キスより先の1週間

 電車をいつもの駅で降りずに、繁華街まで行く。

中学生の時は、ここにあるスポーツショップに友達の三浦とよく行った。
高校で周平と仲良くなる前に一番仲がよかったのは三浦だろう。

 今も三浦は野球部だ。

スポーツ推薦で野球部の強い私立に進学した。僕も同じ私立高校を滑り止めで受かったが、公立高校に合格して私立には行かなかった。

 野球の才能は一ミリもない。なぜ自分とエースの三浦が仲がよかったのか、永遠の謎だ。

うちの美容院で無料でボーズにしてもらえるから?

 卒業の時に応援してると口先だけで言い、連絡もしていなかった。
三浦の学校は県の予選で2位になり、甲子園へは行けなかったはずだ。

1年ぶりにラインで三浦を見る。アイコンはユニフォームになっていた。6番。

 スポーツショップに入ってリストバンドを買った。店を出てからなんとなく三浦に、『6番すげえ』と送った。返事は来なくていい。来ないほうがいい。
 
 スマホが鳴動する。ビデオ通話?
『海霧ー!!』
 通話を押した途端、通行人がみんな振り替える大声が聞こえ、画面はなんだか浅黒いものが一面に映り、カメラが引いて久しぶりの三浦だとわかる。

「昭徳、うるせーよ」
『俺の活躍見たか?』
「見た。さすが」ウソだ。全く見てはいない。
『今どこ? 髪どうしたんだよ……お前、ほんとに海霧? 白くなったな』
「今は野球部じゃねえもん。クマガヤスポーツにいる」
『何部?』
「部活はやってない。リストバンドを買っただけ」袋を見せる。

『中学のOB会やらねー?』
「いいけど、忙しいんじゃねえの」
『今、ミーティングが終わって、これから電車に乗る。今日、6時に『お好みハミング』は?』
「いいよ。グループライン……」
『今日は俺と海霧の二人でいい。先に店入ってて』


家への帰り道、動画で三浦の出た県予選の決勝を見る。
嘘をついたまま会いたくはなく、今更応援するがこの試合に負けるのはわかっているのだ。

自宅はがらんとして誰もいなかった。

ミンチーも母と店に出勤したのだろう。風呂に入り髪を何とかして、カーゴパンツにTシャツにサンダルで家を出る。

自転車を漕ぎ、お好み焼き屋の『ハミング』に着いた。店の駐車場には車が何台か止まっている。
 
「いらっしゃいませー。あら、海霧くん」
「こんにちは。あの、2人です」ハミングのおかみさんは、母の客で商店街の店同士仲がいい。

 
席に通されて、メニューを見る。
三浦は卵が好きだ。目玉焼きなんか家で食べればいいと思うのだが、卵を追加したがる。

『店で待ってる』
 ラインを送って一分もしないうちに店のドアのベルがなり、目をやるとデカい男がドアをくぐるように店に入ってきた。
紺色のエンブレム入りのポロシャツにカーキ色のチノパン。

「よう」
手を振る。
さっきまで試合動画をスキップしながら見ていたが、記憶にあるよりはるかにデカい。
三浦昭徳。英林学園高校野球部、背番号6番。

「海霧?」
不審げな顔をしながら近寄って来た三浦の、真っ黒に日焼けした顔に思わず笑う。

「でけー。何食ってそんなデカくなったんだよ。予選惜しかった」片手を差し、握手する。手も大きくなっている。

「笑うと海霧だ。よかった」
「何センチ?俺と同じくらいだったよな?」
「187。中学を卒業してから15センチ伸びたんだ。まだ伸びてる」
「まだ伸びてる?すげー」
 
ミックスと豚玉に、目玉焼きを追加で頼む。
「卵好きだよなあ。絶対、昭徳は目玉焼き頼むと思った」
「この世で一番美味いだろ」
「わかるけどさぁ。確かに目玉焼きは美味い」
「海霧はそう言ってくれると思ってた」
「肩がメロンパンみたいだ。腕も……。俺も目玉焼き食おう」
「海霧もうちにきて、野球部に入ってたらこうなってた」三浦は両腕を曲げマッスルポーズを取ってみせた。

