽がふわりと笑い委員長にノートを差し出した。その軽やかな声が教室に響いた途端、空気が一気に動く。
「あ、そうだ。委員長よろしく」
クソ爽やかモドキの一言を合図にしたように、周囲の生徒たちが次々とノートを置き始めた。列ができ、提出の流れが自然に続いていく。僕もその流れの最後にそっと自分のノートを置いた。
「ありがとうございます」
委員長はホッとしたように丁寧にノートを整えた。
◇
授業が始まる。退屈極まりない時間。けれど、美羽を見ているだけで、この時間は至福に変わる。真剣な眼差しでシャーペンを握る。さらさらと板書を書き写す。長い髪を、ゆるりと耳にかける。昼食後の授業では、いつも眠そうにしている。それでも先生にバレないよう、あくびを噛み殺す仕草まで愛おしい。
――全部、好きだ。美羽のすることなら、何だって。やがて放課後になった。
「白雪、これからみんなでゲーセン行くけど、どう?」
風見を中心とした、爽やかもどき集団が美羽の周りに集まっている。
「うーん、私は……」
「行きたい! 美羽も行くでしょ?」
勘違いぶりっ子が、美羽の腕に抱きついた。
「楽しそう! 私も行く!」
デリカシーなし女も手を上げる。僕は何も言わず、ヘッドホンを耳にかけた。
「むっくん?」
美羽の声が聞こえる。僕は軽く手を振った。
「神原はいいだろ?」
「一人が好きなんでしょ?」
「ってか、白雪さん優しいよなー。あんな暗い男と仲良くしてるなんて」
ガヤA、B、C。どうでもいい。そんなことより――。
「むっくんとは幼馴染だから。むっくんって、すごく優しいんだよ?」
美羽の鈴のような声が、ヘッドホン越しに聞こえてくる。僕は足を止めなかった。スクールバッグにつけた、ナマケモノのぬいぐるみ。その中に仕込んだ、小さな盗聴器。美羽の声なら、どんなに小さくても聞き逃さない。
「でも確かに神原くんって、かっこいいじゃん!」
「そうそう。頭もいいしね。クールな感じ、いいよね」
ガヤD、E、F。どうでもいい奴に褒められても虫唾が走るが、
「そうなの!むっくんってなんでもできるんだ〜」
美羽が僕を褒めてくれている。それだけで、少しだけ気分がいい。
◇
駅前のゲームセンター。僕は、その向かいにあるカフェへ入った。ブラックコーヒーを注文し、窓際の席に座る。鞄から一冊のノートを取り出した。表紙には、何も書いていない。僕だけが、その中身を知っている。ページを開く。そこには、美羽の毎日が記録されている。
四月二十三日、月曜日。昨夜、『デッドソウルイーター』を午前二時十三分までプレイ。そのため、今朝は通常より遅い七時十七分に起床。朝食を食べる時間がなく、七時三十八分に自宅を出発。七時四十六分、合流。一緒に登校。朝食としてクロワッサンを摂取。カフェオレも摂取。
一時間目、国語。二時間目、数学。そして――放課後。美羽は、クソ爽やかモドキ集団とゲームセンターへ。僕はペンを走らせる。カリ、カリ、カリ。今日も、美羽の一日が記録されていく。ヘッドホンからは、ゲームセンターの騒がしい音が流れている。
しばらくすると、出入口のほうから見慣れた姿が現れた。美羽。その隣には――クソ爽やかモドキ。二人だけ。僕は反射的に身体を起こした。二人は何か話している。ヘッドホンの音量を上げる。
「白雪ー」
「ん? なに?」
「今度、二人で出かけない?」
「え?」
「デートしてほしいんだけど」
――は?こいつ、何を言ってる?ぎりっ、と拳に力が入る。断るよね?美羽。絶対に断るよね?だって――。僕のほうが、美羽のことを知っている。僕のほうが、美羽を大切にしている。
僕のほうが――。
「いいよ」
……。何を、言った?
