夏休みが近づき、日差しはいっそう強くなった。
朝一番に教室へ入り、教科書を机に入れていると奥に何かが詰まっているようだった。
机の奥に腕を伸ばすと固いものがあった。
取り出すと、二十センチほどの縦長の包みだった。
中身を取り出すと、ダヴィンチの筆だった。
琉生だ、琉生に違いない。
差出人の名前はなかったが、琉生しか思い当たらなかった。
僕に時間がないことを、琉生は知っている。
だから、何も言わずに置いていったのだと思った。
筆を眺め、琉生の顔を思い浮かべた。
会いたい時に会って、話したいことを話す。
そんな当たり前みたいな時間は、もう戻ってこないのかもしれない。
それでも、この筆だけは、琉生がまだ僕のそばにいようとしてくれている証拠のように思えた。
八月に入り、僕は再びボストンにいた。
目的は、大学の雰囲気をもう一度確かめること。そして、出願前のオンラインポートフォリオレビューを受けることだった。
三島先生から「留学を第一希望に考えているなら一度オンラインレビューを受けてみたら?」と言われたからだ。
それに去年は街を見るだけで精一杯だった。けれど今年は、ここで本当に生活できるのか、自分の目でもう一度確かめたかった。
ボストンでは去年と同じくホームステイをし、ホストファミリーの家で暮らした。
作品画像を整理しながらも、新たな作品を描く。
面接で聞かれそうなことにも、答えられるよう準備しておく必要があった。
琉生と会話をする時間もないほど、スケジュールに追われていた。
ホストファミリーの母であるエミリーは寝る間も惜しんで絵を描く僕を心配するほどだった。
「ヒナタ、気分転換にフリーダムトレイルを歩いてみない? ボストンの歴史を肌で感じられるわよ。必要なら、ルークに案内を頼んでもいいし」
ボストンの街並みを感じる余裕はなかったけれど、エミリーをこれ以上心配させるのも申し訳なくて、ルークと一緒にフリーダムトレイルを歩いてみた。
フリーダムトレイルは、ボストン市内の赤いラインをたどって歩く、約4kmの歴史散策ルートだ。公園や教会、議事堂といった歴史ある場所を16か所巡る。
「ヒナタはなんでこっちの大学を受けるの?」
「ある人に出会って挑戦したくなったんだ。自分の限界を一度超えるまでやってみようと思って」
「すごいな。去年会った時はもっとフワフワしてる感じだったけど、今年会ったら顔つきが変わっていたから驚いた」
「ハハハ。ルーク、よく見てるね」
「ヒナタはうちで受け入れた最初の留学生だから覚えているよ。まさか今年も来るとは思わなかった」
ルークは少し笑った。
僕たちは赤いラインをたどりながら十六か所を巡ったが、建物の中に入ることは ほとんどなかった。
最後にたどり着いたのは、バンカーヒル記念塔だった。
294段の階段を上り、ようやく頂上までたどり着いた。
僕もルークも息を切らしながら階段を上った。
その先に広がる景色は、圧倒されるほど美しかった。
日本にはない景色……。日本にはない色……。
僕は来年にはこの街並みの一部になっているかもしれない。
そう思うと身体に力が入った。
いよいよアドミッションズ・カウンセラーとのオンラインでの1対1ポートフォリオレビューを受ける時が来た。
アドミッションズ・カウンセラーは、出願前に作品を見て、ポートフォリオや出願準備について助言してくれる大学側の担当者だ。
出願する作品をカメラの前に置き、なぜそれを選んだのか、それを描いた理由、何に心を動かされるのか、などを説明していく。。
今まで自分の作品に対して詳細に説明したことがなかったので、緊張して声が出しづらかった。カウンセラーもこちらの状況を理解しているようで、優しく問いかけてくれた。
そのうちに緊張が解け、伝えたいことがスムーズに口から出るようになってきた。
最後にカウンセラーが僕に言った。
「技術はとても高いです。概ねいいでしょう。ただ、あなたが何に心を動かされているのかが、もっと見える作品を入れてもいいと思います」
僕が毎回ぶつかってきた壁がここでも立ちはだかった。
