おれとぼくの恋愛事情

 琉生の住むマンションを出て、そこから10分くらい歩くと自宅がある。
 沙羅の家は真向かいにあり、沙羅の部屋からは明かりが漏れていた。
 玄関を開けると、母が玄関まで迎えてくれた。
 眼鏡をかけ、頭にヘアバンドを巻いている。Tシャツにスウェット姿という、とても外には出られないような格好をしていた。締め切りが近い時の母はいつもこんな感じだ。
 雑誌のインタビューで見る、絵本作家としての母の姿はどこにもない。
 内と外のギャップが激しい、そういうところをひっくるめて、僕は母を尊敬している。
 芸術の世界で活躍している母は、僕にとって一番身近な先生でもある。
「おかえり」
 僕が「ただいま」と言う前に、「ごめん!今手が離せなくて。食事の準備はしてるから先食べてて」と母は早口にまくしたてた。
「ありがとう。頑張って」
 少し疲れていたけれど、笑顔を見せた。
 その瞬間、母は瞳を潤ませると、両腕を広げた。
 僕は母の胸に引き寄せられるように近づくと、ギュッと抱きしめられた。
「陽向~。ありがとう」
 僕は母の背中をポンポンと叩いた。
 こんなことをしていると、どっちが親なのかわからない。
「ん?」
 母はいぶかしげな声を上げ、僕から離れた。
「陽向、香水変えた?」
 母は首をかしげた。
「そんなことないけど。さっきまで友達といたからかな」
「そう……」
「もう疲れたから部屋で休むよ」
「う、うん……」
 心配そうな母の視線を背中に感じながら、階段を上った。
 さっきまでのことは隠す必要はないけれど、早くその場から立ち去りたかった。

 琉生の匂いだ。
 そんなにわかるほどだったのか。
 部屋に入ると、フロアライトをつけ、ベッドに横たわった。
 目元に腕を乗せ、「はぁー」と深いため息をついた。
 自然と琉生が触れたところを順番に指先でなぞる。
 琉生と一緒にいた時間が、頭の中で何度も繰り返される。
 触れられた場所に、まだ熱が残っている気がした。
 それだけで胸が苦しくなる。
 目を閉じると、さっきの琉生の声が耳元によみがえる。
 琉生の香りが、まだどこかに残っている気がした。
 会ったばかりなのに、もう会いたい。
 水曜日だけでは、足りない。
 そう気づくと、いつの間にか眠りについていた。