おれとぼくの恋愛事情

 やっとここまできた。
 いや、ここまで来られることは分かっていた。
 問題は今日、勝ち切れるか。
 ただ、それだけだ。

 「琉生、お母さん、見に行くからね」
 母親は珍しく玄関先まで来て送り出してくれた。
 いつもは自由奔放な母親の表情が固い。緊張しているのがこちらにも伝わってきた。
「やるしかないからな」
「うん。ガツンとやってきな!」
 右手でこぶしを作り、俺の胸を軽く小突いた。
「じゃ、行ってくるわ」
 重いスポーツバッグを背負い、家を出た。
 エントランスを出て、空を見上げると雲一つない青空が広がっていた。
 こんな日に、負けるわけにはいかないだろ!
 気持ちが高ぶる。
 その熱を抑えるように、駅までの道を駆けた。

 試合開始三十分前。
 俺たちは白線で区切られたピッチに出て、アップを始めていた。
 軽く走って、ストレッチをして、パスを回す。
 身体はいつも通り動いている。
 それなのに、視線だけは客席とミサンガの間を行ったり来たりしていた。
 陽向……まだなのか……。

 そんな俺の様子を察してか、「りゅーーーせーーー!!」と客席から大声で名前を呼ぶ声が聞こえた。
 客席の最前列で、手すりから身を乗り出すようにしてマユが大きく手を振っていた。
 いつも首から下げている一眼レフには、ごつい望遠レンズがついている。
 そのカメラを俺に向け、カシャリと撮った。
 ガチだ、あいつ。
 そういえば先週、廊下でマユに会った時のことを思い出した。
「来週の決勝、私もマジで行くから、琉生もマジでお願いね!」
 その時はマユの言っているマジが何なのかわからなかったが、カメラのことだったらしい。
「琉生―――!!がんばれーーー!!」
 マユが弾けるような笑顔で声を張り上げた。
 俺は右手を上げ、苦笑いで応えてからベンチに戻った。
 マユのおかげで緊張が解けた。
 あいつには感謝だ。

 主審が腕時計を確認した。
 俺は左手首のミサンガを握りしめる。
 もう一度だけ、スタンドを見た。
 陽向の姿は、ない。
 鋭い笛の音が、グラウンドに響いた。
 決勝戦が始まった。