おれとぼくの恋愛事情

 二学期に入り、本格的な受験シーズンが始まった。
 俺は学校と予備校を往復し、それ以外の時間は勉強に費やす生活を送っていた。
 学校ではますます陽向を見かけなくなった。
 受験勉強と作品作りで忙しいのだろう。
 小林から職員室に呼ばれていたことを思い出し、席を立った。
 職員室をノックし、ドアを開けると、ちょうど出ようとしていたマユと鉢合わせした。
「琉生、白城君来てるよ」
 マユがわざとらしくウインクしてみせた。
 陽向が?
 何のために?
 陽向は担任と何やら話し込んでいた。二人とも真剣な表情をしている。
 進路の話でもしているのか?
 心なしか疲れているようで、少しやせたようにも見えた。
 俺は陽向を横目に小林が座っている席まで歩いた。
「小林先生、何でしょうか?」
「おお、清水」
「俺、何かしました?」
「いやいや、違う。進路のことでさ。最近お前、成績上がってきてるだろ。志望校のランク、もう少し上げてもいいんじゃないかと思ってな」
「はぁ。そうですか」
「お前は文系だろ? だったら、こことか目指してもいいんじゃないか?」
 小林は話しながら興奮してきたようで、心なしか鼻息が荒く、顔にも赤みが増してきた。
 そんな小林には申し訳ないのだが、俺はうわの空だった。
 自分のことなのに……。
 陽向が気になる。
 まだ担任と話している。
 興奮冷めやらぬ小林の話を遮り、思わず聞いてしまった。
「白城はどうして職員室にいるんですか?」
「は? 白城?」
 小林はキョトンとした顔で俺を見上げた。
「はい。あそこにいるので」
 俺は陽向が立っている方へ顔を向けた。
「あいつは別格だからなぁ。11月にボストンの大学へ出願するらしいぞ。受かったら、そこに行くってやつだ」
 ボストン……。受かったら、そこに行く……。
 目の前が真っ暗になった。
 あいつは海外に行ってしまうのか……。
 小林はすぐに俺の進路の話へ戻ったが、もう耳に入らなかった。
 陽向が動き出した。
 俺は小林に「わかりました。志望校、検討します。すみません……。ちょっと急用で……」と言い残し、陽向の後を追いかけた。
 
 陽向の腕をつかむと、階段裏に連れて行った。
 腕が前よりも細くなっているような気がした。
 ボストンの大学を受けることなんて、どうでもよくなってきた。
「陽向、顔色悪いぞ。大丈夫かよ」
「うん。大丈夫」
「さっき、小林から聞いた。留学するのか?」
「ごめん。僕の口から伝えたかったんだけど、タイミングとか考えていたら……」
「そうじゃなくて!」
 俺は陽向の肩をつかむと、顔を伏せた。
「そうじゃなくて……。俺は心配なんだよ。久しぶりに顔を見たら、こんなに顔色悪くて……」
 もう陽向のことしか考えられない。
 目から涙が溢れそうで、どうにかこぼれないようにと思うけれど、無理だった。
 陽向が俺の背中に腕を回し、軽く抱きしめた。
「心配かけてごめん。今しかないんだ。今頑張らないとこの後も頑張れない」
「なんで? なんでこんなになるまでやるんだよ。日本の大学入ってから留学でもいいじゃないかよ」
 陽向は俺の肩に顔をのせて囁いた。
「……琉生だよ。琉生に会って、自分ももっとできるんじゃないかと、挑戦したくなったんだ」
 俺は陽向を勘違いしていたのかもしれない。
 陽向はいつでも俺のそばにいてくれると思っていた。
 でも、そうじゃない。
 俺と出会ったから、遠くへ行こうとしている。
 そう気づいた瞬間、胸の奥がぐしゃりと音を立てた。