「フハハ、アハハ!俺が?絶対無理!」
「なんだよ。俺、お前がうちの高校来なかったの、まだ恨んでるからな」
「2軍にも入れねえよ、アハハ」
「わかんねーだろ!」
「昭徳を応援してるから許せって」
「許さねー」

お好み焼きは次第に焼けて、美味しそうなニオイが漂った。三浦が器用にひっくり返し、卵も焼いて上に乗せる。

「野球部は食事制限がある。マネージャーに何くったか言うんだ。お好み焼きも久しぶりに食う」
「やっぱそういうのあるんだ。体が普通じゃねえもん」
「高校に入ってからどうしてた?」
「俺は別に……、バイトしてるくらい」
「海霧んちに行こうかと思ったけど、暇が全然ねえし、バリカン買ったから行くタイミング逃してた。しょっちゅう思い出して、それこそ週一くらい。でも、俺は海霧が高校受かった時に喜ばなかった……落ちればいいって思ってた自分も嫌だった」
「落ちろと思ってたのは分かってた。なんだよ。あ!泣くなって……」
「海霧、ごめん」
「あー、なんだよ。泣かれると次から連絡しにくくなる」
「気合で泣き止む。ちょっと待って」

タオルを顔にあて、しばらく下を向いてから三浦は顔をあげた。

 お好み焼きを食べながら、この1年半の三浦の野球の話を聞く。ひたすら泥にまみれ、這いつくばるようにして強豪校でレギュラーを勝ち取ったのだ。話すことは山のようにあり、食べ終わってから店を出て、家に誘った。


ミンチーは玄関から入ってきた三浦をちらりと見るなり激しく吠え、母が玄関に出てきた。
「海霧くんのお母さん、ご無沙汰してます」
「あら!夏のセンバツ!立派だったわーお父さんは三浦くんの学校が決勝だって大騒ぎして……上がって、三浦くん」
「はい。おじゃまします」

父はまだ美容院にいて、母が呼びに行き、三浦と家族みんなで記念写真まで撮った。

部屋に三浦を連れて行く。
「昭徳がウチの子かってくらい、お父さん騒いでたな」
「応援してくれて嬉しい。海霧も海霧の家族も。会いに来ればよかった。部屋、昔と変わらないな」
「俺が連絡しなかったのが悪い」
「なんで今日だった?」
床にあぐらをかいて座る三浦は、やはりでかい。

「考え事があって、電車を乗り過ごしたんだ。ついでにクマガヤスポーツに行って、昭徳を思い出した」
「悩み?」
「大した事じゃねえけど、すげー小さい、このくらいの悩み」
指で1センチくらいの幅を作って見せる。

「言えよ」
「あー、友達だと思ってた子に俺から勢いでキスして、でも俺は友達でいたい」

「自分からキスしたのにか」
「だから悩んでる。異性として好きじゃないのに、キスした。友達として最高なら、付き合う意味ないだろ。付き合ったら、相手はたぶんすぐ俺に飽きる。……俺の話はいいや」
「相手はどんな子」
「同じクラス」
「気まずいな」
「うん。向こうはキスの相性がいいから、もっとしたいって、今日も昼休みに空き教室に連れて行かれてキスした」
「無理なら断れ」
「確かに。なあ、昭徳はまだ童貞?」
「童貞。彼女はいる」
「いいな。俺は童貞じゃない。何人とヤッたかも、微妙」
「海霧」
「なに」
「驚かない。海霧は、誰かといたいタイプだろ」 
「結局、続かない」
「俺とは中1から卒業式まで仲が良かった」
「でも、今日まで……」
「俺が悪かった。わがままで、意地を張って会いにこなかった」
「それでよかったんだ。昭徳にとって俺は過去。今日は……何かの間違い。もう高校生で中学生には戻れない」 

三浦の顔に浮かんだ表情は、『公立に受かった』と言った時と同じだった。
否定しようとしても、どうにもならない。生きる場所がもう違うのだ。

「海霧、やり直そう。また友達に戻れる。何か他に俺に言いたいことは」
「言えない」
「教えて」
「ヤダ」

言ったら、きっと三浦はもう僕には会わないと、日焼けした顔を見て思う。あの頃は気が付かなかった。

今日連絡した理由もわかった。
酔って男友達にキスをしたのはなぜかも。

きっと三浦が初恋だった。