朝一番に教室へ入り、教科書を机に入れていると奥に何かが詰まっているようだった。
机の奥に腕を伸ばすと固いものがあった。
取り出すと、二十センチほどの縦長の包みだった。
中身を取り出すと、ダヴィンチの筆だった。
琉生だ、琉生に違いない。
差出人の名前はなかったが、琉生しか思い当たらなかった。
僕に時間がないことを、琉生は知っている。
だから、何も言わずに置いていったのだと思った。
筆を眺め、琉生の顔を思い浮かべた。
会いたい時に会って、話したいことを話す。
そんな当たり前みたいな時間は、もう戻ってこないのかもしれない。
それでも、この筆だけは、琉生がまだ僕のそばにいようとしてくれている証拠のように思えた。
八月に入り、僕は再びボストンにいた。
目的は、大学の雰囲気をもう一度確かめること。そして、出願前のオンラインポートフォリオレビューを受けることだった。
三島先生から「留学を第一希望に考えているなら一度オンラインレビューを受けてみたら?」と言われたからだ。
それに去年は街を見るだけで精一杯だった。けれど今年は、ここで本当に生活できるのか、自分の目でもう一度確かめたかった。
ボストンでは去年と同じくホームステイをし、ホストファミリーの家で暮らした。
作品画像を整理しながらも、新たな作品を描く。
面接で聞かれそうなことにも、答えられるよう準備しておく必要があった。
琉生と会話をする時間もないほど、スケジュールに追われていた。
ホストファミリーの母であるエミリーは寝る間も惜しんで絵を描く僕を心配するほどだった。
「ヒナタ、気分転換にフリーダムトレイルを歩いてみない? ボストンの歴史を肌で感じられるわよ。必要なら、ルークに案内を頼んでもいいし」
ボストンの街並みを感じる余裕はなかったけれど、エミリーをこれ以上心配させるのも申し訳なくて、ルークと一緒にフリーダムトレイルを歩いてみた。
フリーダムトレイルは、ボストン市内の赤いラインをたどって歩く、約4kmの歴史散策ルートだ。公園や教会、議事堂といった歴史ある場所を16か所巡る。
「ヒナタはなんでこっちの大学を受けるの?」
「ある人に出会って挑戦したくなったんだ。自分の限界を一度超えるまでやってみようと思って」
「すごいな。去年会った時はもっとフワフワしてる感じだったけど、今年会ったら顔つきが変わっていたから驚いた」
「ハハハ。ルーク、よく見てるね」
「ヒナタはうちで受け入れた最初の留学生だから覚えているよ。まさか今年も来るとは思わなかった」
ルークは少し笑った。
僕たちは赤いラインをたどりながら十六か所を巡ったが、建物の中に入ることは ほとんどなかった。
最後にたどり着いたのは、バンカーヒル記念塔だった。
294段の階段を上り、ようやく頂上までたどり着いた。
僕もルークも息を切らしながら階段を上った。
その先に広がる景色は、圧倒されるほど美しかった。
日本にはない景色……。日本にはない色……。
僕は来年にはこの街並みの一部になっているかもしれない。
そう思うと身体に力が入った。
いよいよアドミッションズ・カウンセラーとのオンラインでの1対1ポートフォリオレビューを受ける時が来た。
アドミッションズ・カウンセラーは、出願前に作品を見て、ポートフォリオや出願準備について助言してくれる大学側の担当者だ。
出願する作品をカメラの前に置き、なぜそれを選んだのか、それを描いた理由、何に心を動かされるのか、などを説明していく。。
今まで自分の作品に対して詳細に説明したことがなかったので、緊張して声が出しづらかった。カウンセラーもこちらの状況を理解しているようで、優しく問いかけてくれた。
そのうちに緊張が解け、伝えたいことがスムーズに口から出るようになってきた。
最後にカウンセラーが僕に言った。
「技術はとても高いです。概ねいいでしょう。ただ、あなたが何に心を動かされているのかが、もっと見える作品を入れてもいいと思います」
僕が毎回ぶつかってきた壁がここでも立ちはだかった。
