本日のスープはいかがですか?


「オリハラ、今日のスープはお前が作ったのか? 旨いな、これ」
「あぁ、これは他の料理にもよく合うな」

 客達の言葉にオリハラと呼ばれた黒髪の青年の表情がぱっと明るくなる。
 スープの味が好評で嬉しそうなこの青年の名は織原海斗。優しそうな笑みを浮かべたオリハラはこの料理店でスープの調理を任されている。
 ここは街の飲食店イル・ココ、常連客はもちろん旅人もよく訪れるなかなかの人気店なのだ。
 
「ありがとうございます!」

 そう言って、ぺこりと頭を下げたオリハラはぱたぱたと仕事へと戻っていく。
 少々頼りない雰囲気を持つオリハラの後姿を見送る客達は、彼と出会った当初を思い起こす。

「初めて来た頃はどうなるもんかと思ったが、意外とよくやっているなぁ」
「あの子は招かれ人なんだろ? いいのか、こんなとこで働いててよ。なんでも、招かれ人には特別な力があるっていうじゃねぇか」
「……悪かったな。こんなとこでよ」

 客達の会話に不機嫌そうに口を挟んできたのは料理人であるヴァンだ。
 大柄で長い髪を束ねた彼は接客業には似つかわしくない雰囲気でもある。
 だが、彼の態度の悪さも人相の悪さもいつものことなので、客達は気にした様子もなく話し続ける。

「招かれ人っていうのは能力が高い者が多いんだろ? よく新聞にも載っているし、貴族達のお抱えになる者もいるっていうじゃないか」
「おう、国を救う勇者や名を残した賢人も招かれ人だっていう言い伝えだな」
「……まぁ、そういう奴らもいるってだけだな」

 招かれ人――ここではない別の世界から来た者達をこの国ディアルではそう呼ぶ。呼び名こそ国や地域によって異なるが、そういった人々は稀有で特殊な能力を持つことが多く、重用されるのだ。
 そんな人物が街の飲食店でスープを作っているのだ。不思議に思うのが当然のことだろう。
 しかし、全ての招かれ人が特別な力を持っているわけではない。
 そのことを思い出したのだろう。客の一人がぽつりと呟く。

「あぁ、はずれのほうか」
「お、おい!」

 その言葉にヴァンがじろりと客を睨む。目つきが悪いヴァンだが、これは怒りゆえだろうと周囲は悟り、慌ててその客をたしなめる。
 招かれ人の中にはまれにごく普通の者もいる。
 彼らがなにか問題を起こしたわけでもないのだが、招かれ人が特異な能力を持つ者ばかりなため、必然的に期待外れとの評価を受けてしまうのだ。
 
「いやいや、違う世界にいきなりほおり込まれるんだ。それも特殊な能力もなしにだぞ? 実際、毎日真面目に仕事に取り組んでいるじゃあないか。あの子はよくやってるよ」
「そ、そうだな! いやぁ、それにオリハラの作ったスープは絶品だものなぁ!」

 友人の言葉に、はずれだと言った男も慌ててフォローする。
 まだ不満のありそうなヴァンだが、客にそれ以上追及する気もなかったらしい。
 カラリと開いたドアのほうへと視線を向ける。

「…………」

 一瞬、ヴァン達のほうを見た男だが、奥の暗い席へと向かう。
 無口で武骨な印象を与えるその男は、周囲の客とは肌の色も髪の色も異なる。
 海や山が近いこの街では他の土地から訪れる者も多いのだが、隣国や近隣国では外見的な違いはあまりない。
 自然と集まる周囲の視線から逃げるように、薄暗い席に男は座った。

「あの男はたしか、他の国からの出稼ぎだよな?」
「あいつ、話しかけてもろくに挨拶もしなくってよ……。不愛想なのもあって、あんまり周りと上手くいってないらしいぞ」
「まぁ、ここにもそんなのがいるけどよ」

 客をじろりと睨んだヴァンだが、視線を赤髪の男へと向ける。
 日に焼けた肌と燃えるような赤い髪から覗く目は鋭く不機嫌だ。
 しかし、そんなことを気にしていない様子で話しかける者がいる――先程までここにいた店員オリハラだ。

「――いらっしゃいませ、デレゴルさん。今日はなににしますか?」
「……スープとパンを」
「かしこまりました。今すぐ用意しますね」

 この店イル・ココ、最安値の組み合わせがスープとパンだ。
 にもかかわらず、オリハラは嬉しそうにスープを器に取り分ける。
 デレゴレは毎回、この店でそれしか注文しない。それを知る周囲の客達は呆れた表情を浮かべた。

「デレゴレさんはいつもスープを頼んでくれるので嬉しいです!」
「…………おう」

 ぼそりとデレゴレはオリハラの顔を見ることもなく、そう呟く。

「スープは僕の担当なんです。毎日、今日はどんなスープにしようか考えてるんですよ」
「…………大変だな」

 そう言ったデレゴレは大きく武骨な手をこすり合わせる。
 ほぼ無意識におこなった仕草だろう。
 今の季節は冬、この時期に外で働くデレゴレの体は芯まで冷え切っているのだ。

「――もしよかったら、今度デレゴレさんに合うスープを作ってみてもいいですか?」

 突然の問いかけに、下を向いていたデレゴレが驚いてオリハラの顔を見上げる。
 赤い髪に隠された瞳がオリハラの次の言葉を待った。
 その瞳は意外にも純粋で輝いている。

「……俺にか?」
「はい! 週末になる二日後はどうでしょう? 予定は合いますか?」

 予定が合うもなにも、デレゴレは仕事がある日は毎日ここで昼食をとるのだ。
 オリハラの申し出を断る理由はない。

「楽しみにしていてください」
「――まぁ、期待はしねぇよ」

 期待をすれば裏切られる――デレゴレは身をもってそれを知っているのだ。
 しかし、目の前で微笑む黒髪の優しい微笑みは偽りではないだろう。
 他人から久しぶりに向けられた優しさに戸惑いつつ、デレゴレは今日のスープを口にするのだった。