「やった。じゃあ、また連絡する」
クソ爽やかモドキが嬉しそうに笑う。その直後、ゲームセンターからクラスメイトたちがぞろぞろと出てきた。けれど、もうそんなことはどうでもよかった。デート。美羽が。あいつと。
どうして?なんで……。僕の頭の中で、何度も同じ言葉が繰り返される。――なんで?もしかして。美羽は――。あいつのことが好きなのか?胸の奥が、ぐしゃりと潰れたように痛んだ。
「白雪、なんか今日眠そうじゃん」
そう言って、美羽の頭に手を置いた。――おい。触るな。そんな汚い手で、美羽に触るな。その腕、折るぞ。
「へへ、わかる? ちょっと夜更かししちゃって。これから朝ごはん食べるんだ」
美羽が紙袋を見せる。
「マジか! 夜更かしもほどほどにな」
そう言って笑う、クソ爽やかモドキ。
「美羽はこれからご飯だから、邪魔しちゃ悪いよ? 向こうで話そう」
矢野が、ぐいっと風見の腕を引っ張った。――勘違いぶりっ子。今日だけは、ナイス。その隙に、美羽は自分の席へ向かう。そして僕は教室の隅にある席から、その姿を眺める。美羽は椅子に腰掛けると、紙袋からクロワッサンを取り出した。そして、こちらをちらりと見る。『いただきます』口だけが、そう動いた。律儀で可愛い。僕は机をトントン、と二回叩いた。クロワッサンを咥えたまま、美羽が首を傾げる。僕は口パクで、
『机の横』
と伝えた。美羽が不思議そうに机の横を覗き込む。次の瞬間――ぱあっと顔を輝かせた。そこには、彼女が大好きなパックのカフェオレ。クソ爽やかモドキに話しかけられていた隙に、しれっとぶら下げておいた。美羽は嬉しそうにストローを刺し、一口飲む。そして、
「むっくん、ありがとう」
ふわりと笑った。……可愛い。可愛すぎる。天使なのか?女神か?本当に、この世のものとは思えない。僕は軽く手を上げて応える。それだけで、胸の奥が満たされた。しばらくして、教室に人が集まる。美羽はぺろりとクロワッサンを食べ終えてご機嫌そうだ。よかった。
「あの、提出日今日までなので……お願いします」
誰にも届きそうにない小さな声で東雲真希(しののめ まき) が声をかける。やりたくないくせに委員長なんかやるからだ。だがその瞬間——
「東雲さん、おはよう。提出今日までだよね?これお願いします」
美羽がふわりと笑い委員長にノートを差し出した。その軽やかな声が教室に響いた途端、空気が一気に動く。
「あ、そうだ。委員長よろしく」
クソ爽やかモドキの一言を合図にしたように、周囲の生徒たちが次々とノートを置き始めた。列ができ、提出の流れが自然に続いていく。僕もその流れの最後にそっと自分のノートを置いた。
「ありがとうございます」
委員長はホッとしたように丁寧にノートを整えた。
◇
授業が始まる。退屈極まりない時間。けれど、美羽を見ているだけで、この時間は至福に変わる。真剣な眼差しでシャーペンを握る。さらさらと板書を書き写す。長い髪を、ゆるりと耳にかける。昼食後の授業では、いつも眠そうにしている。それでも先生にバレないよう、あくびを噛み殺す仕草まで愛おしい。
――全部、好きだ。美羽のすることなら、何だって。やがて放課後になった。
「白雪、これからみんなでゲーセン行くけど、どう?」
風見を中心とした、爽やかもどき集団が美羽の周りに集まっている。
「うーん、私は……」
「行きたい! 美羽も行くでしょ?」
勘違いぶりっ子が、美羽の腕に抱きついた。
「楽しそう! 私も行く!」
デリカシーなし女も手を上げる。僕は何も言わず、ヘッドホンを耳にかけた。
「むっくん?」
美羽の声が聞こえる。僕は軽く手を振った。
「神原はいいだろ?」
「一人が好きなんでしょ?」
「ってか、白雪さん優しいよなー。あんな暗い男と仲良くしてるなんて」
ガヤA、B、C。どうでもいい。そんなことより――。
「むっくんとは幼馴染だから。むっくんって、すごく優しいんだよ?」
美羽の鈴のような声が、ヘッドホン越しに聞こえてくる。僕は足を止めなかった。スクールバッグにつけた、ナマケモノのぬいぐるみ。その中に仕込んだ、小さな盗聴器。美羽の声なら、どんなに小さくても聞き逃さない。
「でも確かに神原くんって、かっこいいじゃん!」
「そうそう。頭もいいしね。クールな感じ、いいよね」
ガヤD、E、F。どうでもいい奴に褒められても虫唾が走るが、
「そうなの!むっくんってなんでもできるんだ〜」
美羽が僕を褒めてくれている。それだけで、少しだけ気分がいい。
◇
駅前のゲームセンター。僕は、その向かいにあるカフェへ入った。ブラックコーヒーを注文し、窓際の席に座る。鞄から一冊のノートを取り出した。表紙には、何も書いていない。僕だけが、その中身を知っている。ページを開く。そこには、美羽の毎日が記録されている。
四月二十三日、月曜日。昨夜、『デッドソウルイーター』を午前二時十三分までプレイ。そのため、今朝は通常より遅い七時十七分に起床。朝食を食べる時間がなく、七時三十八分に自宅を出発。七時四十六分、合流。一緒に登校。朝食としてクロワッサンを摂取。カフェオレも摂取。
一時間目、国語。二時間目、数学。そして――放課後。美羽は、クソ爽やかモドキ集団とゲームセンターへ。僕はペンを走らせる。カリ、カリ、カリ。今日も、美羽の一日が記録されていく。ヘッドホンからは、ゲームセンターの騒がしい音が流れている。
しばらくすると、出入口のほうから見慣れた姿が現れた。美羽。その隣には――クソ爽やかモドキ。二人だけ。僕は反射的に身体を起こした。二人は何か話している。ヘッドホンの音量を上げる。
「白雪ー」
「ん? なに?」
「今度、二人で出かけない?」
「え?」
「デートしてほしいんだけど」
――は?こいつ、何を言ってる?ぎりっ、と拳に力が入る。断るよね?美羽。絶対に断るよね?だって――。僕のほうが、美羽のことを知っている。僕のほうが、美羽を大切にしている。
僕のほうが――。
「いいよ」
……。何を、言った?
「やった。じゃあ、また連絡する」
クソ爽やかモドキが嬉しそうに笑う。その直後、ゲームセンターからクラスメイトたちがぞろぞろと出てきた。けれど、もうそんなことはどうでもよかった。デート。美羽が。あいつと。
どうして?なんで……。僕の頭の中で、何度も同じ言葉が繰り返される。――なんで?もしかして。美羽は――。あいつのことが好きなのか?胸の奥が、ぐしゃりと潰れたように痛んだ。

